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大西巨人 第三楽章

1 :まいぺーす:03/05/12 21:45
大西巨人についてのスレです。『精神の氷点』から最新作『深淵』まで、
大西の創作・批評活動をめぐる議論の、そして、情報交換の場となるように。

前スレッド「大西巨人 第二楽章」
http://book.2ch.net/book/kako/1051/10512/1051272716.html

前前スレッド「大西巨人」
http://ime.nu/book.2ch.net/test/read.cgi/book/1002904964/l50

大西巨人ホームページ「巨人館」
http://www.asahi-net.or.jp/~hh5y-szk/onishi/kyojin.htm


2 :吾輩は名無しである:03/05/12 21:49
>まいぺーすさん
週刊読書人の5/16号に目を通されましたか。
鎌田哲哉によるインタビューが載っています。
題して「『神聖喜劇』、それ以後」。

3 :吾輩は名無しである:03/05/12 23:08
阪神の方は今何やってるの?

4 :吾輩は名無しである:03/05/12 23:43
ありゃりゃ? もう前スレ落ちちゃったんすか?
なんか早すぎませんかね

5 :吾輩は名無しである:03/05/13 03:25
>>4
そのワケは、つい最近この板の鯖の圧縮数が変動したけど、
その工程で前スレが落ちたということなんでしょうね。
そう考えざるを得ない。注意深く見てみれば、他にも落ちた
スレがあることに気が付くはずです。例えば寺山スレがそうですね。
まあ運営上、仕方が無い事かもしれませんが…無慈悲かもね。

6 :まいぺーす:03/05/13 04:43
>>4
>>5
 前スレッドは、200番台あたりに位置していたところで、いきなり落ちてしまいましたね。
5さんのご説明のような事情があるのでしょうが、落ちるスレッドと落ちないものとの違い
がよく分からないですね。とりあえず、あまり下がらないように注意しておくしかないの
でしょうか。

>>2
 ご教示ありがとうございます。今日、本屋で買います。

7 :吾輩は名無しである:03/05/13 21:42
読書人かいますた

常にage

8 :吾輩は名無しである:03/05/14 00:54
同じく読書人買ってみた。
神聖喜劇のカバーの筆者近影しか見たことなかったので、
今現在のかなりのジジイぶりに正直驚いた。
まぁ、もちろん老いてますます盛んなのだろうけど。

9 :まいぺーす:03/05/15 10:30
 近くで唯一『週刊読書人』を扱っている本屋で売り切れていて、昨日ようやく図書館
で現物を見ることが出来ました。大西文芸における悪の形象の二つの型の話が参考に
なりました。次号も期待です。

10 :まいぺーす:03/05/16 23:37
 二週連続で『深淵』がアップされていますね。「わずかでも可能性が存在する限り、
それを徹底的《ラディカール》に追求することは、――たとえ、それが、抽象的可能性で
あって、その追求が、ひたすら徒労の様相を呈しようとも、――無上の大事である。」
という信念の下、主人公がアリバイ崩しのために、知人の日記の空白を埋めようとする
調査行動に迫力を感じます。いよいよ、大詰めでしょうか。
 「同日(一九九九年五月二十八日)宵の口、布満=信馬は、送受話器を上げて、
ダイヤルを「(〇九五×六)二三 ‐ 三五二八」と回した。」という描写は、大西巨人
ならではの厳密さです。
 大西赤人さんの新作『危篤の報』連載も始まっており、今は、二倍楽しめます。


11 :まいぺーす:03/05/17 22:52
 前スレッドに書きましたが、もう一度。6月1日より、本郷文化フォーラムワーカーズ
スクールにて、連続講座「大西巨人『神聖喜劇』を読む」が始まります。日程は、以下の
アドレスで見てください。

http://www.jca.apc.org/~nitta/

一回の受講料は、1,500円だそうです。初回6月1日(日)は、山口直孝(二松学舎
大学教員)が成立史を報告します。2回目6月29日(日)のゲストは武井昭夫氏。
以下は、未定だそうです。



12 :吾輩は名無しである:03/05/20 02:19
『老いてますますさかん』age。

13 :吾輩は名無しである:03/05/20 03:30
「日本の文学者たちは、書くことによって手疵を負うことが少な過ぎる。……
保身の術に汲汲としたり、時勢が変わるのにつれてあわてて昨日の作品や
言行やを否定または修正したり、することから、真の文学が生まれるはずはない。
諸雑誌の作品群がつまらぬ所以は、そこにあるのであろう。」age。
(『真人間のかぶる物でない帽子』46年)

14 :吾輩は名無しである:03/05/22 00:43
『血気』age。

15 :吾輩は名無しである:03/05/22 01:29
早稲田文学に「深淵」載ってた。去年の今ごろ?

