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 ☆ ノーベル文学賞及び受賞者を語る ☆ 

1 :1901年〜1998年までの受賞者一覧:04/04/25 18:57
1901年 シュリ‐プリュドム(フランス) ・ 1902年  T.モムゼン(ドイツ)
1903年 B.ビョルンソン(ノルウェー) ・ 1904年 J.エチェガライ(スペイン) F.ミストラル(フランス)
1905年 H.シェンキェーヴィチ(ポーランド) ・ 1906年 G.カルドゥッチ(イタリア)
1907年 R.キップリング(イギリス) ・ 1908年 R.オイケン(ドイツ)
1909年 S.O.L.ラーゲルレーヴ(スウェーデン) ・ 1910年 P.v.ハイゼ(ドイツ)
1911年 M.メーテルリンク(ベルギー) ・ 1912年 G.ハウプトマン(ドイツ)
1913年 R.タゴール(インド) ・ 1914年  ――
1915年 R.ロラン(フランス) ・ 1916年  V.フォン‐ヘイデンスタム(スウェーデン)
1917年 K.ギェレルプ(デンマーク) H.ポントピダン(デンマーク) ・ 1918年  ――
1919年 C.シュピッテラー(スイス) ・ 1920年 K.ハムスン(ノルウェー)
1921年 アナトール‐フランス(フランス) ・ 1922年 J.ベナベンテ(スペイン)
1923年 W.B.イェーツ(アイルランド) ・ 1924年 W.S.レイモント(ポーランド)
1925年 G.B.ショー(イギリス) ・ 1926年 G.デレッダ(イタリア)
1927年 H.L.ベルクソン(フランス) ・ 1928年 S.ウンセット(ノルウェー)
1929年 T.マン(ドイツ) ・ 1930年 S.ルイス(アメリカ)
1931年 E.A.カールフェルト(スウェーデン) ・ 1932年 J.ゴールズワージー(イギリス)
1933年 I.A.ブーニン(ロシア) ・ 1934年 L.ピランデッロ(イタリア)
1935年  ――  ・ 1936年 E.オニール(アメリカ)
1937年 R.マルタン‐デュ‐ガール(フランス) ・ 1938年 パール‐バック(アメリカ)
1939年 F.E.シランペー(フィンランド)・ 1940年  ――
1941年  ―― ・ 1942年  ――
1943年  ―― ・ 1944年 J.V.イェンセン(デンマーク)
1945年 G.ミストラル(チリ) ・ 1946年 H.ヘッセ(スイス)
1947年 A.ジード(フランス) ・ 1948年 T.S.エリオット(イギリス)
1949年 W.フォークナー(アメリカ) ・ 1950年 B.ラッセル(イギリス)

