5ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

J.オースティン Part3

1 :吾輩は名無しである:03/06/22 01:45
描くのはもっぱら英国の片田舎の狭い世界。
でも皮肉やユーモアをちりばめた人物描写は普遍的な大人の文学。

そんな平凡な大作家、ジェイン・オースティンを語るスレです。


2 :吾輩は名無しである:03/06/22 01:55
過去スレ。

ジェイン・オースティンなんていかが?
http://natto.2ch.net/books/kako/982/982599726.html

ジェイン・オースティン@「高慢と偏見」
http://mentai.2ch.net/book/kako/1006/10069/1006984678.html

3 :吾輩は名無しである:03/06/22 03:29
オースティン・パワーズはもういいよ・・・

4 :吾輩は名無しである:03/06/22 07:51
やっとオースティンすれができたみたいね。
この板って英国の有名な文学者がほとんど話題になんないよね。
とくに18、19世紀の作家。
だから個人的にこのスレは沈まないでほしいね。

5 :吾輩は名無しである:03/06/22 08:24
ジェイン・オースティンもユーモアではオースティン・パワーズには
負けてない。
同じオースティンでもスペルは微妙に違ってます。
こんなページ発見。

Jane Austen vs. Austin
ttp://www.kittensinunderpants.com/features_articles/talk_shite/austin_austen.html

ちなみに生前のジェイン・オースティンの肖像は姉のカサンドラの描いた
スケッチ2枚しか残っていないそうです。
上のページのジェイン・オースティンの肖像はおそらくそのスケッチを
元にして後世に描かれたもの。


6 :吾輩は名無しである:03/06/22 08:36
Jane Austen を知る為にはまずここへ
http://www.pemberley.com/index.html

このページにオリジナルの彼女の肖像画が。
http://www.pemberley.com/janeinfo/jacportr.jpg

7 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

8 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

9 :吾輩は名無しである:03/06/22 17:49
オースティンはもっぱら若い女性の恋を描いていて
少女向き作家のような印象がありますが、女子だけに
独占させておくにはもったいないです。

さらに言えば人生や世の中にたいする、落ち着いた
精微な視線をもったオースティンの作品は小津安二郎の
映画がそうであるように、読者が年をとるほど
好ましくなると思います。


10 :吾輩は名無しである:03/06/22 18:23
J.オースティン Jane Austen(1775-1817)の主要な6作品と刊行年です。

Sense and Sensibility 1811
Pride and Prejudice 1813
Mansfield Park 1814
Emma 1815
Northanger Abbey 1818
Persuasion 1818

この内 Sense and Sensibility, Pride and Prejudice, Northanger Abbey は
実際に執筆されたのは1795-1798年頃。
また彼女の生前はその作品はすべて匿名で出版されていて
1818年に初めて名前が公になります。

参考文献 ジェイン・オースティン 大島一彦、中公新書、1997
     An Austen Chronology  ttp://www.lang.nagoya-u.ac.jp/~matsuoka/Austen-Chro.html
(名古屋大学 松岡光治氏のページ)


11 :吾輩は名無しである:03/06/22 18:29
「田舎に家が三、四つあれば小説が書ける」
というセリフの通り、日常の微細な感覚を描いた作家。
だがその人間造形は精密、また会話に溢れるユーモアも一級品。
今でもペンギンブックスではpride and prejudiceが必ず平積みされてる。

12 :吾輩は名無しである:03/06/22 18:43

ストーリーは単純なんだけど
一旦読み始めたら止まらないんだなこれが。
名人芸だと思う。



13 :吾輩は名無しである:03/06/22 19:02
主な邦訳リスト

高慢と偏見 上下(ワイド版岩波文庫)富田彬、岩波書店、2002
説得 大島一彦、キネマ旬報社、2001
エマ 上下(岩波文庫)工藤政司、岩波書店、2000
エマ (中公文庫)安部和二、中央公論新社、1999
マンスフィールド・パーク 大島一彦、キネマ旬報社、1998
説きふせられて 改版(岩波文庫)富田彬、岩波書店、1998
サンディトン ジェイン・オースティン作品集 都留信夫監訳、1997
ノーサンガー・アベイ 中尾真理、キネマ旬報社、1997
自負と偏見 (新潮文庫)中野好夫、新潮社、1997
エマ ハーディング祥子、青山出版社、1997
高慢と偏見 (河出文庫)安部和二、河出書房新社、1996
美しきカサンドラ ジェイン・オースティン初期作品集 都留信夫監訳、鷹書房弓プレス、1996
いつか晴れた日に 分別と多感 真野明裕、キネマ旬報社、1996
ジェイン・オースティン著作集1〜5 文泉堂出版、1996
 1.エリナとメアリアン、分別と多感 伊吹和勢
 2.高慢と偏見 伊吹和勢、説得 近藤いね子
 3.マンスフィールド・パーク 臼田昭
 4.ノーサンガー寺院 富田彬
 愛と友情 大久保忠利 
オースティン『レイディ・スーザン』書簡体小説の悪女をめぐって 惣谷美智子、英宝社、1995 
高慢と偏見 (講談社文庫)伊吹和勢、講談社、1979
マンスフィールド・パーク (世界文学全集17)臼田昭、集英社、1978
説得 (世界文学全集 第21)近藤いね子、講談社、1975 (高慢と偏見、伊吹和勢も収録) 
説きふせられて (世界文学全集 カラー版 第9巻)安部和二、1968 (高慢と偏見、安部和二も収録)


14 :吾輩は名無しである:03/06/22 19:12
さあ、読んでないそこの君、
すぐに本屋にゴー。

15 :吾輩は名無しである:03/06/23 00:47
It is a truth universally acknowledged,
that a single man in possession of a large fortune must be in want of a wife

16 :吾輩は名無しである:03/06/23 20:23

"Oh ! single, my dear, to be sure ! A single man of large fortune;
four or five thousand a year. What a fine thing for our girls!

出だし(>>15)の気の利いたテーゼの後に、年頃の娘を持った夫婦の
愉快な会話ではじまるのが「自負と偏見」。

オースティンは読者をいきなり夫婦の居間に連れてきて
その会話だけで妻と夫のそれぞれの人柄を紹介します。
この1〜2ページだけでもうストーリーにすんなり入っていける。





17 :吾輩は名無しである:03/06/23 20:31
原典読んだ人にくだらない質問しますが
僕に読めますか
早稲田政経の過去問が九割正答でした

18 :吾輩は名無しである:03/06/23 20:34
Pride and Prejudice には「自負と偏見」、「高慢と偏見」のふたつの
訳があるけど、どっちもいまいち。
原題通りに頭韻を踏めとは言わないけど、もっといい訳ないかな。

特に「高慢」が嫌だ。
この音は別の隠語を連想してしまう。

アチャー━━━━━(゚∀゚)━━━━━!!!! 俺だけ??


19 :ダーシー:03/06/23 22:36
ポール・ポプラウスキー編著『ジェイン・オースティン事典』が翻訳されました。
向井秀忠監訳、鷹書房弓プレス刊、9800円です。

20 :吾輩は名無しである:03/06/24 19:06
>>19
高いね。

(´-`).。oO(どんな内容だろう)

21 :吾輩は名無しである:03/06/24 22:17
”Austen”なら「オーステン」ではないのかな?
岩波文庫では同じ富田彬訳で
『自負と偏見』がオースティン
『説きふせられて』がオーステン。
でも>>13をみると”オースティン”が圧倒的多数だなぁ。


22 :吾輩は名無しである:03/06/25 19:10

Merriam-Webster Online で Austen の発音チェック。
http://www.m-w.com/cgi-bin/dictionary?Austen


23 :吾輩は名無しである:03/06/25 21:24
>>22
Austen と Austin
発音はまったく同じですね。
「オーストゥン」といった感じ。

24 :吾輩は名無しである:03/06/26 19:36
1995年にエマ・トンプソン主演の映画「いつか晴れた日に」Sense and Sensibility が
製作されて、それを契機とするかのように日本ではオースティンの翻訳の刊行ラッシュが
おきてます。

映画化自体も世界的なオースティン再評価の流れのひとつの表れなんだろうな。

IMDb でオースティン原作の映画・TV作品をチェック。
http://us.imdb.com/Name?Austen,%20Jane

・・・ん? 「自負と偏見」の映画も現在撮影中か。 

25 :吾輩は名無しである:03/06/26 22:58
夏目漱石のお気に入り、ですよね。


26 :吾輩は名無しである:03/06/27 21:28
漱石の「文学論」にオースティン賛があるらしいので
今度読んでみます。

27 :吾輩は名無しである:03/06/27 21:54
――Jane Austenは写実の泰斗なり。平凡にして活躍せる文字を草して
技神に入るの点において、優に鬚眉の大家を凌ぐ。余いう。Austenを
賞玩するあたわざるものはついに写実の妙味を解しあたわざるもの
なりと。

有名な箇所ですな。というのは、『文学論』中、漱石が一番賞揚
している作家がAustenであり、かの『明暗』で『自負と偏見』を
お手本にしたと言われている。確かにあの会話の爆走するような
応酬ぶりこそが、漱石文学を百年品質として保たせているのだと
思う。何であんなインテリが、庶民的な会話をうまく書けたか
いつも不思議に思うが、漱石という人は、耳のいい作家だったの
ではないか。どこへ行っても、よく聞いていたんでしょうね。

ベネット夫妻の会話がかなり長く引用されたあとにも絶賛の言葉が
つづいています。学術文庫の第2巻。



28 :吾輩は名無しである:03/06/28 13:56
「続明暗」を書いた水村美苗と辻邦生の新聞連載の往復書簡を収めた
「手紙、栞を添えて」(朝日新聞社、1998)という本があります。
オルコットからプロンテ姉妹、ディケンズ、フローベール、
ドストエフスキー、トーマス・マン等を俎上にした文学談義を経て
水村が最後に名を挙げる作家がジェーン・オースティン。
以下引用。

『女の子もの』へ戻ってもいい。 最後はこの作品だ。
『高慢と偏見』。 この本がどんなに私たち女の間で人気があるか、
男の人たちは知らないでしょう。 女たちは遠慮して語らないのです。
いったいどうしてこんなにも女の読者に人気があるのか―ハッハ、
その答えを、モロに言います。 頭のいい女が男に圧勝する物語だからです。




29 :吾輩は名無しである:03/06/28 14:15
>>28 (引用続き)

ジェーン・オースティンの面白さが、その文章にあるのはいうまでもありません。
その文章を特徴づける、「機知」とよばれるもの。 
それは言葉によって表現される何かではない。
言葉の表現の仕方そのもにに在るのです。
だから彼女のさまざまな文章の形をそっくり記憶していない限り、
読むたびに笑いを誘われる。 感心させられる。

その機知を持った主人公として水村は「高慢と偏見」の
エリザベスを挙げ、ダーシーをその「機知」を理解できる
読み手になぞらえてこう書きます。

エリザベスに揶揄されれば揶揄されるほど、ダーシーが
彼女を愛するようになるのは必然でしょう。
「機知」というものは、その面白さが理解されればされるほど、
読み手を魅了せずにはいないものだからです。
なんと女はここで、男をやっつければやっつけるほど、
男に愛されてしまうのです。 ラ!