16 :吾輩は名無しである:03/05/22 01:48
>>13
自分の主張をそんな理由で簡単に変えるのは、無責任でよくないって事ですかね。

17 :吾輩は名無しである:03/05/22 23:54
変わらないでいることを誇って、他者を軽蔑したり、罵倒したりするのも、どんな
ものだろう? 人間、年をとるとともに考え方も変わるし、さまざまな勉強や体験
で考え方が変わってくることもある。俺も大学時代、右翼だったのが、今じゃ反天
皇文学について、あれこれ考えるようになったし…。

大西が心底軽蔑しているであろう浅野晃の戦前戦中、戦後の著作を読んでいると、
戦前そして戦後の転向者を簡単にはバカにできないなと思えてくる。

次にボーナスをもらったら、佐多(窪川)稲子の、戦地慰問のルポなんかを収録し
た著作をまとめて買ってみようと思っている。それと、平凡社の「転向研究」増補
版の3冊組もね。

18 :吾輩は名無しである:03/05/23 00:00
 「未来風考察」では転向者の文学を擁護していましたね。
勝手にマルクスに入れ込んで勝手に後悔した分際で「転向派」などと称すな、
という批判に対して「それが通用するならば鴎外に「勝手にドイツ女を捨てた分際で〜」という
論法も通ってしまう」といった内容でした。
 >>13さんの引用とはかなり矛盾してますが
大西の軽蔑するものが一貫して「浮薄なもの」だという共通点はあると思います。

19 :吾輩は名無しである:03/05/23 15:21
>>13さんの引用した内容は、以前の自分の主張なり作品をあとから、
まるでなかったように扱い、あるいは今の都合のいいように偽造して、
その当時の自分に正面から向き合わないことを批判しているのでは。
「手疵を負うことが少な過ぎる」のは、そういう姿勢、過去の自己を「剔抉」せずに
いることを指すとおもいます。

大西さんは、主張の変更、そのこと自体を批判しているわけではないので、
>「未来風考察」では転向者の文学を擁護
していたとしても、そこに「自己剔抉」があったからで、なんら矛盾はないとおもいます。

20 :吾輩は名無しである:03/05/24 22:57
「神聖喜劇」光文社文庫版たった今読了
私的記念カキコですまないが
このスレに集う皆様には自明のことながら
予想以上(絶賛の評が圧倒的に多かった)の作品でした
時間が経ったら感想も整理できると思いますが
巨人先生の御健康と御活躍をお祈りいたします

21 :borobudur ◆V71rK62RAc :03/05/26 13:16
>>20
読了おめでとうございます
「神聖喜劇」は私も受験が終わったら腰をすえて読む予定です

>>19
過去の自分を直視しない学者は右左関係なく大西は嫌っていますよね。
それにしても「現代百鬼夜行の図」の徹底的な批判はよぼよぼの爺さんとは
全く思えないですね。まだまだ生きてがんばって欲しいです。

22 :吾輩は名無しである:03/05/26 21:00
よぼよぼ言うなや

23 :山崎渉:03/05/28 08:59
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

24 :まいぺーす:03/05/28 21:29
>>20
borobudurさんに続き、お祝い申し上げます。これからも何回か再読することになると
思いますが、その度に理解が深まり、楽しめるのではないでしょうか。

『週刊読書人』の鎌田哲哉のインタビューが続いていますね。2回目では、光文社の労働争議の
エピソードが、3回目には、座談会に(著作権に絡む責任の問題から)基本的に出席しない意志
が語られていました。来週は、どんな話がでるのでしょうか。

25 :吾輩は名無しである:03/05/29 14:40
>>11の「大西巨人『神聖喜劇』を読む」楽しみage

26 :三位一体の名無し:03/05/29 18:44
『神聖喜劇』、是非このキャスティングで映像化していただきたかった…
(不可能だったけど、このイメージで読んでますた)

東堂太郎=市川雷蔵(の若い頃。全章完結の10年以上前に亡くなられていたが(涙)
村崎古兵=曽根晴美
冬木照美=岸田森(の若い頃。もしくは天本英世の若い頃)
大前田軍曹=三國連太郎(の若い頃)

もしかして、『ふてえ間違い』でたか?

27 :20:03/05/29 19:54
レスを下さったみなさん,ありがとうございます
まいぺーすさんの仰るとおり何度も読み返すことになると思います

全編を通じて印象に残ったのは
「どこを切っても日本人」の神山上等兵でした
自分の父親を他人の前で「お父さん」と呼ぶ男,神山上等兵
26さんにならっていえば・・・例えば岡本信人?
冬木照美は・・・フランキー堺の若い頃?
村上少尉は・・・ちょっと浮かびません

誤差が太かったかなあ



28 :吾輩は名無しである:03/05/29 22:06
んむ、岸田森っていうのは
俺は冬樹は若干太り気味ってイメージでよんでたんだよなぁ
九州の人っぽい感じ
描写を読み落としてたかもしれないけど

29 :三位一体の名無し:03/05/29 22:38
>>27
神山上等兵と言えば、私には(※メール欄)の下りが印象的でした(笑ったw。

>>28
いえいえ、「描写を読み落としていたかもしれない」のは、むしろ私の方かもしれません。
ただ冬木の「『青く輝』く双眼」という「描写」だけで、乱暴にイメージしてしまいましたから…。


30 :吾輩は名無しである:03/05/29 22:42
最近の俳優でこの本原作にして
映画やれそうな人っていない
まぁみんなそうだけど
たとえば黒澤映画みたいな顔した日本人って
いなくなっちゃった

31 :吾輩は名無しである:03/05/30 01:39
『神聖喜劇』読了age。読み終わった直後だからなのか、何も言えない・・・。
でも、“自分にとって大切な本がまた一つ増えた”ということは確かです。

はあ〜、明日から何読もうかな。
このまま大西氏の本を読み続けるべきでしょうか?