2 :1901年〜1998年までの受賞者一覧:04/04/25 18:58
1951年 P.ラーゲルクヴィスト(スウェーデン) ・ 1952年 F.モーリアック(フランス)
1953年 W.チャーチル(イギリス) ・ 1954年 E.ヘミングウェー(アメリカ)
1955年 H.K.ラクスネス(アイスランド) ・ 1956年 J.R.ヒメネス(スペイン)
1957年 A.カミュ(フランス) ・ 1958年 B.L.パステルナーク(ソ連,辞退)
1959年 S.クアジーモド(イタリア) ・ 1960年 サン‐ジョン‐ペルス(フランス)
1961年 I.アンドリッチ(ユーゴスラヴィア) ・ 1962年 J.スタインベック(アメリカ)
1963年 G.セフェリス(ギリシア) ・ 1964年 J.-P.サルトル(フランス,辞退)
1965年 M.A.ショーロホフ(ソ連) ・ 1966年 S.Y.アグノン(イスラエル) N.ザックス(ドイツ)
1967年 M.A.アストゥリアス(グアテマラ) ・ 1968年 川端康成(日本)
1969年 S.ベケット(アイルランド) ・ 1970年 A.I.ソルジェニーツィン(ソ連)
1971年 P.ネルーダ(チリ) ・ 1972年 H.ベル(西ドイツ)
1973年 P.ホワイト(オーストラリア) ・ 1974年  H.E.マルティンソン(スウェーデン) E.O.V.ユーンソン(スウェーデン)
1975年 E.モンターレ(イタリア) ・ 1976年 S.ベロー(アメリカ)
1977年 V.アレイクサンドレ(スペイン) ・ 1978年 I.B.シンガー(アメリカ)
1979年 O.エリティス(ギリシア) ・ 1980年  C.ミウォシュ(アメリカ)
1981年 E.カネッティ(イギリス) ・ 1982年 G.ガルシア‐マルケス(コロンビア)
1983年 W.ゴールディング(イギリス) ・ 1984年  J.サイフェルト(チェコスロヴァキア)
1985年 C.シモン(フランス) ・ 1986年  W.ショインカ(ナイジェリア)
1987年 I.A.ブロツキー(ロシア) ・ 1988年  N.マフフーズ(エジプト)
1989年 C.J.セラ(スペイン) ・ 1990年 O.パス(メキシコ)
1991年 N.ゴーディマー(南アフリカ共和国) ・ 1992年  D.ウォルコット(トリニダードトバコ)
1993年 T.モリスン(アメリカ) ・ 1994年  大江健三郎(日本)
1995年 S.ヒーニー(アイルランド) ・ 1996年  W.シンボルスカ(ポーランド)
1997年 D.フォー(イタリア) ・ 1998年  J.サラマーゴ(ポルトガル)

3 :吾輩は名無しである:04/04/25 19:13
俺の名前がなんで無いんだよ

4 :吾輩は名無しである:04/04/25 19:16
え?
続きは?

5 :吾輩は名無しである:04/04/25 19:33
文学はこの三作読めば充分。
「物語の作り方」ガルシア・マルケス
「死海のほとり」遠藤周作
「悪魔と神」サルトル

6 :吾輩は名無しである:04/04/25 19:41
クッツェーが面白かった

7 :吾輩は名無しである:04/04/25 20:19
みんな、チャーチルの『世界の危機』は読んでおけ。

8 :吾輩は名無しである:04/04/25 22:14
春樹まだー?(AAry

9 :パクリ連鎖:04/04/25 22:18
よんだことねーヤツいっぱいいるな

10 :我輩は名無しである:04/04/25 22:18
こんな板を待っていた!

11 :吾輩は名無しである:04/04/25 22:19
三島や安部がいないのはどうしてだ。

12 :パクリ連鎖:04/04/25 22:20
実際、全部翻訳されてるの?

そこんとこどーなのよ1

13 :吾輩は名無しである:04/04/25 22:21
百年の孤独は読みました(自慢)
他は一切知りません。

14 :吾輩は名無しである:04/04/25 22:23
安部にあげようとしたら死んじゃったから大江に回ったという話を聞いたことがある

15 :パクリ連鎖:04/04/25 22:24
これ全部読んだやついたとしたら、それこそノーベル賞もんだな。

翻訳されてない本多そうだし

16 :吾輩は名無しである :04/04/25 22:31
高行健の「霊山」はよかった。
ケルテス・イムレの「運命ではなく」はイマイチだった。
翻訳者の文才の違いもあるのかな。

17 :パクリ連鎖:04/04/25 22:34
変な小さい出版社の編集者が翻訳すると、珠玉の名作も台無しかもね

18 :吾輩は名無しである:04/04/25 22:35
大江が賞を取った時、ブームで読み始めた奴が多かったね。
んで、当然すぐに挫折と。

えっ、俺?
俺はもちろん『死者の奢り・飼育』一冊で止めたよ。(w

19 :パクリ連鎖:04/04/25 22:38
>>18

じゃあもう結構年いってるんすか、先輩

20 :吾輩は名無しである:04/04/25 22:43
「洪水」か「万年元年」から読めば挫折しない。
普通にオモロイじゃん。

21 :吾輩は名無しである:04/04/25 22:47
第1回のシュリ・プリュドムからして、現在、翻訳を読むのは困難だ。
とっくに絶版になった某全集にわずかに翻訳が載っている程度。
第1回でトルストイも、ゾラも受賞できずに、シュリ・プリュドムが受賞したと
いうのがノーベル文学賞の面白さだな。

22 :吾輩は名無しである:04/04/25 22:48
村上春樹がとるんだべ。

23 :吾輩は名無しである:04/04/26 00:13
そう言えば、ノーベル賞への日本人での推薦って
誰が貰えてるの?
非公開だっけ?