30 :吾輩は名無しである:03/06/28 14:25
>>29
最後の「ラ!」がよくわからないけど水村イイ!

漱石以外でオースティンに言及する日本の作家は
あんまりいないんだよね。
やっぱり子供向きに写るのか。




31 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

32 :吾輩は名無しである:03/06/29 11:22
漱石が語るオースティン。

文学史上の人々を教育の有無に依つて分けて見ると無教育の文学者は存外多く、
彼らの手になつた名作も少なくない。
之に反し教育ある文学者でも必ず傑作を出して居るとは限らない。
例えば女作家 Jane Austen の作は随分世間にも賞賛され
自分も或意味に於いて感服して居るが読み終えると此人は
学問をした女でないといふことが誰にでも直ぐ判る。
之がつまり無教育ではあるが世の中を見、世の中を解釈する力が
自から備わって居つた例である。

「無教育な文士と教育ある文士」(漱石全集第25巻、岩波書店、1996)



33 :吾輩は名無しである:03/06/29 11:25
>>32
「無教育」故、よく言われるように彼女の作品には社会性は
あんまりない。 知的刺激を受けるような哲学的考察もない。
あたりまえだけどフェミニズムとも無縁。
もっぱら女性の情緒的な感性ばかり。

でもそれが為かえっていつまでも古さを感じさせない

34 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

35 :吾輩は名無しである:03/06/29 11:52
無教育だからといって牧師の娘のオースティンが
汚い言葉を使うことはない。
フィリップ・ロスの小説の作中人物でニュージャージー出身の
ザッカーマンは、イギリスで教育を受けたミス・ベンソンの指導を受ける。
以下引用。

彼女はすでに1年の文学の最初の授業のときに彼に目をつけて、
《length》の g を発音するように教えてくれていた。
そしてクリスマスの休暇が始まるまでには、
彼は《whale》の h をを発音することを教わっていたし、
学年終了前には、《guy》という言葉を語彙から永久に
追放してしまっていた。 いや、彼女が追放したのだった。
それも至極簡単に。
「ザッカーマン、『高慢と偏見』には《guy》という言葉は
いちども出て来ません」
 
「男としての我が人生」、大津栄一郎訳、集英社、1978



36 :吾輩は名無しである:03/06/29 21:22
やっぱり訳が下手だな、大津は。

37 :吾輩は名無しである:03/06/30 20:16
次の翻訳家は野崎孝。
エロイーズは学生時代の友人のメアリ・ジェーンに
退屈な亭主の愚痴をこぼす。
米国でのオースティンの評価が覗えるところです。

「じゃあ、なぜ彼と結婚したのよ、あんた?」と、メアリ・ジェーンは言った。
「さてね、なぜだろうな。 あの人、ジェーン・オースティンが大好きだって、
あたしにそう言ったんだ。 彼女の作品はぼくには重大な意味があるんだってね。
文字どおりにそう言ったんだ。 ところが結婚してみたら、
ジェーン・オースティンなんて1冊も読んでやしない。・・・・・・」

「コネティカッのひょこひょこおじさん」、J.D.サリンジャー
(ナイン・ストーリーズ、新潮文庫)

この短編の中での女性のしゃべり方は朝香光代みたいだけど(゚ε゚)キニシナイ!!


38 :吾輩は名無しである:03/07/01 23:02
Jane Austen, The Complete Novels
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0517118297/ref=ed_oe_h/250-9492423-1437842

この洋書は >>10のリストの作品すべてに Lady Susan も含めて全7編が一冊になってるんだな。
しかもハードカバーなのにペーパーバックより安い。 1,640円 !
一気に原書をそろえるにはいいかも。


39 :吾輩は名無しである:03/07/01 23:57
>>38
満員電車の中じゃ読めないな。
寝っころがっても読めないな。
ばらして読むか。


40 :吾輩は名無しである:03/07/02 21:36
>>39
オレ買ったよ。 ・・・マジで。

今日はモームの引用をしようと思ったけど
彼のは有名だからいいか。
代わりに彼の選んだ十大小説を英語表記で。

〇Tom Jones, ●Herman Melville
〇Pride and Prejudice, ●Jane Austen
〇The Red and Black, ●Alexandre Dumas
〇Pere Goriot, ●Gustave Flaubert
〇Wuthering Heights, ●Leo Tolstoy  
〇The Lady of the Camellias, ●Honore de Balzac
〇David Copperfield, ●Henry Feilding 
〇Moby Dick, ●Fedor Dostoevsky
〇Madame Bovary, ●Emily Bronte 
〇War and Peace, ●Stendhal
〇The Brothers Karamazov, ●Charles Dickens

オースティン以外、タイトルと作者がバラバラ。
しかもモームが選んでない作品も混ざってる予感。。。


41 :吾輩は名無しである:03/07/03 00:43
なんだか「点線で結びなさい」っていう問題みたいですね・・・・・・。

42 :吾輩は名無しである:03/07/03 22:13
>>41
点線で結びなさい。

モームは十大小説には「自負と偏見」を選んでおきながら
自分は「マンスフィールド・パーク」が一番好きだと
言っております。

43 :吾輩は名無しである:03/07/03 22:29
ナボコフが『ヨーロッパ文学講義』で採り上げたのも
「マンスフィールド・パーク」でした。

ナボコフは大学の講義で扱う作家を誰にするか
友人のエドマンド・ウィルソンに相談して、
ウィルソンからオースティンを勧められたのです。

けれど最初ナボコフは「自負と偏見」のオースティンなんか
やだ、と言ったのです。
「オースティンなんか嫌い」と。


44 :吾輩は名無しである:03/07/03 22:45
>>43
ウィルソンはナボコフの意見を諌める手紙を書きます。

You are mistaken about Jane Austen. I think you ought to read Mansfield Park.
Her greatness is due precisely to the fact that her attitude toward her work is like that of a man,
that is, of an artist, and quite unlike that of the typical woman novelist,
who exploits her feminine day-dreams. Jane Austen approaches her material in a very objective way.
Each of her books is a study of a different type of woman, whom Jane Austen can see all around.
She wants not to express her longings, but to make something perfect that will stand.
She is, in my opinion, one of the half dozen greatest English writers
(the others being Shakespeare, Milton, Swift, Keats and Dickens).
(Dear Bunny, Dear Volodya: The Nabokov-Wilson Letters 1940-1971, Univ of California Pr, 2001)


45 :吾輩は名無しである:03/07/03 22:51
>>44 オレ訳

君はオースティンを誤解している。 君はマンスフィールド・パークを読んでみるべきだよ。
彼女の作品に対する心構えはまるで男のそれであり、かつ芸術家の姿勢だ。
彼女の偉大さはまさにその事に基づいているんだよ。
それに女々しい白昼夢を弄ぶよくある女流作家とはまったく違う。
ジェーン・オースティンの対象に対するアプローチの仕方はとても客観的だ。
オースティンの本はみな、彼女ががあちこちで見かけたに違いないあらゆるタイプの女性の見本帳だよ。
彼女は自己主張はせず、自立して倒れない何か完璧なものを作り上げようとしている。
彼女は、言わせてもらえば、6人の偉大な英国作家のうちの1人だ
(他はシェイクスピア、ミルトン、スウィフト、キーツ、ディケンズ)。

46 :吾輩は名無しである:03/07/03 23:05
>>45
「高慢」なナボコフも「マンスフィールド・パーク」を読んで
少しはオースティン、および女流作家に対する「偏見」を
改めたのでしょうか。
講義で彼女をとり上げる事となりましたとさ。



47 :吾輩は名無しである:03/07/03 23:39
「マンスフィールド・パーク」大島一彦訳 にこんな会話が。

「・・・しかしエドマンドと云う名前には高貴な感じがありますわ。
いかにも勇壮な誉れのある名前ですし、王様か王子様のような名前
―騎士道精神と温かな愛情の息吹を呼吸しているような名前ですもの。」
「名前そのものが悪くないと云うことは認めます。 ロード・エドマンドとか
サー・エドマンドと云うことになれば耳にしても愉快ですわ。・・・」

エドマンド・ウィルソンがこの本を好きな理由はこれだ。w

48 :吾輩は名無しである:03/07/04 22:08
注文していたオースティンの本 >>38 が届いたよ。

画像。
http://www.easyseek.net/collection/detail.php3?f_no=1&u_no=420790&c_no=5

49 :吾輩は名無しである:03/07/05 10:35
>>48
でかいねぇ。
分厚いねぇ。

50 :吾輩は名無しである:03/07/06 09:26
夜更かししてドストエフスキーを読んで
頭を熱くして眠れなくなるのもいい。
けだるい午後にプルーストを読ん
さらにけだるくなるのもいい。

でも休日の午前中に鳥の声を聞きながら
紅茶片手にオースティンを読んでマターリするのは最高。

>>49
持ち運びにはこれを使おうかな。
ttp://www.jasa.net.au/regfair/img/carrybag.jpg


51 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

52 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

53 :吾輩は名無しである:03/07/11 00:38
ヤフー「J.オースティン」スレ
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835159&tid=ja5aaa1bca59a5fa5a3a5s&sid=1835159&mid=1&type=date&first=1


54 :吾輩は名無しである:03/07/13 22:44
>>53
ヤホーにもここのURL貼ってきて〜。

「イギリス小説のモンスターたち」(榎本眞理子、彩流社、2001)
の第1章にオースティンの「ノーサンガー・アビイ」について
書いてあったので読んでみる。

ノーサンガー・アビイは、当時流行していたゴシック小説や感傷小説の
パロディである。 そして「オースティンによってゴシック的なもの、
怪しいものはすべて国外に追い払われた」といわれることがある。 
はたして本当にそうだろうか。

と、誰が言ったのかよくわからない言葉を前提にオースティンに
於けるモンスター的なもの、ダークな面を考察しているこの小論は
いまいち突っ込みが浅くて学生の書いたレポートみたいであんまり
おもしろくなかったけど、実際著者が若いときに書いたものらしい。
アンジェラ・カーター等を扱う第2章以下はもっと読み応えがある
と思う。 読んでないけど。 

55 :山崎 渉:03/07/15 08:54

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

56 :吾輩は名無しである:03/07/16 18:51
好きな作家なので揚げ

57 :吾輩は名無しである:03/07/20 17:59
ノーザンガー・アベイを再読中。


58 :吾輩は名無しである:03/07/20 23:03
来月にはちくま文庫で『高慢と偏見』が出るんだろうな?
たのむよ筑摩さん。

59 :吾輩は名無しである:03/07/21 22:46
「美しきカサンドラ」を読んだのだが
あれって10代前半だったオースティンは真面目に書いていたのだろうか?
それとも不条理なのを分かってて書いたのだろうか?



60 :吾輩は名無しである:03/08/06 12:21
あげまーす

61 :吾輩は名無しである:03/08/07 17:43
「高慢と偏見」の皮肉の意味がわかりませんでした。
ものがたりもただの恋の鞘当てというだけのもの。二回読めば分かりますか?
でもリジーの姉を騙して牧師の妻になったいとこのエピソードは共感。


62 :吾輩は名無しである:03/08/08 19:27
娘がお家の資産でしかないってあたりが皮肉なんじゃない?
で、そういうあたりとか、ただの恋の鞘当ても、ともにあたりまえなくらい現代に通ずるけど
それを当時にすでに書いているところが画期的ということでは?