32 :吾輩は名無しである:03/05/31 00:23
ぼくが『神聖喜劇』を読んだのは、22〜23歳頃。約20年前。
この、すごい小説の感動を伝えたかったけど、まわりには
興味を持ってくれる人が見つからなかった。インターネットも
無い時だし、しかたなく自分のなかに感動を閉じ込めてた。
大西巨人に、いつか感想文を送ろうと思ってた。しかし、
送れぬまま20年が過ぎた。しかし、とにかく、大西巨人は、
ぼくにとって、なんの違和感も、含羞も、気負いも、揶揄も、なく、
先生と呼べる(先生としか呼びようがない)存在であることは、確かで、
そんな人を20代前半で見つけることができたことは、ぼくとして、
その当時、嬉しかった。

33 :吾輩は名無しである:03/05/31 10:29
昔少年マガジンに大西巨人ってマンガあったんでつか?

34 :まいぺーす:03/06/01 10:41
>>33
 ありました。本人とは無関係で、当時人気のプロ野球チームを組み合わせて出来た
ヒーロー名です。冒険スパイ活劇ものという感じでしょうか。当時、街頭にあった
『少年マガジン』の広告を見て、野間宏は、ついにあの作品(『神聖喜劇』)が完成
したのかと勘違いしたそうです。

 前のスレッドでも、『神聖喜劇』のキャスティングの話題がありましたが、東堂太郎
の年齢を考えると、誰かを当てるのは絶望的なような感じが。個人的には、村上
少尉を演じられる人は、割といそうな気がします。

35 :吾輩は名無しである:03/06/01 11:07
>>34
大西巨人で検索したら出てきてビクーリしました。
なるほど、大毎、西鉄、巨人ですかね。

きょうは本郷文化初日ですね。
行かれる方に報告キボンヌ。

36 :borobudur ◆V71rK62RAc :03/06/01 20:59
 五里霧の表題作やエッセイなんかを読んでて思ったんですが
彼は頑固オヤジの面と、(元々の意味で)君子豹変的な面を共有しているんですね。
これは作家の中ではとても稀有なのではないでしょうか。
 だから僕は堅実な思考の中になにげなく漂う若さ、青臭さにも巨人の魅力を感じます。
「精神の氷点」からしてそういう味が感じられました。

37 :吾輩は名無しである:03/06/01 21:04
sine

38 :吾輩は名無しである:03/06/01 21:30
まいぺーすさんは今日の会は出席されたのですか?


39 :志井かすぞー:03/06/01 22:29
こんなプロレタリア文学誰が読むんだ

40 :まいぺーす:03/06/02 00:12
>>38
講座「大西巨人『神聖喜劇』を読む」の一回目、行って来ました。初回は、導入ということで、
『神聖喜劇』の成立史を雑誌初出や当時の広告、インタビューや新聞記事で見て行きました。
多くの資料が出されていて、時代の空気を感じることができ、興味深かったです。武井昭夫氏も
出席され、いろいろとエピソードを披露してくれました。連載が始まった当時は、3回ぐらいで
終わる見通しだったそうです(笑)。
 次回のゲストは、湯地朝雄氏になりそうです。すが秀実・立野正裕・鎌田哲哉氏らにはゲスト
の内諾をもらっているそうで、順次お話してもらえるとのこと。後期の人選は、希望があれば
受け付けるとも言っていました。武井昭夫氏は、毎回参加するそうです。他に、参加者に報告
してもらったり、基本的な文献の読解も行う予定で、参加者の意見に即してプログラムが組み
立てられていく感じです。次回からの、あるいは一回かぎりの参加も大丈夫です。

>>36
borobudurさんのご意見、何となくは分かるのですが、「君子豹変的な面」に関しては、
もう少し具体的に述べていただけると助かります。

41 :吾輩は名無しである:03/06/02 01:24
>君子豹変的な面
もわからないが
>若さ、青臭さ
というのもよくわからない。

42 :吾輩は名無しである:03/06/04 22:41
『老いてますますさかん』age。

43 :吾輩は名無しである:03/06/07 22:21
『独立喪失の屈辱』age。

44 :美香論 ◆YH4pIhUROU :03/06/07 22:22
くだらないボケ、屑、
屈折した文芸評論かよ!
死ね!
美香は美しい!
すばらしい!
いじめる奴はかたわの人間だ!