24 :吾輩は名無しである:04/04/26 00:22
>>23
大学の教授などらしいが、非公開。ただ、ノーベル賞受賞者には推薦の権
限があることは確実なので、大江健三郎に推薦資格があることはまちがいない。
ただ、大江のことだから外国の作家を推薦していそうだ。中国、韓国あたりの
作家とか・・・

推薦状は、英語でかなりの量を書かなければならないので、推薦資格を持つ
人のうち半分くらいしか出してこないという噂があるな。

25 :吾輩は名無しである:04/04/26 02:56
>>24
ギュンター・グラスを採った時、大江が推薦状を書いたのは
まず間違いない。
今は、クンデラあたりを書いてそう。

26 :吾輩は名無しである:04/04/26 03:34
宮澤賢治、とってもおかしくなかった

27 :吾輩は名無しである:04/04/26 04:54
>推薦状は、英語でかなりの量を書かなければならないので
作家先生となると、そんなの面倒臭くってやってられないのかな?(´・ω・`)

28 :吾輩は名無しである:04/04/26 05:16
なんで、1998年でリスト終わってるの?

29 :吾輩は名無しである:04/04/26 08:57
そもそも日本語で書いていて、どうしてノーベルの奴等にわかるのだ。

30 :吾輩は名無しである:04/04/26 09:07
えっ・・・

31 :吾輩は名無しである:04/04/26 09:11
>>28
98年を最後にノーベル文学賞は廃止されたから

32 :吾輩は名無しである:04/04/26 14:50
な、なんだってー!?(AAry

33 :吾輩は名無しである:04/04/26 16:30
J.M.クッツェー 63 南アフリカ 西洋文明の残酷な合理主義や見せかけのモラルに対して疑念を抱き、容赦なく批判した
2002 イムレ ケルテース 72 ハンガリー 歴史の野蛮な専横に対抗する、か弱い個人の経験を支持する著作を書いた
2001 V.S.ナイポール 69 イギリス 抑圧された歴史の存在を読者に示した
2000 高 行健   フランス 普遍的正当性、痛烈な洞察力、言語的精巧さにより、中国文学に新たな道を開いた
1999 ギュンター グラス

たかこうけんはフランス人であったか。
一瞬日本人な気がしたぜ。
しかも家柄は中国出身の人みたいだな。

34 :18:04/04/26 18:50
>19
今年で25になったが、歳といえば歳だな。

35 :我輩は名無しである:04/04/26 21:00
ノーベル賞取った作家ぐらいちゃんと翻訳出して欲しい。
ノーベル賞作家の作品を読みたいと思う読者もいるんだから。(例えば俺)
英米仏露圏の作家の訳はダントツに多いよね。それについで西と独か。
スウェーデンの作家とか、想像がつかんから、興味沸くよな。

36 :閑話休題 ◆K9kCbDNrVU :04/04/26 21:05
>>11
三島が死んだから、康成になったの。

37 :吾輩は名無しである:04/04/26 21:12
↑違います。実力がないからです。

38 :閑話休題 ◆K9kCbDNrVU :04/04/26 21:15
>>37
出典どこ?
わたくしは大学ゼミの控え室。

39 :吾輩は名無しである:04/04/26 21:16
違うだろ 三島の康成への推薦文がよかったんだろ

40 :吾輩は名無しである:04/04/26 21:17
逆じゃん。

41 :吾輩は名無しである:04/04/26 21:18
ノーベル賞獲った後すぐにNHKでアナウンサー一人交えて、三島と川端が対談してますが?
w しかも、三島なんて川端の間接的な弟子じゃん。あほ?