63 :吾輩は名無しである:03/08/08 19:55
>>58
情報ありがとうございます。

今日書店にいったら、ちくま文庫版の「高慢と偏見」が並んでたよ。
中野康司さんによる新訳です。
なんか岩波に較べて文字が大きい。

ちらっと引用。
「金持ちの独身男性はみんな花嫁募集中にちがいない。 これは
世間一般に認められた真理である」


出版記念age

64 :吾輩は名無しである:03/08/08 20:06
邦訳リスト Ver.2.0

高慢と偏見 上下(ちくま文庫)中野康司、筑摩書房、2003
高慢と偏見 上下(ワイド版岩波文庫)富田彬、岩波書店、2002
説得 大島一彦、キネマ旬報社、2001
エマ 上下(岩波文庫)工藤政司、岩波書店、2000
エマ (中公文庫)安部和二、中央公論新社、1999
マンスフィールド・パーク 大島一彦、キネマ旬報社、1998
説きふせられて 改版(岩波文庫)富田彬、岩波書店、1998
サンディトン ジェイン・オースティン作品集 都留信夫監訳、1997
ノーサンガー・アベイ 中尾真理、キネマ旬報社、1997
自負と偏見 (新潮文庫)中野好夫、新潮社、1997
エマ ハーディング祥子、青山出版社、1997
高慢と偏見 (河出文庫)安部和二、河出書房新社、1996
美しきカサンドラ ジェイン・オースティン初期作品集 都留信夫監訳、鷹書房弓プレス、1996
いつか晴れた日に 分別と多感 真野明裕、キネマ旬報社、1996
ジェイン・オースティン著作集1〜5 文泉堂出版、1996
 1.エリナとメアリアン、分別と多感 伊吹和勢
 2.高慢と偏見 伊吹和勢、説得 近藤いね子
 3.マンスフィールド・パーク 臼田昭
 4.ノーサンガー寺院 富田彬
 5.愛と友情 大久保忠利 
オースティン『レイディ・スーザン』書簡体小説の悪女をめぐって 惣谷美智子、英宝社、1995
高慢と偏見 上下(岩波文庫) 富田彬、岩波書店、2001 
高慢と偏見 (講談社文庫)伊吹和勢、講談社、1979
マンスフィールド・パーク (世界文学全集17)臼田昭、集英社、1978
説得 (世界文学全集 第21)近藤いね子、講談社、1975 (高慢と偏見、伊吹和勢も収録) 
説きふせられて (世界文学全集 カラー版 第9巻)安部和二、1968 (高慢と偏見、安部和二も収録)
ケァサリンの結婚 富田彬、角川書店、1950 (ノーサンガー寺院)




65 :山崎 渉:03/08/15 10:03
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

66 :吾輩は名無しである:03/08/18 03:27
作者男だと思ってた

67 :吾輩は名無しである:03/08/18 18:30
    (⌒し
   │ * し _ <愚かな僕は喰われて即死(TT)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                  山崎パン



68 :吾輩は名無しである :03/08/29 23:28
高慢と偏見を他人に貸したらクソツマンナイって。
漏れは面白かったが。

69 :吾輩は名無しである:03/08/30 09:52
>>69
まあ、起伏に富んだ筋があるわけでなし、惚れたの腫れたのの話ばかりだからね。
ツマンネという人はいくらでもいる。

70 :吾輩は名無しである:03/08/31 01:21
ジェーン(姉)は呑気なバカで、父親も偉そうな事を言いながら、
アホを放置してる罪は重いという認識でいいですか?

71 :吾輩は名無しである:03/09/04 23:26
ちくま文庫の中野訳はどうなんだろう、と翻訳を点検するつもりで
読み出したらストーリーの方に夢中になって最後まで一気に読んでしまった。
要するに違和感を感じさせない、いい翻訳です。
訳注も丁寧。 巻末にはオースティン年譜あり。

「高慢と偏見」を読むならどの訳がいい? と聞かれたら
躊躇なく中野訳を推薦できます。

72 :吾輩は名無しである:03/09/05 20:48
>>59
やっと本を入手。
表題作だけ読みました。
・・・・・・うーん。
真面目じゃないですね。
カサンドラが帽子好きだということはわかりましたw

しばらくつんどく本になりそうです。

遅レスですいません。

73 :吾輩は名無しである:03/09/07 08:09
>>71
筑摩の人……じゃないよね(藁

74 :吾輩は名無しである:03/09/07 22:13
ジョージ・オーウェルのスレ
http://book.2ch.net/test/read.cgi/book/1035034689/192-206
パレスチナ生まれの評論家エドワード・サイードがオースティンについて
書いているのを知り「文化と帝国主義」を読みました。
この本は帝国主義的な意識の形成において小説の果たした役割を、
コンラッド、キプリング、オースティンなどの作品を題材に考察しています。

200年前のイギリスの牧師の娘のオースティンがその時代の
国家及び階級の精神や思想とは無縁でないのは当たり前で、
それを現在の価値感で批判することに意味があるのか?
はじめそんなことを考えながら読み出したのですが、
これはそれほど単純な本ではなかった。

75 :吾輩は名無しである:03/09/07 22:23
「マンスフィールド・パーク」にサー・トーマスが財政再建の為、
西インド諸島の領地へ行って留守にしている間、若者達が素人芝居熱に
取り付かれるところがあります。
父がいないのをいいことに長男のトムは撞球室を舞台に改造したりと大騒ぎ。
その芝居は結局サー・トーマスが帰国た時やめさせられるのですが、
その後の描写を大島一彦訳で引用。

「サー・トーマスにとって午前中は何かと慌しかった。 エドマンドやノリス夫人と
言葉を交わしたことなどはその中のほんの短い時間に過ぎなかった。 
以前のサー・トーマスに戻って、マンスフィールドの生活に必要な日頃の用事を
悉く果さねばならなかったからである――執事や地主代理に会ったり、
調べものや数字の計算をしたり、そうかと思うと仕事の合間を縫って庭や庭園や
最寄りの農園に出向いて行ったり。 
それでも積極的にてきぱきとやって除けたから、昼食時に一家の長として
再び自分の席に戻るまでには、これらを全部片付けてしまっていた。 
そればかりか、大工には撞球室の、本人がつい先頃造り上げたばかりのものを
取壊す作業に掛らせていたし、また例の書割絵師に対しても、
さっさと退(ひ)き取りをねがっていた」

76 :吾輩は名無しである:03/09/07 22:35
>>75の部分についてサイードはこう書きます。 (大橋洋一訳)

この一節のもつ力は、いやがうえにもあきらかである。 
ここに描かれるのは、物事を整然と秩序づけるロビンソン・クルーソー的人物
であるとともに、愚にもつかないふるまいの痕跡をすべて消し去ろうとする
初期のピューリタン的人物である。 けれども『マンスフィールド・パーク』
のなかには、サー・トーマスがアンティグアの「プランテーション」において
――規模こそ大きいが――これとまったく同じことをしていたと、
わたしたちが仮定しても、さしさわりのあるようなことはなにも書かれていない。
(略)
オースティンは、彼女が書いた小説のどれよりも明確に、ここで国内的な権威と
国際的な権威とをはっきりと同調させ、階級秩序や法や礼節といった高次の
ことがらとむすびつけられる価値は、現実における領土支配と領土獲得に
しっかりと根ざしていなければならないことを赤裸々に物語ったのだ。 
オースティンはマンスフィールド・パークを保持し支配することと、帝国領土を
保持し支配することは、避けられないつながりがあるとまではいわなくとも、
緊密につながっていることを明晰に理解していた。 
静謐で魅力的な調和にみちた世界を国内に確保するものは、海外領土の生産力と
規律(デイシプリン)ある管理に依存しているのである。

77 :吾輩は名無しである:03/09/07 22:48
普通はサー・トーマスの厳格さしか読み取れないところです。
こんな感じに従来の歴史家にはない精密な読みと鮮やかな解釈
によって小説と帝国主義を結びつけるところが
サイードのおもしろいところなのでしょう。

小説というのはそれ自体が自足したひとつの世界であるとはいえ、
その国の文化や歴史、作者について知ることは決して無駄ではないし必要なことです。
サイードの試みも批判はあるかもしれないが意義のあることだと思う。

サイードを読んだからといって「マンスフィールド・パーク」の価値
――その楽しさ、読者の心を暖かくさせるファニーの優しさ、
脇役たちのキャラクターの形象の鮮やかさ――が下がることはありません。

78 :吾輩は名無しである:03/09/07 23:04
>>4
このスレは絶対落としません。

>>56 >>60
ありがとうございます。
山崎荒らしで沈んでたスレを
上げてくれたんですよね。

オースティンは読めば読むほど好きになる。


79 :吾輩は名無しである:03/09/09 20:17
もしも今、過去の小説家と知り合いになれるとしたら、
男の作家ならチェーホフ、
女の作家ならオースティンと友達になりたい。


80 :吾輩は名無しである:03/09/11 21:22
  優れた人間同士が互いに相手の価値を認めて結ばれるというタイプの
  「大人の恋愛」からは、無分別な少年少女の恋愛や不倫の恋などとは
  一味違った深い持続性のある感動が伝わってきます。 なお、この
  ハッピーエンドの恋愛小説は、賢明な結婚のためのガイドブックと
  しても読めるのではないかと思います。 (「夢幻の宴」倉橋由美子)

倉橋のエッセイ集にオースティンの「説得」の紹介文があったので読みました。
「結婚のためのガイドブック」なんて言っちゃつまらない。

この前章ではイヴリン・ウォーの「ピンフォールドの試練」について書いて
いますが、ここで倉橋がウォーについて言うことは、ある程度オースティンにも
あてはまります。


81 :吾輩は名無しである:03/09/11 21:37
  この種の成熟に達した人間についての面白い話が日本の小説には
  余り見当らないようで、それが日本の小説を圧倒的に文学青年・
  文学少女・文学老年等々向けのつまらない読み物にしています。
  苦味とユーモアは成熟のしるしですが、イヴリン・ウォーの小説
  にはそれが十分あります。 (前掲書)

オースティンにもユーモアが溢れています。 センスあるユーモアが。
日本の作家には本当にそれがない。 深刻ぶってばかりで。

82 :吾輩は名無しである:03/09/11 23:10
ちくまの「偏見と高慢」、何度読んでも面白い〜。
痛勤時のひとときの安らぎをもたらしてくれています。
>>80、8を1読んでイヴリン・ウォーも読んでみたくなりました。

83 :吾輩は名無しである:03/09/11 23:11
>8を1
81です。変な間違いでスレ汚したような気分。すみません。

84 :吾輩は名無しである:03/09/15 02:12
「説きふせられて」を読んだ。
自分は特に恋愛小説が好きなわけじゃないし、
話の内容だって他のオースティンの作品と同じような感じなのに
どうしてこんなに読んでてドキドキしてしまうんだろう。
やっぱオースティンはすごいね。

85 :吾輩は名無しである:03/09/16 20:12
>>82
「高慢と偏見」は 純粋に小説のおもしろさを教えてくれますね。

ところで「高慢と偏見」は少女漫画みたいという人がいるけど
それは違う。
少女漫画がオースティンみたいなのです。

86 :吾輩は名無しである:03/09/16 20:36
>>84
今、キネマ旬報社、大島一彦訳の「説得」を読んでいます。
この人は難しい漢字を使い過ぎます。

 「況(ま)してや大分花の色が褪(あ)せて幾分窶(やつ)れた
 今となっては」 p.10

同じ箇所を岩波文庫、富田彬訳では

 「まして色香もうつろったきょうこの頃では」 p.10

大島訳が翻訳としては一番新しいのですが。
「窶」なんて漢字、生まれて初めて見た。

87 :吾輩は名無しである:03/09/21 09:40
主要6作品の翻訳のうちキネマ旬報社から出てる
「マンスフィールド・パーク」と「いつか晴れた日に」は
在庫切れ。


88 :吾輩は名無しである:03/09/28 14:50
今、オースティンと演劇で、論文書いてます。
もう、ネタがないです。
どなたか、おもしろい論点、持ってませんか?