45 :吾輩は名無しである:03/06/09 09:39
>>44
大江すら満足に読解できないような人が何言ってんの?
雑談スレから出て来ないように。

46 :吾輩は名無しである:03/06/10 19:06
光文社文庫『三位一体の神話』(上・下)刊行記念age(七月)。

47 :吾輩は名無しである:03/06/10 23:53
おお!良いぞ光文社

48 :吾輩は名無しである:03/06/13 10:52
「真人間のかぶる物でない帽子」age。

49 :ゴメス ◆36A.Baj8ic :03/06/14 02:01
高校生私保守

50 :まいぺーす:03/06/14 23:35
 『深淵』の更新が一回お休みになっていますね。「名告り読み」という鍵によって、
兇器のナイフの署名の謎が解かれようという場面にさしかかっているだけに、じれったい
思いにさせられます。完結前の最後の難所というところでしょうか。『三位一体の神話』
の文庫化とどちらが先か。そう言えば、『週刊読書人』のインタビュー連載は、途中お休み
があったようですが、その後どうなったのでしょうか。ご存知の方、ご教示ください。

51 :吾輩は名無しである:03/06/15 13:02
次回「大西巨人『神聖喜劇』を読む」だけど誰か行く?

52 :大前田文七:03/06/17 17:42
死節時が多いな、このスレッドは!

53 :まいぺーす:03/06/19 09:55
>>52
仰せの通りですね。もう少し、賑わうといいのですが、今の所ネタが不足している
感じです。せめて、「誤差が太い」ということにならないようには、気を付けたい
です。

>>51
次回は、ゲストが湯地朝雄氏に本決まりだそうです。第一巻を中心に、お話をされる
ということです。

54 :吾輩は名無しである:03/06/22 00:02
ageるであります。終わり。

55 :吾輩は名無しである:03/06/22 03:41
タケイテルオをタケイアキオって読んでたヤシ
ハーイ

56 :吾輩は名無しである:03/06/22 15:42
すみません。つまらない質問をさせてください。
今日、「神聖喜劇」を読み始めたのですが、
80ページほど進んだところで本を置いてしまいました。

というのも、主人公東堂の心中告白に辟易させられてしまうのです。
彼が言う「虚無主義者」というのは、
「みんなバカばっかりだ」という優越感の裏返しではないのかと思ってしまいます。
これは想像の域を出ませんが、「忘れました−知りません」事件は
作者が実際に経験したことではないかと想像してしまいます。
「インテリ」東堂の独白(僕にはただの自己弁護としか思えないのですが)が、
物語の喜劇性を強調するものであれば良いのですが、
もしそうでなければこの先ずっと作者の自己正当につきあわされるのかと思え、
読み進めることがつらくなりそうです。

質問というのは、それでもこの先読み進めるべきなのか、
それともこの作品は僕には肌が合わないものなのかが
決心つけかねているのです。
この点について何かご教授いただければ、と思います。
よろしくお願いします。

57 :56:03/06/22 18:51
自己レスですw
その後また読み進めましたが、またストップしてしまいました。

最初は喜劇のようにとらえて読んでいました。
僕は喜劇は登場人物(特に主人公!)が不条理を可笑しく演じることにより
その不条理性が強調されるものと考えています。
(もちろん、そうでない喜劇もあると思います)
しかし、この小説は東堂が、
「軍隊は喜劇のようだ(もしくは、喜劇であってほしい)」と
冷ややかな目で見る、というものだと感じました。

共産主義云々のくだりはとても興味深く読みました。
しかし、東堂の人をバカにしているとしか思えない独白は
(たとえ相手が登場人物であっても)
実体験でなかったとしても、それを東堂に語らしめる作者の目は
「生理的に」受け付けることができません。
(それはきっと自分にも東堂的なところがあるからだと思いますが)

いまは少し置いておいて、またいつか読んでみたいと思います。
スレ汚し失礼しました。

58 :ゴメス ◆36A.Baj8ic :03/06/22 23:28
>>56
私も最初はとっつきがわるいというか
東堂に「なんだこいつは」と思わされましたが
話が進むにつれひきこまれました
なにぶん長い小説なので
どなたにもだれ場があってもおかしくないと思います
私は光文社版3巻は少しだれました
なんにしてももう少し辛抱してはいかがでしょうか
きっとすばらしい場面にであえると思いますが・・・
失礼しました

59 :吾輩は名無しである:03/06/23 18:57
要は東堂の態度が気に入らんという事だろう。
安心しろ、東堂含めて喜劇の全てはブラックユーモアだ。

60 :まいぺーす:03/06/26 09:34
>>56
 遅レスですが、東堂の語りが自己正当化の傾向を帯びているとは、あまり感じられません。
俗物に対する矜持ということなら分からないことはないのですが、東堂は、基本的に自己を
特別視しないために、あれだけの言説を駆使しているのではないでしょうか。また、常識的な
自己を堅持するために、東堂は、傍観者の立場に止まるのではなく、喜劇の世界に関わらざる
をえなくなっていきます。おそらく、もう少し読み進めれば、そのあたりの事情が見えてくると
思うのですが……。ゴメスさんと同じく、読書の再開・継続を願っています。


61 :ゴメス ◆36A.Baj8ic :03/06/26 21:29
>>60
まさにマイペースさんの仰る通りで
この小説は軍隊という強圧的装置により
大前田軍曹や神山上等兵その他の兵士、兵士見習たちが
本人達は気付かないままに人格の変化→矮小化,尊大化等々を強いられている
喜劇的様相を克明に描いているのだと私は感じました
その状況に「虚無主義者私」である東堂が否応なく巻き込まれていく姿は
スリリングで、非常に引き込まれる点でありました
こうした読解はおそらく一面的なものであり、それ故にそのうちゆっくりと
再読して東堂の膨大な引用の意味するところを味わってみたいと
考えているところであります終わり
長文悪くありました


62 :吾輩は名無しである:03/06/26 21:30
で、日曜日逝く人いるー?