42 :閑話休題 ◆K9kCbDNrVU :04/04/26 21:23
三島も死んだから、(康成は)自殺したの。
だったかもしれない。
そのような会話だったのです。


ごめんなさい。(W


43 :吾輩は名無しである:04/04/26 21:24
芹沢がノーベルの推薦は長いことやっていたようだな。
川端といえば芥川賞生みの親だ。
直木賞を作ることだけに熱心だった菊地寛は
芥川賞に関して川端に丸投げした。
川端は選考委員長として創設当初の賞運営に苦労したようだ。

44 :ガディワッツ:04/04/26 21:30
奥様ちょっと、聞きました?
ガオ・シンジェンってば劇団やってるんですってよ。


45 :吾輩は名無しである:04/04/26 21:33
また話すりかえやがった。八方美人は死ねよ、きもちわるいから。

46 :吾輩は名無しである:04/04/26 21:34
ところで三島と川端の往復書簡集を読んだ人いる?

47 :閑話休題 ◆K9kCbDNrVU :04/04/26 21:35
>>46
それ読んだ♪

48 :吾輩は名無しである:04/04/26 21:35
三島の子供って今何やってるの?
息子も娘も40代で働き盛りだよね。

49 :閑話休題 ◆K9kCbDNrVU :04/04/26 21:37
>>47
平成12年11月1日付で
新潮文庫化もされてる。


50 :閑話休題 ◆K9kCbDNrVU :04/04/26 21:41
(独白)
うわー!
記憶が逆回転して参りました。



51 :閑話休題 ◆K9kCbDNrVU :04/04/26 21:44
>>44
話聞きたいです。

50はさげるべき、
もとい書込不能。反省(W

52 :吾輩は名無しである:04/04/26 21:48
三島と川端の往復書簡集ってどうなん?

53 :ガディワッツ:04/04/26 21:50
>>51
 話の流れ切っちゃうらしいので、あとで書きます。たぶん。


54 :閑話休題 ◆K9kCbDNrVU :04/04/26 21:51
>>52
おもちろいおもちろい。
実生活上の書簡なので、
ちょっと要約などしにくいのですが。
438円(税別)
買うべし。

55 :吾輩は名無しである:04/04/26 22:02
ノーベル賞がなんだっていうんだよ!
平和賞受賞ね顔ぶれみてみろ!

56 :吾輩は名無しである:04/04/26 22:05
ありゃ、例外だ。>平和賞

57 :閑話休題 ◆K9kCbDNrVU :04/04/26 22:07
>>55
よしよし。
それを言っちゃあ、おしまいなのよ。(W
いっしょに踊ろうぜ♪

58 :みっち:04/04/26 22:13
閑話休題ってファルスマン氏?

59 :閑話休題 ◆K9kCbDNrVU :04/04/26 22:17
........._| ̄|○



わたくしはファルロスマンのように万年生理中ではない。

60 :吾輩は名無しである:04/04/26 22:18
…ってことはおさむですか。

61 :閑話休題 ◆K9kCbDNrVU :04/04/26 22:22
>>60
誰それ?(W

このスレの話題からそれるから、
移動しない。

62 :くにゅん:04/04/26 22:37
フォークナーって何の作品で文学賞とったの?

63 :吾輩は名無しである:04/04/26 22:39
八月の光?

64 :吾輩は名無しである:04/04/27 00:17
ノーベル文学賞は、特定の作品で受賞するものではないと思うが…。

65 :吾輩は名無しである:04/04/27 01:03
そんなことはなかろう。作品が上げられるよ。

66 :吾輩は名無しである:04/04/27 15:50
俺も、作品じゃなくて人が受賞するもんかと思ってた。(w
大江や川端は何で受賞したの?