89 :吾輩は名無しである:03/09/28 15:29
おもしろい論点あるけど、もう本になってしまってるよね。
オースティンと演劇。

90 :吾輩は名無しである:03/09/28 16:01
2冊とも読みました。
しかし、そこから使うと盗作になってしまう。
今、考えているのはヘンリー八世とマンスフィールド・パーク。
これを使ってみたいけど、アイデアが広がらない・・・


91 :吾輩は名無しである:03/09/28 16:04
どうやってヘンリ八世が登場してきたの?
その段階でものスゴイ拡がりに思えるんですけど。

92 :吾輩は名無しである:03/09/28 16:08
作品の中に、登場してます。
けど、視点が狭すぎて、進まない。
この論点はやめとこうか。。。

93 :吾輩は名無しである:03/09/28 21:31
オースティンのクリスティへの影響なら、考えたことがあるが……。

94 :吾輩は名無しである:03/09/28 22:25
>>88
オースティンにとっての「自然」は芝居の書割のようだ。
風はあっても音がなく。花があっても香りがない。

今、出まかせに思いついたこの文章を論文のどっかにつかってw

95 :吾輩は名無しである:03/09/28 23:16
>>94
論文ってもんをあたまから勘違いしているね。

96 :吾輩は名無しである:03/09/28 23:19
なるほど。
オースティンの自然描写だね。

ありがとうございます。
theatricalという意味では使えないかも。
でも、この文章はつかえますね。
メモらせていただきます。

97 :吾輩は名無しである:03/09/29 20:34
ジェーン・オースティンって何で結婚しなかったんだろう?
ダーシーみたいな完璧な男はこの世に存在しないからか。

たいていの女はシャーロットルーカスのように性格が合わなくても
コリンズ氏みたいな条件がいい男と妥協して結婚しているじゃないか。



98 :吾輩は名無しである:03/09/29 23:25
たぶん
彼女はロマンティストだったんじゃないでしょうか。
何度か、恋愛はしてるみたいだし。
一度は、婚約したことだってある。
愛のない結婚よりは、一生独身でいる方がまし。
それがオースティンの本当の結婚観ではないのかな。


99 :吾輩は名無しである:03/09/30 20:59
「説きふせられて」のクロフト提督夫妻がうらやましい。

100 :吾輩は名無しである:03/10/01 23:11
>>97
それはもう数年前に結論出たでしょ。
たしかレズだったからだよ。
手紙や他の証言なんかでほぼ証明された。

101 :吾輩は名無しである:03/10/05 13:34
>>100
オースティンはレズビアンか。
・・・そうかも知れない。可能性はある。

>>93
クリスティへの影響の具体例を教えてください。

102 :吾輩は名無しである:03/10/06 15:03
>>101
可能性じゃなくてもはや定説かと。

103 :吾輩は名無しである:03/10/06 18:01
>>102
自分そんなことまったく知らんかった・・・衝撃

104 :吾輩は名無しである:03/10/07 21:08
>>101
ミス・マープルものなんか読むとよろしいんじゃなかろうかと。
あ、ゼント・メアリー・ミード村が舞台のものね。
『牧師館の殺人』とか。

105 :吾輩は名無しである:03/10/07 22:34
アガサクリスティの時代も、オースティンの時代も戦争がおこってたよね。
どちらにも軍人さんが登場する。

106 :101:03/10/08 20:22
>>104
ありがとうございます。
クリスティ読みます。

107 :吾輩は名無しである:03/10/08 20:40
意外な作家の作品にオースティンを思わせる箇所がありました。
プーシキンの「エヴゲーニイ・オネーギン」の第7章でタチヤーナが
オネーギンの屋敷を訪れるところ。

 深い夢想(おもい)に沈みつつ タチヤーナが
 ただ一人もう長いこと歩いていた。
 どこまでもどこまでも歩いてゆく。すると不意に
 丘のふもとの村や木立や 明るく光る
 川のほとりの庭などが行く手に見えた。
 彼女はじっと見つめている――心臓が
 ひときわ早くはげしく鼓動しはじめる。

 ためらいが彼女の胸をかき乱す。
 『先へ行こうか引き返そうか?・・・・・・
 あの人はあそこにいない。私のことはだれも知らない・・・・・・
 ちょっと邸を覗いてみよう それから庭も』 木村彰一訳



108 :吾輩は名無しである:03/10/08 20:58
タチヤーナは屋敷の中を見回りながら、不在の主(あるじ)に思いを馳せます。
そして女中頭の老婆は当主と先代の当主の話を自慢げにするのです。

「高慢と偏見」の第43章のベンバリー屋敷の場面を彷彿とさせます。
プーシキンがこの部分を書いたのは1827、8年ごろ。
「高慢と偏見」は1813年に出版、仏語訳が1822年に出ています。
プーシキンはフランス語訳を通してオースティンを読んでいたのかも。

109 :吾輩は名無しである:03/10/08 22:07
「坊ちゃん」も。

『御婆さんは時々部屋へ来て色々な話をする。
どうして奥さんをお連れなさって、一所に御出でなんだのぞなもしなどと質問をする。
奥さんがある様に見えますかね。
可哀想にこれでもまだ二十四ですぜと云ったらそれでも、
あなた二十四で奥さんが御有りなさるのは当たり前ぞなもしと冒頭を置いて、
どこの誰さんは二十で御嫁を御貰いたの、
どこの何とかさんは二十二で子供を二人御もちたのと、
何でも半ダースばかり挙げて反駁を試みたには恐れ入った。
それじゃ僕も二十四で御嫁を御貰いるけれ、世話をして御くれんかなと田舎言葉を真似て頼んでみたら、御婆さん正直に本当かなもしと聞いた。
「本当の本当(ほんま)のって僕あ、嫁が貰いたくって仕方がないんだ」
「そうじゃろうがな、もし。若いうちは誰もそんなものじゃけれ」
 この挨拶には痛み入って返事が出来なかった。』

http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835159&tid=ja5aaa1bca59a5fa5a3a5s&sid=1835159&mid=160
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1835159&tid=ja5aaa1bca59a5fa5a3a5s&sid=1835159&mid=162

だと。

110 :吾輩は名無しである:03/10/11 21:29
漱石の弟子の野上弥生子に「真知子」(1928-1930)という小説がありますが、
この本と「高慢と偏見」のプロットを比較して三田誠広が言っています。

 もちろん野上弥生子はオースティンの『高慢と偏見』を読んで、盗んでいるわけですね。
 昔の日本の作品というのは多くの場合、どっかにモトネタがあります。
 しかしこの場合は、『高慢と偏見』という作品が現代のハーレクイン・ロマンスに通じるような、
 近代小説の原理的な要素を核にすえているために、あらゆる作品が『高慢と偏見』に似てしまう
 と言っていいと思います。 (天気の好い日は小説を書こう、集英社文庫)

111 :吾輩は名無しである:03/10/11 21:32
>>110というわけで、「真知子」を読んでみた。
この小説の舞台は1927、8年の東京。
真知子は上流階級の娘で大学の聴講生。
父はなく、未亡人の母は末娘の真知子に良い縁談はないかと必死。
自立を求める現代女性として、そして
社会の矛盾に目を開くようになったインテリゲンチアとして、
真知子は母や親戚たちの虚飾に満ちた生活にはうんざりしている。
そんな中、彼女は2人の男と出会う。
一人は社会主義の活動家で左翼運動に関連して
起訴され裁判中の男、関三郎。
もう一人は大金持ちの御曹司、河合。
関は真知子に対しては階級的反発で実にそっけない態度。
真知子にとって関は嫌な男だけど気になる存在。
一方の河合はおっとりした紳士だけど、社会主義思想に
共鳴するようになった真知子からすれば、
打破すべきブルジョワ階級の男。
ある日、河合は真知子にプロポーズするが・・・・・・。

112 :吾輩は名無しである:03/10/11 21:36
野上は「高慢と偏見」をそっくりコピーしてるわけじゃなく、
ちゃんと自分の小説にしていました。
参考にしているのは間違いないですがストーリーは全然違います。
主人公の真知子とエリザベスの共通点は、黒い瞳と中途半端なピアノの腕前くらい。
なにより真知子はエリザベスよりはるかにロマン主義者です。
真知子のマルクス主義への接近もロマン主義の発露。

また野上の「真知子」は「高慢と偏見」からだけじゃなく
その他のオースティン作品からもエピソードや人物設定で
影響を受けていると思う。
「真知子」が完結した5年後に野上は「高慢と偏見」の翻案小説「虹の花」を
婦人公論に連載することになります。

113 :吾輩は名無しである:03/10/12 02:42
ま、エマテナントとか、ヘレンフィールディングとかみたいなもんだ。

114 :吾輩は名無しである:03/10/13 10:10
エマ・テナント「ペンバリー館―続・高慢と偏見」というのは未読だけど
読まない方がいいのかな。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/448083169X/qid=1065951479/sr=1-1/ref=sr_1_2_1/250-9525904-3634614
アマゾンのレヴューでこんなにボロクソに言われる本も珍しい。

115 :吾輩は名無しである:03/10/13 10:30
ヘレン・フィールディングの「ブリジット・ジョーンズの日記」を
先日読みました。
映画版は知りませんがこの本はおもしろかった。。
読む前はキャリアウーマンのイケてる日常を描いた、
スノッブでイヤ味な日記だと思ってたけどそうじゃなかった。
独身女性の心理を赤裸々に描いたギャグ満載のトホホ系日記です。
これは「高慢と偏見」のプロットをそっくり利用していますね。
「高慢と偏見」のリディアのしでかす不始末が「ブリジット」では
母親に割り振られているのも楽しい。