63 :林彪 ◆0RbUzIT0To :03/06/27 23:17
精神の氷点はやはり名作ですね。

64 :吾輩は名無しである:03/06/28 02:02
ぼくにとっては、『神聖喜劇』は、とても“とっつき良い”作品でした。
小説作品のなかで、多大な引用によって、とことん批評を繰り広げる作法は、
この日本の文学界においては、唯一無二の行き方なのではないでしょうか?
そして、世間・世界・人間・自己を、批評する主人公(というか作者)には、
出来あがった作品に対する他者の批評を全身で受け止め、応える覚悟ももちろん
あるわけで、そこが(その姿勢が)また、すごいわけです。
「消極的」とか「逃げ腰」とか「逃げ道」とか「ワン・クッション置く」とかの
行き方とは、とことん無縁な行き方を貫くことは、そういう行き方が出来ない人を
「バカにする」こととは違うだろうと思う。東堂自身も時に「逃げる」のだから…。
とにかく、『神聖喜劇』には、主人公の「自己正当」という要素は、どこを探しても、
まともな読者には見つからないはず。
ぼくには見つからない。

65 :吾輩は名無しである:03/06/30 02:02
神聖喜劇を読了。
5ヶ月かかった。
げに恐るべき入魂の書とでも言うべきでしょうか。
これからは本編中に引用された詩歌やその他を追って
読んでみたくなった。


66 :吾輩は名無しである:03/07/01 21:45
『三位一体の神話』はいつ頃でるんでしょ?

67 :まいぺーす:03/07/03 11:00
連続講座「大西巨人『神聖喜劇』を読む」の二回目のことを少し。ゲストの湯地朝雄さんは、
東堂太郎の心情的ナショナリズムを取り上げました。彼が兵役を忌避しなかった理由の一つに
戦場で戦う同じ民族・人民への思いがあったわけですが、そこで忘れず付け加えられている
民族への意識とはどういうものであるのか、またそれは、東堂の思考をどう特徴づけ、限界
づけているのかということを、森鴎外『うた日記』への東堂の愛着などを材料に話されました。
『神聖喜劇』の最も難しい問題が早くも取り上げられたという感じです。議論もかなり盛り上がり、
次回以降に継続ということになりました。湯地さんは、次回以降もできるだけ参加いただける
とのことです。あと、9月21日(日)のゲストがすが秀実さんに決定したそうです。

>>66
 多分、今月のはずです。10日前後ではないでしょうか。

68 :ゴメス ◆NImfPFkLzM :03/07/03 22:26
>>67
なるほど。ご報告有り難うございます
神聖喜劇その深層といった感じで興味深い論点ですね
たしかに戦争で死ぬべき虚無主義者私たる東堂というだけでは
徴兵忌避の理由にはならず
彼の和歌や古典へのひとかたならぬ愛着に
それを解く鍵が隠されているということでしょうか

ところで講座の形式や参加者の数などよろしければ御教示下さい
当方地方在住なものでまず聴講は不可能なので
その雰囲気だけでもと・・・

69 :まいぺーす:03/07/06 16:21
>>68
参加者は、今のところ20名前後です。ただゲストの話を聞くというだけでなく、参加者が
積極的に発言することが期待されているのが、講演会などと違うところのように感じます
(もちろん、初心者歓迎でもありますから、会への関わり方は、各自に任せられているわけ
ですが)。講座の進め方についても、相談によっていますし、そのうち、参加者が報告する
回も出て来そうです。それから、ただ『神聖喜劇』を称賛するのではなく、問題点を具体的に
検討することが目指されているのも特徴のように感じられました。講座の資料やニュースは、
実費を払えば、送ってもらえると思いますので、よろしかったら事務局に申し出られたら
どうでしょうか。

70 :ゴメス ◆36A.Baj8ic :03/07/08 10:02
>>69
懇切丁寧なる御教示有り難うございます
建設的批判も含む合評会しかもガイドつき
というイメージですね
それに耐えうる作品だと思います
ありがとうございました

71 :吾輩は名無しである:03/07/11 00:54
文庫版『三位一体の神話』出ましたね。記念にageときます。


72 :吾輩は名無しである:03/07/11 01:56
『三位一体の神話』さっそく注文しました。
社会評論134号(03年夏号)掲載の、山口直孝氏の大西論は良かった。
勉強になった。タイトルは『単純な理念を持続すること』。
とても勉強になった。
特に、大西巨人における「作家」意識の分析が、説得力があり繰り返し読んだ。
あと幾度か読もうと思う。
いわく、大西における「作家」を特権視しない姿勢および抑制、
大西における「作家」批判の要素、大西における「作家」の職域厳守姿勢、
大西における俗情的「作家」イメージをめぐる闘争、つまり大西の態度及び表現意識
が、常に「作家」に対する批評的意味を帯びていることの指摘……。
若い山口直孝氏の、とても勉強になる、ありがたい論文です。

73 :吾輩は名無しである:03/07/11 10:26
若いのか?40ぐらいじゃね?