67 :吾輩は名無しである:04/04/27 16:05
大江はヒロシマ・ノートじゃないの

68 :吾輩は名無しである:04/04/27 16:17
大江は「万延元年のフットボール」に与えられてる。
川端は「雪国」ね。


69 :吾輩は名無しである:04/04/27 16:29
特定の作品ではなく人に与えられるんだけど、受賞理由を
述べるスピーチの中で特定の作品に言及されることはある。
大江だと「万延元年」、グラスだと「ブリキの太鼓」が中心的に
扱われている。川端は意外にも「雪国」ではなく「古都」のほうに
行数が割かれている。
http://www.nobel.se/literature/laureates/1968/press.html

フォークナーの時には特定の作品名は挙げられていないようだ。
http://www.nobel.se/literature/laureates/1949/press.html

70 :吾輩は名無しである:04/04/27 16:47
ここは為になるインターネットですね

71 :吾輩は名無しである:04/04/27 20:52
川端の最高傑作は眠れる美女

72 :ハニロウたん ◆T61/rdmlFM :04/04/27 22:36
http://www.nobel.se/literature/laureates/1994/press.html
を読む限り
大江健三郎はサイレント・クライという小説が受賞の大きな要因になったようだね。
受賞する何十年も前に書かれた小説なのに
ちょっと変な感じ。

73 :吾輩は名無しである:04/04/27 22:45
>>69
ありがとう。

ここは為になるインターねっつですね。
川端は 伊豆の踊り子 じゃなかったのかえ?

74 :吾輩は名無しである:04/04/27 22:58
ま、言い尽くされてはいるが
カフカもジョイスもプルーストも
受賞させて無い文学賞(w

75 :閑話休題 ◆K9kCbDNrVU :04/04/27 22:58
川端康成「朝雲」は読まれました?


76 :吾輩は名無しである:04/04/27 23:00
りさたんは当然とるよね。

77 :吾輩は名無しである:04/04/27 23:08
>>74
トルストイも

78 :吾輩は名無しである:04/04/27 23:09
>>72
The silent cry は「万延元年のフットボール」の英訳題。

79 :吾輩は名無しである:04/04/27 23:25
フットボールという言葉も万延元年も含まれない
勝手な訳題だな。
だれが訳したのか知らんが、新たにタイトルを付け直したようなもんだ。

80 :吾輩は名無しである:04/04/27 23:27
村上春樹の名が刻まれるのはもうすぐだ

81 :吾輩は名無しである:04/04/27 23:29
だが有りがちな話だが死んでしまうのだ。
そして代わりにニンマリ笑うのが実はばなな。

82 :弧高の鬼才 ◆W7fyJoqOQ. :04/04/27 23:40
あきらかに欧米を意識して書いてるからな。春樹は。
ドイツで「海辺のカフカ」が売れてるみたいだけど、カフカって固有名詞があざといし。

83 :吾輩は名無しである:04/04/28 00:01
春樹が採るわけない。
ノーベル賞を採るには作家のスケールが小さすぎる。
マジレスだよ。

84 :吾輩は名無しである:04/04/28 00:05
春樹が取れないなら誰が取れるって言うんだ

ドラゴン=豚
ばなな=不細工
りさたん=天使

りさたんなら取れるか

85 :吾輩は名無しである:04/04/28 00:37
つーか、もうちょっとちゃんとした作家よめ(w

86 :吾輩は名無しである:04/04/28 00:38
>>79
元号は固有名詞だから翻訳不能だろ?
外国人にわかるけないよ。
ダニエル・カールでもない限りナー。

87 :吾輩は名無しである:04/04/28 01:04
>>74
カフカが生前に出版したのは「変身」といくつかの短篇だけで、「城」「審判」等
主要な長編は死後出版だった。プルーストの「失われた時を求めて」も生前
には途中までしか出てなかった。受賞させてなくてもまあしかたないかと思う。

ノーベル財団のオフィシャルサイト内にあるこの読み物。
http://www.nobel.se/literature/articles/espmark/index.html
文学賞を選考する委員の一人が書いたものだけれど、なかなか面白い。
シュリ‐プリュドム、オイケン、ハイゼあたりの代わりにトルストイ、イプセン、
ヘンリー・ジェイムスが獲るべきだった。初期の受賞者で文句なしと言える
のはキプリングくらいだ。30年代だとピランデッロとオニールの2人が合格で、
パール・バックじゃなくてヴァージニア・ウルフにやるべきだった、などなど。
文学賞の歴史を振り返りつつけっこう大胆なことを言っている。

88 :吾輩は名無しである:04/04/28 01:18
トマスピンチョンは獲れるのか?