116 :吾輩は名無しである:03/10/13 10:56
「ブリジット・ジョーンズの日記」亀井よし子訳より。

 10・15 Sunday 
 午前8時55分――BBCの『自負と偏見』を見るために着替えをする前に、
 ひとっ走り煙草を買いにいってきたところ。でも、あんなに車が出てるなんて、
 信じがたい。みんな家にいてテレビを見る支度をすべきなんじゃないの?
 『自負と偏見』に夢中になってるこの国の人って大好き。わたしがあの番組に
 夢中なのは、ダーシーがエリザベスといい仲になってほしいという、たんたる
 人間的な欲求のせいだ。

1995年にBBCで放送された PRIDE AND PREJUDICE こそ、90年代後半の
オースティンブームのそもそものきっかけらしい。
このドラマはDVDになってるので見なくっちゃ。

海外テレビ板の高慢と偏見スレッド
http://tv.2ch.net/test/read.cgi/tv2/978458158/l50

117 :吾輩は名無しである:03/10/13 14:37
>>114
ぼろくそはオースティン人気の裏返しと思えば読むに値すると思う。


118 :吾輩は名無しである:03/10/14 18:20
>114
自分はそこまでつまらんとかひどいとは思わなかったけど
エリザベスたちが妙に庶民くさくなってるのと、ビングリーの過去の過ちはなんか嫌だった。



119 :114:03/10/14 21:49
>>118さんがそんなにひどくない、というので「ペンバリー館」読んでみます。
駄作であっても、>>117さんが言うようにその作品の駄目なところについて
考えることは、オースティンの何が良いのかをあぶりだすことに
つながるかも。

120 :吾輩は名無しである:03/10/18 18:21
BBCの「高慢と偏見」見た。

・・・も一回見よっと。

121 :吾輩は名無しである:03/10/19 01:10
BBC製作の「高慢と偏見」1995
Amazon.co.jp
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005YWZ6/ref=sr_aps_d_3/249-3731076-7565109
Amazon.co.uk
http://www.amazon.co.uk/exec/obidos/ASIN/B00004XQSR/ref=sr_aps_dvd_1_1/026-2514383-7896439
IMdb
http://www.imdb.com/title/tt0112130/

このドラマは原作に対する深い理解で作られた、聞きしに勝る傑作です。
脚本、配役、演技、衣装、セット、音楽、みんなすばらしい。
教えられることも多い。
オースティンスレ立って4ヵ月、今まで何で誰も教えてくれなかったんですか。
ひょっとして常識?

122 :吾輩は名無しである:03/10/19 01:29
これってそんなにいい作品だったっけ?

123 :吾輩は名無しである:03/10/19 01:33
良い作品かどうかは別として、常識。
海外ドラマ板へいってごらん。面白いよ。

124 :吾輩は名無しである:03/10/19 10:41
>>122
ほんとにいい作品です。
古典文学の映像化でこれほど完璧な例を他に知らない。
映画だったら監督の独自の解釈が入ったり、時間的な制約が
あったりするんだろうけど、このドラマはオースティン世界の
忠実な再現を目指したテレビシリーズだからこその名作だと思う。

125 :吾輩は名無しである:03/10/19 11:08
>>123
海外ドラマ板のスレは最近知った。
原作を離れて、純粋にテレビ映画として観てもイイ!
長時間でもまったく飽きさせません。BBCはすごい。
ネザーフィールドでのダーシーとエリザベスのダンス場面は
最高にロマンチックでした。

126 :吾輩は名無しである:03/10/19 13:49
>>124
同じIVCのシリーズのBBCものもみてごらんよ。
結構忠実よ。

127 :吾輩は名無しである:03/10/21 22:49
>>100
> たしかレズだったからだよ。

それに関連したページ。
With Sex and Sensibility, Scholars Redefine Jane Austen 
By PETER MONAGHAN
http://chronicle.com/free/v47/i49/49a01001.htm

オースティンの作品の性的側面を考察した最近の批評を紹介する
なかに以下の文章があります。

Ms. Heydt-Stevenson is not the first to get physical about Jane Austen.
In 1995, Terry Castle, a professor of English at Stanford University,
provoked a parlor-storm when she suggested in her review of a new edition of
Austen's letters that the novelist's crucial bond with her sister and
lifelong companion, Cassandra (who destroyed all but 161 of Austen's letters),
seemed to have an "unconscious homoerotic dimension."

It didn't help that the London Review of Books ran the front-page
teaser: "Was Jane Austen Gay?" Ms. Castle's much subtler analysis suggested
that the deep connection between the two never-married sisters might well have
provided Austen with insights into a central concern of her novels: desire.

128 :吾輩は名無しである:03/10/21 23:02
スタンフォード大学の Terry Castle 教授がジェイン・オースティンと姉のカサンドラの
同性愛的関係について言及、それを London Review of Books が "Was Jane Austen Gay?"
というタイトルで記事にして、ちょっとした論争が起きたらしい。

そういえばBBCの「高慢と偏見」でエリザベスとジェインが寝室で語らうシーンは
妙になまめかしかった。

129 :吾輩は名無しである:03/10/21 23:09
>>126
「マンスフィールド・パーク」買っちゃいました。

130 :吾輩は名無しである:03/10/29 20:21
>>104
「牧師館の殺人」読みました。ついでに「予告殺人」も。
なるほど、単に舞台設定が田舎の狭いコミュニティだという
ことだけじゃなくて、小説の語り、手法の面でも
クリスティーとオースティンにはつながりがありますね。

主人公によって読者をミスリードさせて、最後にあっと言わす。
後で読み返して、そういうことだったのかと思わす。
そういうミステリ小説の風味がオースティン作品(特に「エマ」)
にも見られる。

131 :吾輩は名無しである:03/10/29 20:59
それから「牧師館の殺人」で描かれた牧師の姿が印象に残った。
説教の原稿を書きながら推理小説に夢中になってしまうさばけた牧師です。
(同じエピソードが「予告殺人」にもでてきた)
「教区の人たちを訪問するのも私の務め」というわけで、あちこち動き回って
殺人の捜査にも活躍。村の人々も相談相手(決して信仰の悩みじゃない)、
話相手としての牧師を頼りにしている。

オースティン作品にも牧師はよくでてくるけど、オースティンは
別に牧師に詳しいからことさら牧師を登場させてたわけじゃなくて、
イギリスの田舎の社交には牧師の存在は不可欠だったからだろうなと
思いました。

132 :吾輩は名無しである:03/10/29 21:25
あと、用語について。
「牧師館の殺人」の原題はThe Murder at the Vicarageですが、
調べた範囲では主要なオースティン作品のなかでは
"vicarage"という語は「エマ」だけに出てくる。
その他の作品では"parsonage"です。
どうも使い分けているらしい。

また「高慢と偏見」のコリンズ氏はrectoryという語を
手紙の中で使用しています。

133 :吾輩は名無しである:03/11/03 17:44
今後ちくま文庫で、主要作品を全部改訳してくれるんだろうか?

134 :吾輩は名無しである:03/11/08 07:01
エマ・テナントの「ペンバリー館」を読みました。
この本ではエリザベスの性格が変わっちゃってます。
明るく快活で小さいことでウジウジ悩んだりしない女性だったのに、
「ペンバリー館」のエリザベスはダーシー家の格式の高さに
臆病になっていて、ダーシーとまともに会話できなくなってる。
まるでデュ・モーリアの「レベッカ」の女主人公みたい。

「ペンバリー館」じゃなくて「マンダレイ館」ですね。

135 :吾輩は名無しである:03/11/08 07:29
ところで新潮文庫の「レベッカ」のあとがきに訳者の大久保康夫は書いています。

 そのころ(作家デビュー時)は、キャサリン・マンスフィールド、メアリー・ウエッブ、
 モーパッサンなどに傾倒し、「かなり強くその影響をうけた」と彼女みずから言っている。
 しかし、その後は、現代作家のものはあまり読まず、もっぱらオースティン、トロロプ、
 スティブンソンなどを愛読したということである。彼女の作品から感じられるのは、
 マンスフィールドやモーパッサンよりも、むしろオースティンやスティブンソンの影響
 である。

オースティンの後世への影響を考えるときは、ロマンス、ミステリ小説などの
いわゆる大衆文学への目配りも欠かせないですね。
オースティンという文学の幹から派生した枝は、純文学より大衆小説の枝の方が
太いと言えるかも。
J.K.ローリングもオースティンが好きだと言ってました。

136 :吾輩は名無しである:03/11/08 07:46
>>133
期待が大きすぎて、ちくまの中の人も大変。
改訳は無理としても「マンスフィールド・パーク」、「いつか晴れた日に」の
文庫化は是非お願いしたい。

137 :吾輩は名無しである:03/11/11 00:01
質問です。
Mansfield Park や Emma の注釈本を出していた
「関西大学ジェイン・オースティン研究会」について、
構成メンバーや活動内容について知っている人がいたら
教えてください。

138 :吾輩は名無しである:03/11/13 06:30
「高慢と偏見」を元にした新作映画。
http://www.prideprejudice.com/splash_f.html

139 :137:03/11/16 12:28
教えてください。

140 :吾輩は名無しである:03/11/16 12:29
>>139
誰も知らないよ

141 :137:03/11/16 12:59
>>140
ショボン。

あと、自分で貼っといて今更いうのも無責任だけど、
>>138のリンク先は重いのでロースペックな環境の人は注意した方がいいです。

142 :吾輩は名無しである:03/11/16 13:25
>>19
「ジェイン・オースティン事典」(ポール・ポプラウスキー編著、
向井秀忠監訳、鷹書房弓プレス、2003)古書店で買いました。

目次
第I部 ジェイン・オースティン年表
 1ジェイン・オースティンの生涯と作品の年表
 2歴史年表(1750年より1820年まで)
 3文学年表(1749年より1820年まで)
第II部 ジェイン・オースティン事典
第III部 ジェイン・オースティン書誌
 4ジェイン・オースティンの作品
 5ジェイン・オースティンに関する書籍とパンプレット
  およびそれらの年代順リスト
 6ジェイン・オースティンに関する論文・論説
索引
以上。
第I部には地図、家系図、イラスト、写真等あり。
歴史年表や文学年表はこの時代を知るのにとても役立ちそう。
第II部のジェイン・オースティン事典がこの本のメインです。
すべての作品と登場人物をアルファベット順に解説しています。
オースティン批評の流れを解説した"Criticism"の項は有益。
どうせなら作品で言及されている実在の作家等の解説も
あったら良かったのにと思った。

143 :吾輩は名無しである:03/11/16 13:56
「ジェイン・オースティン事典」の訳者あとがきで、興味深い
情報を得ることができました。

1999年の十八世紀英文学研究会のシンポジウムをきっかけに
向井秀忠氏(松山大学助教授)ら若い研究者を中心とした
ジェイン・オースティン・スタディ・グループという集まりができて、
そのメンバーによってこの本も翻訳されているそうです。
このグループは会報も出しているらしい。
会報欲しい。

144 :吾輩は名無しである:03/11/16 19:21
>>137
ここで聞くより、関西大学に聞けば?