74 :吾輩は名無しである:03/07/11 16:48
迷宮も新装でまたでるね。

75 :吾輩は名無しである:03/07/11 16:49
いつ?

76 :吾輩は名無しである:03/07/11 16:52
『三位一体の神話』買ったら、中についてるチラシに
書いてある。もうでてるっぽい。

77 :吾輩は名無しである:03/07/11 16:53
ありがと

78 :吾輩は名無しである:03/07/11 17:50
近くのブクオフで「地獄変相奏鳴曲」をハケーン。買いでしょうか?

79 :まいぺーす:03/07/11 18:39
>>78
 急いで買ってください。大西作品で、今最も入手しにくい作品の一つです。

80 :吾輩は名無しである:03/07/11 20:15
>79
ガイシュツかとも思いますが、
神聖喜劇論で何がおすすめですか?
入手が難しいものでも探しますのでお願いします。

81 :まいぺーす:03/07/11 22:18
>>80
 すみません、ただいま家を離れていて、きちんとお答えすることができません。
戻りましたら、ぜひ。とりあえず、亀井秀雄「ことばの奪還−−『神聖喜劇』論−−」
(『群像』1980年8月号)は、必読だと思います。他の方も、お勧めがあれば、挙げて
いただきたいところです。

82 :吾輩は名無しである:03/07/12 20:38
まとまったものってあまり知らないな。
スガの底付評は面白かったが。

83 :吾輩は名無しである:03/07/12 23:49
「三位一体の神話」文庫版を早速読んでますが、面白いですね。
下巻の帯にある
「先入観なしに、『罪と罰』ないし『魔の山』を読むごとく『三位一体の神話』を読まれよ」
というコピーがカッチョイイです。

84 :吾輩は名無しである:03/07/13 23:05
>>79
「地獄変相奏鳴曲」買ってきました〜
でも今は「神聖喜劇」が途中なので読むのはまだ後になりそう・・・

85 :吾輩は名無しである:03/07/14 00:24
三位一体の神話ってミステリーなの?

86 :吾輩は名無しである:03/07/15 02:42
光文社はもうネタ切れかな。
講談社は文庫に落とす気ないのかね。

87 :吾輩は名無しである:03/07/15 08:41
講談社は高いからイヤ

88 :山崎 渉:03/07/15 08:45

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

89 : :03/07/15 16:13
>81
どうもありがとうございました。
探して読んでみます。
他にも何か思いあたりましたら是非お願いします。

90 :まいぺーす:03/07/16 00:42
>>89
とりあえず、追加で10篇ほど挙げておきます。内容に関するコメントは、今は省略します。

@、佐々木基一「戦後の決算――『神聖喜劇』をめぐつて――」(『文芸』第8巻第8号、
 1969年8月1日)
A、寺田透「『神聖喜劇』(第一部・第二部)をめぐって」(『新日本文学』第26巻第4号、
 1971年4月1日。大高知児編『『神聖喜劇』の読み方』〔晩聲社、1992年7月1日〕に収録)
B、篠田一士「『神聖喜劇』の主題」(『新日本文学』第35巻第9号、1980年9月1日)
C、山岸嵩「一説『神聖喜劇』論――部落問題文学の視点より」(『新日本文学』第35巻第9号、
 1980年9月1日)
D、井口時男「正名と自然――帝国軍隊における言語と「私」――」(『群像』第47巻第12号、
 1992年11月1日。のち、井口時男『悪文の初志』〔講談社、1993年11月29日〕に収録)
E、大高知児「大西巨人『神聖喜劇』――一九四二年の対馬をめぐって――」(安川定男編
 『昭和の長編小説』〔至文堂、1992年7月15日〕所収)
F、渡部直己「差別とエクリチュール(下)/戦後党員作家の「部落」」(『批評空間』第9号、
 1993年4月1日。のち、渡部直己『日本近代文学と〈差別〉』〔太田出版、一九九四年七月二日〕
 に「第四章 戦後党員作家の「部落」」として収録)
G、立野正裕「兵士の論理を超えて――『レイテ戦記』と『神聖喜劇』――」(『社会評論』
 第22巻第1号、1996年1月1日)
H、湯地朝雄「『迷宮』を論じて『神聖喜劇』に及ぶ――または、「人民のための文学」と
 「反俗の精神」との関係について」(『社会評論』第24巻第1号、1998年3月1日)
I、武田信明「野砲の水平・銃の垂直――『神聖喜劇』論――」(『早稲田文学』第27巻第3号、
 2002年5月1日)