89 :吾輩は名無しである:04/04/28 01:39
サトエリがとります

90 :吾輩は名無しである:04/04/28 01:41
絶対ありえないが、もしマルケンがとって、大江の時みたいにブー
ムになったら藁えるな。

91 :吾輩は名無しである:04/04/28 08:39
マルケンって翻訳されてるの?

92 :吾輩は名無しである:04/04/28 09:13
え、トルストイってとってないの?戦争と平和
ドストエフスキーが取ってないのは知ってたんだけど・・・

93 :吾輩は名無しである:04/04/29 07:08
>>92
採ってないよ。
ノーベルが嫌いだったらしいよ。
なぜなのかは知らないけど。
理由を知ってる人いる?

94 :吾輩は名無しである:04/04/29 07:14
>>87
全部読むのは骨がおれるので、どのへんに書いてあるか
おしえてくれる?

95 :吾輩は名無しである:04/04/29 09:11
>>94
人名のことろだけ字が変わっているので(他ページへリンク)、
それを手がかりに自分で探せよ。

96 :吾輩は名無しである:04/04/29 12:06
高行健はちっとも話題にならなくてかわいそうだったなあと思ってたら
中国人だったのね。恥ずかす〜

97 :吾輩は名無しである:04/04/29 12:48
>96
サラマーゴやケルテスだって似たようなものだろ。
非英語圏の作家はイマイチ注目されないからな。

98 :吾輩は名無しである:04/04/29 12:48
>>38
閑話休題氏は社会人入学の院生ですか?

99 :吾輩は名無しである:04/04/29 17:18
>>94
小見出しで言うとこのあたり
International Neglect of the Change of Standards
International Criticism of the Literature Prize

100 :吾輩は名無しである:04/04/29 17:29
100

101 :吾輩は名無しである:04/04/29 20:14
>>97
いや、マルケスはかなり注目された。
「百年の孤独」が日本でも売れたから。

102 :吾輩は名無しである:04/04/29 21:32
>>93
確か第一回をトルストイにあげようとしたけど本人が嫌がったんでしたっけ?

冗談抜きで10年以内に村上春樹が取りそうな予感が・・・・

103 :吾輩は名無しである:04/04/29 22:02
爆弾成金の賞なんて欲しくなかったんだろ

104 :吾輩は名無しである:04/04/29 22:24
春樹はたしかに面白いけどノーベルとは方向性が違う気が

105 :コピペ:04/04/29 22:28
2 :1901年〜1998年までの受賞者一覧 :04/04/25 18:58
1951年 P.ラーゲルクヴィスト(スウェーデン) ・ 1952年 F.モーリアック(フランス)
1953年 W.チャーチル(イギリス) ・ 1954年 E.ヘミングウェー(アメリカ)
1955年 H.K.ラクスネス(アイスランド) ・ 1956年 J.R.ヒメネス(スペイン)
1957年 A.カミュ(フランス) ・ 1958年 B.L.パステルナーク(ソ連,辞退)
1959年 S.クアジーモド(イタリア) ・ 1960年 サン‐ジョン‐ペルス(フランス)
1961年 I.アンドリッチ(ユーゴスラヴィア) ・ 1962年 J.スタインベック(アメリカ)
1963年 G.セフェリス(ギリシア) ・ 1964年 J.-P.サルトル(フランス,辞退)
1965年 M.A.ショーロホフ(ソ連) ・ 1966年 S.Y.アグノン(イスラエル) N.ザックス(ドイツ)
1967年 M.A.アストゥリアス(グアテマラ) ・ 1968年 川端康成(日本)
1969年 S.ベケット(アイルランド) ・ 1970年 A.I.ソルジェニーツィン(ソ連)
1971年 P.ネルーダ(チリ) ・ 1972年 H.ベル(西ドイツ)
1973年 P.ホワイト(オーストラリア) ・ 1974年  H.E.マルティンソン(スウェーデン) E.O.V.ユーンソン(スウェーデン)
1975年 E.モンターレ(イタリア) ・ 1976年 S.ベロー(アメリカ)