145 :吾輩は名無しである:03/11/16 20:39
>>144
はい、がんばって調べます。

146 :吾輩は名無しである:03/11/20 23:51
BBC版「高慢と偏見」に感激したので同じBBCの「マンスフィールド・パーク」
を買ったわけなのですが、全部観るのに1週間かかりました。
「高慢」の方は1日で観れたのに。
ということで作品の出来については察してください。

そもそも「マンスフィールド」は映像化には向いてないのかもしれない。
主役のファニーとエドマンドを演じる俳優にあんまり魅力がないのも
致命的。

147 :吾輩は名無しである:03/11/21 00:18
逆に言えば「高慢と偏見」は映画・演劇的と言えるのかも。
内面描写は少なく、生き生きとした会話のやりとりが話を
おもしろくしている。

BBC版「高慢と偏見」は飽きずに何度も観ていますが、
俳優が深いニュアンスを込めてしゃべるのを聴いていると
自分が単に文章の文字面を追っていただけで、ちゃんと
読んでるとは言えなかったということを痛感します。

148 :吾輩は名無しである:03/12/07 01:37
EMMA Vol.1 (関西大学ジェイン・オースティン研究会編著、1994)入手。
http://www.easyseek.net/image/collection/col_1972428-1.jpg

Emmaの第1章から第18章までの本文と注釈で構成されています。
はしがきにばジェイン・オースティン研究会のメンバーによる輪読会を基にした
研究を整理したものとあります。
注釈は小説における語句や文章の批評的な分析というより、基本的な言語・文法的
な解説が主です。
OEDからの引用が多いです。(ダジャレじゃない)
http://www.easyseek.net/image/collection/col_1972428-3.jpg

研究会のメンバーはやはりみんな関西大学の先生のようです。
Vol.2 Vol.3 はどないなっとるねん、と版元の関西大学出版部に問い合わせたら
続編の予定はないとのこと。

研究会としての実質的な活動は今はしていない模様。

149 :吾輩は名無しである:03/12/14 09:00
BBCによる英国民の愛読書調査、The Big Read の結果が出ましたね。
http://www.bbc.co.uk/arts/bigread/

ベスト1は「指輪物語」。
Pride and Prejudice は残念でした。

150 :吾輩は名無しである:03/12/21 19:06
今でこそ人気作家のオースティンも没後数十年間は
批評家からは重要な作家とは見なされていなかった。
1869年に甥のJ.E.オースティン=リーが『想い出』を書いた
ことがオースティンへの興味を広く呼び起こすきっかけと
なったそうです。

この本は翻訳が出てる。
「想い出のジェイン・オースティン」永島計次訳、近代文芸社、1992
いつか見つけて読みたい。

151 :吾輩は名無しである:03/12/21 19:22
そして20世紀に入り、

 ウルフ、プリーストリー、ウォートン、ウェスト、ミュアといった
 この時代の作家たちが次々と賞賛のコメントを寄せたことに加え、
 1923年に学術的なオックスフォード版の小説全集が出版された
 ことは、オースティンの評価をさらに高めるものとなった。
 (オースティン事典>>142より)

ということです。

ここで名の挙がった作家はヴァージニア・ウルフ以外知らない。
しかもウルフは読んだことがない。
だから読みました。「自分だけの部屋」川本静子訳、みすず書房

152 :吾輩は名無しである:03/12/21 19:37
オースティン作品は家庭小説にすぎない(だから価値が低い)
とは良く言われることです。
なにしろ翻訳家自身がそういうニュアンスで言うから。

 第一に、彼女の小説は人をたのしませる文学であって、人生いかに
 生くべきかだとか、人間の心理の深淵を探るとかいった深刻な問題と
 対決した文学ではない。そういう意味では「偉大」な文学ではなかった
 かもしれぬ。 (略)
 彼女の小説がほとんどすべて目出度く結婚で終わるなども、ずいぶん
 甘いといえばいえるが、娯楽文学なら仕方がない。
 (「自負と偏見」新潮文庫、中野好夫の解説)


153 :吾輩は名無しである:03/12/21 19:50
ここでヴァージニア・ウルフの言葉を聞きましょう。
 
 ・・・・・・小説の価値は或る程度実人生の価値ということになります。
 しかし、女性の価値が男性によって作られてきた価値と往々にして
 異なることは明らかでしょう。そうであるのは当然なのです。しかし、
 世に広まっているのは男性の価値です。(略)
 そして、こうした価値は必然的に人生から小説に移されています。
 これは重要な作品だ、戦争を扱っているから、と批評家は
 思いこむのです。これは、客間における御婦人連の感情を扱っているから、
 つまらない作品だ、と。 (自分だけの部屋、川本静子訳)

154 :吾輩は名無しである:03/12/21 20:30
>>153の文章の後でウルフはオースティンを高く評価しています。
 (オースティンは)「文才はシャーロット・ブロンテに劣るにもかかわらず、
  はるかに多くのことを表現し得た」と。

「なにを描くか」というのが19世紀の作家の関心事だったと
すれば、「いかに描くか」を追求したのが20世紀はじめの
作家たちでした。その一人であったウルフが「娯楽文学」にすぎない
オースティンをその描き方で評価するわけです。

「自分だけの部屋」で初めて読んだけどヴァージニア・ウルフの文章はいい!
ファンになりました。
ところで一般書籍板にヴァージニア・ウルフのスレッドがあるの知ってましたか?
あんまり人がいませんが。
このオースティンスレもほとんど「自分だけのスレ」になってますが。

155 :吾輩は名無しである:03/12/30 00:17
3:14から日テレで「ユー・ガット・メール」を放送しますね。
主人公の愛読書が「高慢と偏見」らしい。
見なくっちゃ。

ageちゃう。

156 :吾輩は名無しである:04/01/01 13:30
鷹書房弓プレスから『ジェイン・オースティンの世界』、
(谷田恵司・向井秀忠・清水明 編著)という本が出てます。
http://www.bk1.co.jp/cgi-bin/srch/srch_detail.cgi/3e9aaee5db1690101c0d?aid=&bibid=02395377&volno=0000

オースティンの小説から「恋愛」「結婚」「お金」などのテーマごとに
文章を抜き出した引用集です。
随所にオースティン関連の映画や本についてのコラムもあって
それもおもしろいです。

そのコラムによればこの本の表紙の絵は少女時代のジェイン・オースティン
だという説もある「ライス家所蔵の肖像画」と呼ばれるものだそう。

JASA http://www.jasa.net.au/index.html 
に大きな画像があります。
http://www.jasa.net.au/images/riceport.jpg

157 :吾輩は名無しである:04/01/09 02:16
AUSTEN大好きなので、楽しく読ませていただきました。卒論を
AUSTENで書きたいなと思っているのですが、難しいです。
基本的に結婚と金になってしまうから、悩みどころ。一ついいテー
マが見つかってるんだけど書ききる自信がないし。

Austenといえば、E.ブロンテ(かな?)が嫌悪していましたね。
あんなpassionのない堅苦しい世界は嫌だーみたいな。
でも私に言わせるとブロンテの世界は暑苦しくてうそ臭い。。

また遊びに来ますね!ではおやすみなさい。

158 :吾輩は名無しである:04/01/09 17:49
>>157
エミリ・ブロンテって暑苦しい?
『嵐ヶ丘』読んだ印象では寒々しかったけど。
あれ初めて読んだ時はドストエフスキーの『罪と罰』超えてると思った。
うそ臭いってのは貶し言葉にならない。虚構だからこそ面白い。

159 :吾輩は名無しである:04/01/10 01:44
> 157
オースティンを批判しているのは、エミリーじゃなくて、姉のシャーロットのほうだね。
この前「高慢と偏見」を再読していて思ったんだけど、
オースティンの作品世界って、窮屈に感じる人にはたまらなく窮屈なんだろうなあ。
誰かが駆け落ちしたってことで、
まるで天地がひっくり返ったように大騒ぎしている社会の話だから。
でも、だからといって、オースティンを批判するにはあたらないと思うし、
私はシャーロット・ブロンテよりオースティンのほうが好きだけどね。

160 :吾輩は名無しである:04/01/11 20:14
エミリ・ブロンテ 1818-1848 享年30才
シャーロット・ブロンテ 1816-1855 享年39才
ジェイン・オースティン 1775-1817 享年41才

みんな若くして亡くなりましたね。
長生きしたらどうなってただろう。

エミリは「嵐が丘」を超える作品は書けなかったと思う。
「嵐が丘」は偉大すぎます。

シャーロットは「高慢と偏見」と「エマ」を読んだらしい。
http://www.ashton-dennis.org/women.html#Bronte
でももし読んでなかったら「ノーサンガー・アベイ」や
「マンスフィールド・パーク」なども読んで、オースティンの
ユーモアや謙虚さを学ぶべき。そうすればもともと視野が広く
知識の豊富なシャーロットは「ジェイン・エア」より優れた
作品をたくさん産み出したことでしょう。

161 :吾輩は名無しである:04/01/11 20:23
ジェイン・オースティンが長生きしていたら。

おそらく相も変らず結婚ばなしを書いていたでしょう。
ただし、作者の年齢とともに主人公の年齢も上がりながら。
でもこれだけは言える。オースティンは同工異曲の作品でも
決して読者を失望させはしないだろうと。

162 :157:04/01/12 18:33
>158、159
コメントありがとうございます。
でもやっぱ、ブロンテ姉妹の世界は私にはわからない。私は、
「嵐が丘」にしても「ジェイン・エア」にしても前面に出した
passionは暑苦しいと思うんです。
オースティンのような心に秘めたpassionがちょうどよいです。

>160
ジェインオースティンが長生きしていたら。

persuasionのような少し動き(ハプニング)のある
少し毛色の違う作品をもっとうまく書いたと思う。

で。年を取るにつれて、結婚から友情とか家族愛をテーマに
変えたんじゃないかな、すごく家族のことを大事にしている人
だったみたいだし、なんとなくだけど。

163 :吾輩は名無しである:04/01/25 21:36
文学板・りさ祭りに参加してました。

164 :吾輩は名無しである:04/01/25 21:41
再びアガサ・クリスティについて。
富士川義之の『記憶のランプ』(沖積舎、1988)という本にクリスティを
論じた「ゴシップの漂う別世界」と題されたエッセイがあります。
そこで富士川は「ゴシップ」という言葉をキーワードに
オースティンとクリスティを結びつけています。

 小説の源泉をゴシップに見立てたのはヴァージニア・ウルフだったが、
 小説、とくにリアリズム小説とゴシップはほとんど不即不離の関係にある。
 たとえば、ジェイン・オースティンの小説や最近岩波文庫に入った
 ギャスケル夫人の『女だけの町』などを少しでも読めば、ゴシップが
 小説の基本的要素を占めていることに否応なく気づかざるを得ないであろう。
 (中略)
 ただ「ミス・マープルもの」との関連で一言指摘しておきたいのは、
 クリスティーがオースティンやギャスケル夫人を典型例とするような、
 狭い閉鎖的な共同社会を舞台とするリアリズム小説におけるゴシップの
 機能を学びとり、参考にしたのではないかということである。

ヴァージニア・ウルフが「小説の源泉をゴシップに見立てた」
というのは具体的にどの著作なのかはわからない。

165 :吾輩は名無しである:04/01/25 21:43
そのウルフには「ジェイン・オースティン」というエッセイがある。
これはみすず書房の「ヴァージニア・ウルフ・コレクション」には入ってない。
同じみすず書房の「ヴァージニア・ウルフ著作集」(全8巻、1976)の
第7巻に収められています。
この中でウルフはオースティンが長生きしていれば、ヘンリー・ジェイムズ
やプルーストの先駆になっていただろうと言ってます。

