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■■日本文学全般について■■

1 :吾輩は名無しである:04/03/30 22:22
疑問・質問なんでもよし。
議論・討論おかまいなし。

マクロな視点・ミクロな視点多角的見地から。

日本文学を語りま。

2 :吾輩は名無しである:04/03/30 22:23
えらく漠然としたスレだな

3 :吾輩は名無しである:04/03/30 22:25
日本文学にはトムソーヤやハックルべリフィンやデヴィットカッパーフィールド式の
少年ものって無いよね。


4 :吾輩は名無しである:04/03/30 22:29
銀の匙がある。

5 :吾輩は名無しである:04/03/30 22:49
だれそれ?
つーか日本文学って混沌としてるよな。
そしてなんか日本文学の支柱な流れというか
代々影響されていく主流な文学の流れがない。
一般的には夏目漱石あたりが日本文学の代表みたいな感じはするけど、
夏目漱石の流れも早い時期に途中で切れたような感じがする。
当時、夏目漱石はどちらかというと異端だったらしいけど、
どうも作家の派閥同士で他の派閥と対決して、なんか閉鎖的な感じ。
現代の日本の代表的作家(現代日本文学)として春樹や龍や大江、
そして少し前では三島に太宰に川端に安部・・・。
芥川→太宰の文学的敬称というか影響はたしかにあるけど。
そういったように、ところどころがちょっとづつ繋がっているだけで。
春樹や龍にもいえるんだけど、漱石や川端や二葉亭四迷や三島や大江・・みたいに、
海外の同時代の作家に直接影響を受けて、それを日本語で表現しただけみたいな。
そこにまったく日本文学の流れを感じない。
その「ものまね」が日本文学たる所以だと、それが日本文学の主流の流れだというなら、
もうなにもいえない。
ただ、なんか、虚しさを感じる。

6 :吾輩は名無しである:04/03/31 01:14
日本人は新しいもの好きだからね。
すぐ最先端のものに心が動かされるの。
温故知新の欠片もないよ。

7 :吾輩は名無しである:04/03/31 12:21
日本文学ではなくて日本語文学

8 :吾輩は名無しである:04/03/31 13:21
トムやハックやコッパフィールドに相当するものはわが国では漫画になっちゃうね

9 :吾輩は名無しである:04/03/31 14:07
「麻雀放浪記」がある。

10 :吾輩は名無しである:04/03/31 16:33
少年の成長過程を描く長編小説…思いつくところでは「銀の匙」「真
実一路」「路傍の石」「次郎物語」とかあるし(きっと他にもあるん
だろうけど) 、戦前の少年雑誌には沢山載ってたんじゃないの?
アメリカで今でもトム・ソーヤとかがどれだけ国民に影響力を持って
るのかわからないけど、少なくとも日本の場合は理想とされる少年の
モデルが戦前と戦後で大きく食い違っているから、少年小説は時代に
淘汰された感じになってるのかもしれない。その代わりを担っている
のが(>>8氏の指摘どおり)漫画ってことなのかな。

11 :吾輩は名無しである:04/03/31 16:41
少年像なんて日本に限らずアメリカでも日に日に変化するだろ。
ライ麦畑でつかまえてはハックルベリイ・フィンの冒険の20世紀版と言われているし。
日本人の少年少女が読んで成長したり共感したり文章を学んだりするようなものは少ない。
「坊ちゃん」は主人公が学校の先生だし、「人間失格」はネガティブ過ぎるし。
「走れメロス」や「銀河鉄道の夜」あたりなら結構いいかもしれないけど、物足りない感じ。

12 :吾輩は名無しである:04/03/31 16:44
文壇が少年モノを受け付けないというのもあるかもしれない。
トムソーヤを書いたマーク・トウェインもアメリカの評価に反抗するために
もう一つの少年モノとしてハックを書いたと聞くし。


13 :吾輩は名無しである:04/03/31 16:51
「しろばんば」は?
少年物語の傑作じゃない?

14 :吾輩は名無しである:04/03/31 17:10
日本には少年少女小説の伝統がない、とは思わないけど、日本の国語
の教科書が、読者と同世代の人物への感情移入を誘う文学より、純文
学の紹介に力を注いでいる、ということもあると思う。
先の少年のモデルの話で言えば、それを突き詰めると男らしさ・女ら
しさという問題にぶち当たったりする。「どろんこ祭り」騒動なんか
がいい例だけど。結局、価値観の多様さな現代では「これが望ましい
子供像(少年像)である」というのを不用意に提示できないから、む
しろ歴史的価値のある、しかも意味が重層的でなんとでも解釈できる
純文学風の小説の方が扱いが楽だ、というのはあるかもしれない。

15 :吾輩は名無しである:04/03/31 17:30
少年のあるべきモデル提示が多様な社会では困難だから
純文学のほうが扱いやすいというなら、その純文学たって
同じことで子供の生態が多様なら大人の生態だって多様なはず。
なのに大人ことを書いた話が多い純文学なら子供にたいして向いていて
子供のことを書いた話は向かないという理屈は、変じゃないか?
漫画には少年の共感を得やすい同世代の登場人物を書いた話は多いけど
その漫画にはできて小説にはできないことは無いはずだよね。
純文学の解釈を子供に求めるってのも酷なことだと思うんだけど、
少年期の物語だからといってレベルが低いというわけでも単純というわけでもないし
そういえば「ハリー・ポッター」は子供にも大人にも世界中でも日本でも人気だけど、
やっぱりこういう(魔法使いでも)少年期の物語ってなかなか日本から生まれないよね。
でも漫画では確かに日本では多いんだよ、少年期を書いたものが。
やっぱり日本人の意識のなかに小説として少年期の大作を書かせないような
ものがあるんじゃないかな?
今の国語教育をつづけさせる文部省に問題があるという見方もあるのかもしれないけど。

16 :吾輩は名無しである:04/03/31 22:32
「僕らの七日間戦争」とか

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