106 :コピペ:04/04/29 22:28
1977年 V.アレイクサンドレ(スペイン) ・ 1978年 I.B.シンガー(アメリカ)
1979年 O.エリティス(ギリシア) ・ 1980年  C.ミウォシュ(アメリカ)
1981年 E.カネッティ(イギリス) ・ 1982年 G.ガルシア‐マルケス(コロンビア)
1983年 W.ゴールディング(イギリス) ・ 1984年  J.サイフェルト(チェコスロヴァキア)
1985年 C.シモン(フランス) ・ 1986年  W.ショインカ(ナイジェリア)
1987年 I.A.ブロツキー(ロシア) ・ 1988年  N.マフフーズ(エジプト)
1989年 C.J.セラ(スペイン) ・ 1990年 O.パス(メキシコ)
1991年 N.ゴーディマー(南アフリカ共和国) ・ 1992年  D.ウォルコット(トリニダードトバコ)
1993年 T.モリスン(アメリカ) ・ 1994年  大江健三郎(日本)
1995年 S.ヒーニー(アイルランド) ・ 1996年  W.シンボルスカ(ポーランド)
1997年 D.フォー(イタリア) ・ 1998年  J.サラマーゴ(ポルトガル)


107 :吾輩は名無しである:04/04/29 22:30
>>106
なんで荒らしてるの?

108 :吾輩は名無しである:04/04/29 22:40
>>107
え、え??
全表示以外では「2」が見えなくなるでしょう。。。

109 :吾輩は名無しである:04/04/30 01:26
候補作って発表されるの?
よく三島が候補になったとかって話を聞くけどさ。
これまでの候補作一覧みたいなものはあるのかな。
直木賞のすべて、サイトみたいな感じの奴。
教えて、エロい人。

110 :吾輩は名無しである:04/04/30 02:05
候補は発表されるみたいだけど一覧は見つからんなー



111 :吾輩は名無しである:04/04/30 02:35
>>109
誰が誰を推薦したとか最終候補(文学賞の場合通例五人)に残ったのは
誰かとか、そういう情報は最低五十年は公開されないことになっている。
http://www.nobel.se/help/faq/nominations.html

湯川秀樹(49年受賞)の選考過程に関する研究を目にした覚えがある。
文学賞の選考過程も古いものは公開されてるはずだが、主に文学史の
研究者とかに向けたもので、一般人はアクセスできないんじゃないだろうか。

112 :吾輩は名無しである :04/04/30 08:24
流石に、文学賞だけは「ダブル受賞」ってのはないなあ。

113 :吾輩は名無しである:04/04/30 14:19
>112
1904、17、66、74年。

114 :吾輩は名無しである:04/04/30 18:31
霊山集英社文庫で出ないかな

115 :吾輩は名無しである:04/05/03 01:16
>111
研究者とかにしか、許可されないらしいね。そういえば。

116 :吾輩は名無しである:04/05/08 10:50
三島は右翼思想が邪魔したんじゃないのかな

117 :吾輩は名無しである:04/05/08 10:55
「選考過程は50年間公表されない」というが、正式な選考過程のことだろうな。
ノーベル財団のメンバーが、たぶん非公式だろうけど、どうやって選んだかは言っている。
川端康成のときは、日本の団体(ペンクラブ他)から推薦があった3人の日本人の
うち、一番年長だった川端にしたと、スウェーデンアカデミーのメンバーがはっき
りと言っている。
そのときの3人には三島もいたが、三島は3人の中で一番若かった。

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