ウルフの「燈台へ」(伊吹知勢訳)も読みました。傑作です。
ここでもオースティンの名がちらっと出てきた。
ウォルター・スコットの小説を批判する人物、チャールズ・タンズリ
(「燈台へ」におけるコリンズ氏)を評する一節です。
 
 あの人のサー・ウォルターに対するむざんな批評、多分
 ジェイン・オースティンの場合でも同じだと思いますが、
 それの意味するものはあの自己中心なのです。

タンズリの言葉「女に絵など描けるものか、ものなど書けるものか」が
この小説のなかで何度も挿入されているのが印象的。

166 :吾輩は名無しである:04/01/25 21:46
今「女に小説など書けるか」なんていう人はいないので、言い換えてみる。
「19〜20才の小娘にすぐれた小説が書けるか?」

オースティンの愛読者なら「書ける」と答えなければならない。
オースティンが「高慢と偏見」の元になる"Frist Impressions"
を書いたのは21才のときなのだから。

167 :吾輩は名無しである:04/01/25 22:19
>>166
間違えた。
Frist Impressions → First Impressions

もっともこの小説の原稿は残っていないので、
"Pride and Prejudice"として出版されるときに
どの程度修正されたのかは謎。

168 :吾輩は名無しである:04/01/28 18:34
この頃、名作文学のあらすじを集めた本がよく売られていますけれど
イギリス文学でオースティン作品が取り上げられてる本がほとんど、
というか私が立ち読みしたものの中では全くありませんね。
別にそういう本に取り上げられたからどうだって事は無いんだけど、
ディケンズ作品や嵐が丘なんかは取り上げられているのを見ると
オースティンファンとしては少し悔しいw
まあ、あらすじだけ見るとオースティン作品は
ある村に女の人がいて色々問題が起きるものの
最後には素敵な男性と結婚して幸せに暮らしました、ちゃんちゃん
でたいがいの作品が終わっちゃうので
そういう本向きではない事は分かっているのだけれど・・・

それにしてもオースティンは本国イギリスでの人気や世界での高評価と比べると
イマイチ日本での一般への知名度が低い気がします。
例えば嵐が丘と高慢と偏見では、
読んだ事あるか無いかは別にして、知名度は嵐が丘の方が断然高そうだし。
日本人はヨーロッパの豪華絢爛・ドラマティックな所に
惹かれる傾向があるそうですが、やはりそういう観点からいくと
オースティンは地味なんでしょうかねえ。

169 :吾輩は名無しである:04/01/29 22:41
>>168
名作あらすじ本・・・・・・そんな邪悪な本は手に取ったことなかったけど、
オースティンがないなんて看過できない。
今日、本屋で探しました。そして2冊みつけた。

「あらすじダイジェスト――世界の名作100を読む」永塚けさ江著
「世界の名著がすじがきでわかる―読んでおきたいベスト26」三浦朱門編

「あらすじダイジェスト」の方にはちゃんと「高慢と偏見」が入ってました。
でも下の本にはなかった。

1勝1敗。

170 :吾輩は名無しである:04/01/29 22:59
「高慢と偏見」

やっぱりタイトルが固すぎるのかも。

171 :吾輩は名無しである:04/02/11 09:00
「高慢と偏見」新タイトル案

原題は言葉の頭をPで揃えていることがミソ。
でも「パミプペポ」のどれを使っても日本語で
同じ意味を表すのは無理ですね。
PにこだわらなければGで揃えて、
「傲慢と誤解」とか。(ものすごく語感が汚い)

もっと柔らかく、本来のタイトルで「第一印象」
名前を加えて「ダーシーの第一印象」
それならリジーを使って「リジーの理想」
1832年の米国版のタイトルを採って「エリザベス・ベネット」

「五人姉妹」「ベネット家の五人姉妹」「ベネットシスターズ」
「ベネット夫人」「ミセス・ベネット」「ベネット夫人の婿探し」
「Shall We Dance?」「男は年収」「蹴りたいウィッカム」

・・・・・・「高慢と偏見」でいいです。

172 :吾輩は名無しである:04/02/11 09:09
「あしながおじさん」「赤毛のアン」「少女パレアナ」などを読んだ
本好きの女の子なら自然な流れでその後はブロンテ姉妹と共にオースティンを
読むものだと思っていたけど、近頃はそうでもないのかな。

173 :吾輩は名無しである:04/02/12 01:08
>>171
ワラタ わしも「高慢と偏見」でいい
特に「男は年収」「蹴りたいウイッカム」は勘弁



174 :吾輩は名無しである:04/02/17 16:43
日本語の「あ」段でそろえると、明るい感じで、少しはいかめしさがなくなる
のでは?

「男は年収!」は個人的に好きだな。どんな内容か確かめたくなる(^^;)

175 :吾輩は名無しである:04/02/18 02:03
>>174
あんた、趣味悪いねwww

176 :174:04/02/19 18:03
 よく言われますよwww

 でも、あのエリザベスでさえ、ダーシーの邸宅にはやっぱり
惹かれるんだから、女はみんなそんなものでは? もちろん、
ダーシーの人柄に惹かれた上で、、ってこともあるとは思うけど。

177 :吾輩は名無しである:04/02/20 21:50
Yahoo掲示板の「J.オースティン」が落ちた。
2001年から続いてたのに。

Yahooでも「高慢と偏見」のタイトルは話題になってました。

 高慢と傲慢
 2002/06/19 01:41 投稿者: inukai19
 初めて読んだのは『高慢と偏見』です。
 しかし、「ダーシー氏」といった訳語にさえなぜか馴染めず、内容もおもしろくありませんでした
 (わからなかったです) その後『自負と偏見』を手にとり、感想は反転しました。
 訳者の中野好夫さんは、<訳文だけを読んでもらっても、できるかぎりオースティン文学の
 面白さがわかってもらえるような、いわば一人歩きのできる翻訳をというのが念願だった(略)
 七、八分通りはやれたつもりだが、もう少し推敲の時間があったらという未練はある>
 と書いていますが、軽快で親しみやすい文章だと感心しました。
 英語を読めないので良い訳かはわからないですが。
 そして、尊敬からタイトルの訳には『自負と偏見』を採用してきました。
 ――ところが、中国(中華人民共和国)の書店で『PRIDE AND PREJUDICE』の翻訳書に出会ったところ、
 『 傲 慢 与 偏 見 』と印刷されているではありませんか。
 以前、『傲慢と偏見』を『高慢と偏見』以上に排斥したので、ドキッとしました。
 そこで検索して、日本で出版された翻訳書のタイトルにはないけれども、『傲慢と偏見』は
 日本でも使われていることを初めて知りました。

178 :吾輩は名無しである:04/02/20 22:46
前にも名前が挙がりましたが>>90,「マンスフィールド・パーク」には
「ヘンリー八世」を読む場面がありますが、
その「ヘンリー八世」に"pride"と"prejudice"両方の言葉が
出てきます。シェイクスピアのその他の作品で二つの語が
共に使われているのはない。
はじめの引用はアバガヴェニー、次のはバッキンガムの台詞。

 but I can see his pride
 Peep through each part of him: whence has he that,
 If not from hell? the devil is a niggard,
 Or has given all before, and he begins
 A new hell in himself.
 だが私にも、あの男が傲慢のかたまりであることは見えている。
 その傲慢は地獄が与えたもの、でなければ、悪魔がけちであったのか、
 あるいはすでに与えつくして残りがなく、あの男自身が
 新たな地獄となったのでしょう。

 His fears were, that the interview betwixt
 England and France might, through their amity,
 Breed him some prejudice;
 皇帝がおそれたのは、イギリス、フランス両国王が
 会談し、友好関係を結べば、それによって自国スペインに
 なんらかの不利が生じるのではないかということであった

どちらも第一幕第一場。翻訳は白水社の小田島訳より。
ただ、ここで使われている"prejudice"は「先入観」「偏見」じゃなくて
「不利益」「損害」の意味ですね。

この作品がオースティンに少しは影響を与えているのかな。

179 :吾輩は名無しである:04/02/20 23:13
Yahooの投稿をもうひとつ貼って保存しとこう。

 再々再(もっとだろう)放送
 2002/07/24 23:16 投稿者:  enpjl01
 3、4年くらい前からオースティンの作品の続編が出たりしてるのは以前にも
 書きましたけど、どなたかが言及していましたThird Sisterはその中でも
 いい方ですよね(物好きにも読んだ)。perfect happinessというエマの続編を
 好奇心に負けてうっかり読んだりしたのですが、エマとナイトリー氏の結婚後の
 話なんですけど、やっぱりオースティンのウィットに富んだ文章には及ぶわけもなく、
 話もオリジナルとは比べ物にならないほどお粗末で、逆にイメージが壊されるので
 がっかりして、それ以来は手をつけていません。
 クルーレスという非常にヒットしたアメリカのティーン映画もエマの現代版を
 意図しているのですが、やっぱりちょっと違う。(楽しい映画ですけれど)

 なんかつれづれにかいてしまいましたが、’作品はシェークスピア、V・ウルフ級’
 というinukai19のコメントで思い出しましたがウルフはオースティンの熱心なファンで
 知られますよね。Voyage Outではヒロインがオースティンを(多分、説き伏せられて
 だったと思うけれど、、、確かでない。高慢と偏見だったかも)読むシーンがあったり、
 彼女自身オースティンについて有名な評論を書いてます。彼女のお気に入りは
 何といっても 説き伏せられてだったらしい。
____________________________________________________________________________________

あんまり長いから一部カットしてます。(>>177のinukaiさんのも)
ごめんなさい。

180 :吾輩は名無しである:04/02/25 22:21
>>5-6 >>156に続き、再びオースティンの肖像に関して。
http://www.nikkei.co.jp/kaigai/column/20021219e3m1900d19.html
NIKKEI NET 2002年の記事です。

これがバースのジェイン・オースティン・センターのページにある画像。
https://janeausten.co.uk/giftshop/bigpicture.html?pid=244&custid=:custid

文章の背後でオースティンがいつも笑ってるのは確かです。
いたずらっぽく、ときに意地悪に。

181 :吾輩は名無しである:04/03/02 22:04
ねたもないのにあげます

182 :吾輩は名無しである:04/03/03 00:41
『自負と偏見』をとても面白く読んだすぐあとに『嵐ヶ丘』を読んだら、
『自負と偏見』の印象がふっとびました。


183 :吾輩は名無しである:04/03/03 01:44
「草枕」読んだあとに「宮本武蔵」読んだら、せっかくの
「草枕」の印象がうすくなって損した気分だ、みたいな意味で
あることを望む。

184 :吾輩は名無しである:04/03/05 01:59
自分も同じ事したことある…。
「自負と偏見」を真面目な進学校としたら、「嵐が丘」は珍走団のようだった。

185 :吾輩は名無しである:04/03/05 16:48
『自負と偏見』→爽やかな春風
『嵐が丘』  →大吹雪
てな感じでしたね。

186 :吾輩は名無しである :04/03/05 22:49
Yahooの掲示板、なんで落ちたの?
やっぱり日本では人気がないのか。

ところで、君はそこの元投稿者?