『迷宮』の新装版というのは、もう世に出ているのでしょうか。ここしばらく注意して本屋を
見ているのですが、まだお目にかかれません。目撃された方は、ご一報をお願いします。


91 :まいぺーす:03/07/19 21:57
光文社文庫版『三位一体の神話』所収の鎌田哲哉氏の「解説」は、氏らしい硬質の
文章と的確な主題考察とが融合していて、読みごたえがありました。「言葉が強いる
反証可能性=社会性に不断に身を置く者と、それを平然と回避する者との闘争の記述」
という概括、「時間を停止させる「喪服」を強いられながら、その人物が自分の不幸を
研磨することで何かを新たに生みだす光景」というモチーフの指摘のいずれも、納得
させられました。やや遅い感想ですが、ageときます。

92 :ゴメス ◆36A.Baj8ic :03/07/21 13:23
まいぺーすさんいつも有益な書き込み有り難うございまず
「三位一体の神話」読了。
かわら図のペダントリイを楽しみました
完全倒叙型で「モデル」と作者の錯綜した入れ子構造
今までにない読後感です
尾瀬の「白いもの」というエッセイに感服しつつ
下世話な興味としては
なぜ尾瀬が葦阿の事を想起させるような事を書いたのか
またなぜ作者が容易に「モデル」を連想させるこの小説自体を書いたのか
真意奈辺にありやというところに向かってしまいます



93 :まいぺーす:03/07/21 22:50
>>92
 尾瀬が葦阿を意識していたということはなく、基本的にすべては葦阿の過剰反応
ということなのでしょうね。「年齢奇譚」に関しては、僕は、尾瀬が自身のことを
語っているのではないかという仮説を持っています(当人しか知り得ない情報が語られて
いる、などの理由から)。その当否はともかく、話のポイントは、出生の事情は、
本人の人生と何ら関係ないということでしょう。その談話が殺人事件を惹き起こすの
ですから、これほど皮肉なことはないのですが。
 「容易に「モデル」を連想させるこの小説」とのことですが、俗物の極みである葦阿
は、それほどたやすく井上光晴を想起させるのでしょうか。僕には、むしろ葦阿=井上
と見てしまう論者たちの意識に問題があるように思うのですが。

 近くの本屋で『迷宮』新装版を見つけました。増刷もかかったようで、まずはめでたいです。

94 :92:03/07/22 01:47
>>93
丁寧なレス有り難うございます
疑心暗鬼の罠に陥るのはオセロウだったはずが「三位一体・・・」においては反転しているわけですね
大西氏の真意、意図はわかりませんが、誰が「モデル」なのかについてはわたしにはわかりませんが
文筆業界では何らかの事情というか背景があってのことなのだろう
と軽く考えておりました
勿論大西氏がそれほど浅薄な意識で創作してるなどと考えているわけではないです
繰り返しになりますが「白いもの」のすばらしさ
不意に宿る作者の「気迫」は大西氏の美質の一つと改めて感じ入ります
長文失礼しました


95 :まいぺーす:03/07/25 21:55
 今週は、『深淵』はお休みですね。大西赤人さんの連載小説『危篤の報』は、12回目。
今回で終わりだと思っていたのですが、それは僕の早とちりで、これからまだまだ紆余
曲折がありそうです。今までのところありがちな臨終をめぐるドラマといった趣きですが、
それがどう壊されていくか楽しみです。
 ということで、ageときます。

96 :吾輩は名無しである:03/07/26 00:34
『三位一体の神話』(文庫版)を手にしました。
巻頭のエピグラム…
「真相は、かならず明るみに出る。殺人は、隠し通されることができない。」
をもじって言えば…
「名作・傑作・力作は、かならず明るみに出る。真の芸術は、埋もれ去らせられることができない」
ってなことになりましょうか?
わたしは、仕事の性質上、日ごろ、老人・高齢者と多く接しています。
それで、「人の死」「死に方」について、否応無く考えさせられるんです。
『三位一体の神話』の大きなテーマである「自殺」 「各自の自由意思による死」(パヴェーゼ)
のことは、一人ひとりの人間(現代人)にとって、今後ますます身につまされる問題
にならざるを得ないと思います。この5年ほど、高齢者と接して、その感を深くしております。

ところで、どなたかも言ってましたが、講談社の『天路の奈落』および『地獄変相奏鳴曲』の
文庫化を、日程に上らせねばなるまい状況となってきましたね。

97 :吾輩は名無しである:03/07/26 09:39
ヘルスにいって、チンポの裏筋を20分間以上舐めてもらおうや!
それから、オプションで、女の顔に精液をぶっ掛けろ!
3000円出して、学生証を見せてもらえば、○○大学の2年生だった。
今日はいい一日だったよ。