187 :吾輩は名無しである:04/03/06 00:51
クレア・トマリン「ジェイン・オースティン伝」で
私の中のオースティン像が大きく変わった。


188 :吾輩は名無しである:04/03/06 04:45
Yahooの掲示板でも「ジェイン・オースティン伝」のこと出てましたね。
落ちたのは残念。

189 :吾輩は名無しである:04/03/06 06:08
説き伏せられてを読みました。
アガサ・クリスティから殺人事件を差し引いたような
軽い口当たりだった。

190 :吾輩は名無しである:04/03/06 06:11
あの、名前忘れた、石垣から飛び降りて
性格の変わった女、内気な青年と結ばれて良かったね。

191 :吾輩は名無しである:04/03/06 20:44
>>186
ここは1ヶ月くらい放っておいても大丈夫だけど、
ヤフーは書き込みがないと2週間くらいで落ちるんですよね。

ヤフーには投稿したことはないけどずっと読んでました。
このスレを建てるときもスレタイの表記を
「ジェイン」と「ジェーン」のどちらにするか悩んだあげく、
ヤフーに倣って「J.オースティン」にしたのです。
ただ>>2で貼った過去スレのひとつは一般書籍板のスレなので
本当は「J.オースティン Part2」とすべきでした。

192 :吾輩は名無しである:04/03/06 20:52
>>2の文学板の前スレ、リンクが切れてる。
貼り直し。

ジェイン・オースティン@「高慢と偏見」
http://makimo.to/2ch/mentai_book/1006/1006984678.html

193 :吾輩は名無しである:04/03/06 21:08
>>190
ルイーザはこの石段から飛び降りました。
http://www.jasa.net.au/images/grannysteeth.jpg

194 :吾輩は名無しである:04/03/07 13:15
>>191
Hensel999とかinukaっていうコテハンがうざかった
からではないかと思ってます。
sillyme2re2さんはおもしろかったなあ。

195 :吾輩は名無しである:04/03/07 22:53
>>193
ライム・リージズという海辺の町ですね。ここの風景を見たい人は
映画『フランス人中尉の女』を見ましょう。

196 :吾輩は名無しである:04/03/09 21:04
>>194
誰ということではなく、ヤフーのはなしでもなく、
またオースティンに限ったことでもないのですが、
作家の誤謬を認めずひたすら神聖視し、作品と作者の
生涯から陳腐な教訓とひとりよがりの解釈を導き出す、
「信者」にはなりたくないものです。
本人は気持ちよくても、周囲はうんざりするから。
なにより、「信者」になると凡庸で狭い読みしかできなくなる。

197 :吾輩は名無しである:04/03/09 21:10
オースティン信者じゃないから、>>182さんの文を読んでも
鷹揚に構えていられます。
実際「嵐が丘」はミラクルなすばらしい小説です。


・・・でもこれが「ジェーン・エア」ならただじゃおかない!

198 :吾輩は名無しである:04/03/09 21:15
>>193
はい、見ます。万難を排しても。

199 :198:04/03/09 21:19
>193じゃなくて>>195でした。

「フランス軍中尉の女」ですよね。

200 :吾輩は名無しである:04/03/11 03:59
これから高慢と偏見を読むならどの訳がおすすめですか?

201 :吾輩は名無しである:04/03/11 17:08
新潮社しか読んでないけど、
軽い感じで読みやすかったよ。
数日で読んだ。
漱石がつい先を読みたくなると
言ったらしいけど、ほんとだった。
他の訳については漏れも知りたい。

202 :吾輩は名無しである:04/03/12 11:11
>>194
それってヤフー掲示板の話?
そもそもあそこは、匿名掲示板じゃないんだけど。

203 :吾輩は名無しである:04/03/12 22:04
>>200
これから読むならちくま文庫の中野康司訳がいいです。
読みやすさ抜群です。

>>201
新潮文庫も持ってます。
高校の頃オースティンを最初に読んだのがこの中野好夫訳でした。
今は1冊になってますが、以前は上下巻になってた。

中野好夫訳はMr.の訳に特徴がある。
「ミスター」じゃなくて「ミスタ」。
「ミスタ・ベネット」・・・・・・なんかいいですね。

ついでに言えばMiss.は、ふたりの中野氏はそのまま
「ミス」と訳していますが岩波文庫の富田訳には「嬢」
という訳が出てきます。
「ビングリー嬢」。

204 :吾輩は名無しである:04/03/22 22:04
>>195
「フランス軍中尉の女」見た。
ライム・リージスの突堤で男女が出会うのですね。
風景もメリル・ストリープもきれいでした。

Lyme Regisを略してLyme Rと表記すればMerylのアナグラムになる。

205 :吾輩は名無しである:04/03/22 22:11
大島一彦さんの「ジェイン・オースティン」(中公新書)にはオースティンびいきの作家
としてG・K・チェスタトンが紹介されています。

アガサ・クリスティーの「牧師館の殺人」にふたりの男のこんな会話がありました。
犯人を見た可能性のあるミス・マープルの証言に関してのはなしです。

 「誰も通らなかったって、マープルさんははっきり言っていたよ」
 「ええ、あのひとが”誰か”と思うような人は通らなかったんでしょう
 ――変に思われるかもしれないけど、ぼくの言う意味はおわかりでしょう。
 郵便屋とか牛乳屋とか、肉屋の配達人とか――通っても別におかしくない人間なので、
 特に口にしなかったような人のことです」
 「きみ、G・K・チェスタートンを読んでいたんだろう」(田村隆一訳)

ミステリ好きなら常識なのでしょうが、
ここのG・K・チェスタートンの言及の意味がわからなかった。
でもミステリー板のチェスタトン・スレ
http://book.2ch.net/test/read.cgi/mystery/991389428/138
を参考に「ブラウン神父」ものの短編集を読んだらわかりました。

クリスティーは、ありふれた人間は注目されないという点がテーマとなっている
チェスタトンの短編「見えない男」を踏まえているのです。

206 :吾輩は名無しである:04/03/22 22:17
>>205に関連してチェスタトンは「折れた剣」
にある次の言葉でも有名らしい。

「賢い人間なら小石をどこに隠すかな?」
「浜辺でしょう」
「賢い人間なら樹の葉はどこに隠すかな?」
「森の中ですよ」(中村保男訳)

木の葉を森に隠すのはわかる。
でも小石を浜辺に隠してもかえって目立つだけじゃないか、と不思議だったけど
「フランス軍中尉の女」をもっと前に見てたら悩まずにすんでた。
イギリスの海岸は――少なくともライム・リージス近辺の海岸は――砂浜じゃなくて
砂利や小石の浜辺なんですね。
http://www.easyseek.net/image/collection/col_2265156-2.jpg

207 :吾輩は名無しである:04/03/22 22:29
この前見た映画「アイリス」にも小石の浜辺がでてきました。
http://video.movies.go.com/products/2574903.html
「アイリス」はアルツハイマー病におかされて亡くなったイギリスの作家
アイリス・マードックの若い頃と晩年を描いた映画。
映画の中で若いアイリスは言ってます。
「人間の感情は表現し尽くせない、表現しても言葉で制約され、
言葉不足でウソになってしまう」
彼女の処女作の「網の中」にも同じ台詞がありました。
そのアイリスが皮肉にも言葉と記憶を失ってしまうのです。

208 :吾輩は名無しである:04/03/22 22:42
痴呆のすすんだアイリスに夫のジョン・ベイリーが読んであげるのが
ジェイン・オースティンの「高慢と偏見」の第6章の一節。
それを聞いたアイリスがつぶやきます、"I wrote" わたしが書いた、と。
自分とオースティンの区別がつかなくなったのか。
あるいはただの言葉の羅列にすぎないのか。
それとも若い頃の奔放で生意気なアイリスに戻って、
「わたしも書いた」「わたしだって書いた、オースティンに負けない小説を」
という意味で "I wrote" と言ったのでしょうか。

>>207のリンク先にある動画(VIEW CLIPS)で"I wrote"の部分が聞ける。

209 :吾輩は名無しである:04/03/22 22:50
「アイリス」はいい映画です。
アルツハイマー患者と介護者の現実をきちんと描きながら、
美しいラブストーリーになってる。

映画の元になったジョン・ベイリーの本「愛がためされるとき」(朝日新聞社)
の中で彼は自分たち夫婦のことを「分別と多感」に出てくる気のいいパーマー夫人と
まじめ人間のパーマー氏になぞらえていました。
そしてマードックの小説「本をめぐる輪舞の果てに」(みすず書房)には
「分別と多感」を読む老人が出てきます。

210 :吾輩は名無しである:04/03/22 23:08
「ふたりはロンドンにいると思いますか?」
「もちろん。身を隠すにはロンドンがいちばんだ」
(高慢と偏見、第48章、中野康司訳)

>>206のチェスタトンの言葉に似ていて
おもしろいので引用してみた。

211 :吾輩は名無しである:04/03/23 17:02

「ジェーン・オースティンの描いた世界は、言うまでもなく後の女流作家の描いた
世界にくらべれば無限に狭い。しかしそれを言うなら、小国はいつでも大国に敗れる
ものとは限らない。私自身はたえず小国の勝利を信じつづけてきた者であることを
この際申し添えておく。」
『ヴィクトリア朝の英文学』(G・K・チェスタトン)

212 :吾輩は名無しである:04/03/30 21:42
チェスタトンの「ヴィクトリア朝の英文学」、全文のEテクストが
ネットにあると思って探したけどみつからない。

http://www.questia.com/PM.qst?action=openPageViewer&docId=1460801
ここにあるけど有料。

213 :吾輩は名無しである:04/03/30 21:51
ニューヨークタイムズ電子版のブック・フォーラムで月代わり
でやってるReading Group、4月はオースティンの Mansfield Park 。
http://forums.nytimes.com/top/opinion/readersopinions/forums/books/index.html
ここは無料だけど登録が必要。

214 :吾輩は名無しである:04/04/02 15:29
おもしろそうだな。続くかわからんけどやってみっか。

215 :吾輩は名無しである:04/04/12 21:31
>>214
がんばりましよう。
2ちゃんねるとは大違いですね。
もうすぐ投稿数でも追い抜かれる。

216 :吾輩は名無しである:04/04/12 21:43
今「いつか晴れた日に」(キネマ旬報社)読み中。
後半のマリアンがいい。
姉の絵をイヤミな義姉の手から取り上げるところは最高。

217 :吾輩は名無しである:04/04/22 06:17
そのマリアン役を、「アイリス」では若きアイリスだった
ケイト・ウィンスレットが演じた映画版「いつか晴れた日に」みた。
映像はきれいだったけど、やや期待はずれ。
同じような状況におかれた理性的で分別のある姉と
直情型で多感な妹の対称が原作ほど鮮明ではなかったと思う。
脚本と主演のエマ・トンプソンは自分の見せ場だけ
気を入れた、というわけじゃないのでしょうが。

85 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.04.00 2017/10/04 Walang Kapalit ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)