98 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

99 :cotton candy:03/07/28 01:15
「俗情との結託」
もう使い古された言い古された言葉ではあるだろう

俗情との結託を排しなければならないが、完全に排するのはただのヴァカ
どこでバランスを取るか、ギリギリのせめぎ合いであるべき
なのにこの世の中は、何につけても言ったもん勝ちやったもん勝ち 仁義も遠慮もへったくれもない
譲れない一線も越えてはならない一線も、とうに消滅したかのよう
βακαが騒ぎ立てまくったあげく、自分たちの思い通りになったと狂喜してやがる
いきおい、私の中では色あせないどころかますます光り輝き重みを増している
毎晩目の前に立ち現れる大西先生に相対正座して
「俗情との結託俗情との結託俗情との結託俗情との結託俗情との結託 クソックソックソックソックソッ」
とはいえ、チキンな自分には何が出来るわけでもない
せいぜい、自分の半径5メートル以内だけはなんとかしよう、ただそれだけの毎日

100 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

101 :まいぺーす:03/07/31 13:22
>>99
 遅レスですが、「自分の半径5メートル以内」を何とかしようというのも、それなりの
労力を必要とするわけで、cotton candyさんの意志には、敬意を払いたいですね。
そうした営為は、大西の言い方を真似れば、いつかは天に通ずるかもしれません。
ご自愛を祈ります。

102 :吾輩は名無しである:03/07/31 15:40
やっと神聖喜劇読み終わった。
面白かったけど、何がなんだかわからなかったり・・・
この人の人物描写スゴイよなぁ「あーこういう人いるいる」って思うもん
流石に東堂みたいなのはいないけど

103 :吾輩は名無しである:03/07/31 20:37
将来、伝記が書かれるときは、生活保護受給をめぐる噂の真偽について、ぜひ詳し
く言及してもらいたい。

104 :吾輩は名無しである:03/07/31 22:52
>>103
大西本人はそのことついて沈黙してるの?

105 :ゴメス ◆36A.Baj8ic :03/08/01 01:20
>>103,4
みすず書房大西巨人文選3に渡部昇一との論戦における
経緯説明的文章の中で言及しています
結論を言えば誤りのようです

106 :吾輩は名無しである:03/08/01 02:20
テンロの奈落ついにゲットしますた。
あとは地獄です。

107 :山崎 渉:03/08/01 23:56
(^^)

108 :89:03/08/02 05:39
>90 まいぺーすさん
本当にありがとうございました。
他にも何か見つかりましたら、その都度ご紹介していただけるとたいへん助かります。
このスレ引き続きROMらせていただきます。

109 :吾輩は名無しである:03/08/03 14:16
迷宮2刷age

110 :まいぺーす:03/08/05 01:03
7月27日に行なわれたHOWS連続講座「『神聖喜劇』を読む」第3回目のことを少し。
ゲストは、前回に引き続き、湯地朝雄さん。今回は、「責任阻却の論理」を中心に、
作品を貫く法意識を取り上げられました。東堂太郎の発想と丸山真男の論理との共通点
などの指摘もあり、興味深かったです。ただし、議論の中心になったのは、前回から
の話題の持ち越しで、東堂のナショナリスティックな心情についてでした。司会の武井
昭夫さんが、どのような観点からも積極的に評価できないという原則論的立場を堅持された
ため、そのことをめぐってスリリングな応答がありました。と言っても、座の雰囲気は、
和やかでしたけれども。あと、当時の軍関係の法規集の実物(例えば、『被服手入保存法』
や『砲兵操典』など)の披露がありました。
 次回8月30日(土)のゲストは、未定。ひょっとしたら、なしかも分かりません。

111 :吾輩は名無しである:03/08/05 01:05
>東堂のナショナリスティックな心情についてでした。司会の武井
>昭夫さんが、どのような観点からも積極的に評価できないという原則論的立場を堅持された
>ため

まいぺーすさんご自身はどのように評価されますか?

112 :まいぺーす:03/08/05 01:24
>>111
 電撃的なレス、ありがとうございます。実は、考えがまとまっていません。
東堂の「民族」意識には、排外主義的な徴候は見られず、問題を感じることは
できません。また、徴兵を忌避しない理由として、「おなじ民族おなじ人民」
への思いを挙げる東堂には、ある倫理性が認められるように思います。けれども、
それが「おなじ人民」だけでは駄目なのか、と言われると、答えに窮します。
 今のところ、東堂のナショナリズムは、必ずしも積極的に引き受けられている
のではなく、例えば戦争責任を考える際に、自らの位置を定めるために負の印と
して意識されているのではないかと思っているのですが、あまり根拠はありません。
 頼りない応答で、恐縮です。

113 :まいぺーす:03/08/09 04:41
 一週間遅れですが、『深淵』がいよいよ最終章に突入したようですね。二つ目の
裁判での証言を無事果たした麻田が、私生活でどのような選択をしていくのか、見据えたい
と思います。今週は休載ですが、秋までには完結するのでしょうか。
 期待を込めて、ageておきます。

114 :吾輩は名無しである:03/08/14 02:43
「三位一体の神話」に出てくる。
「聖茶番」「現代日本遁走曲」「複成火山」ってそれぞれ
「神聖喜劇」「地獄変相奏鳴曲」「二重式火山」のことなんですか?

115 :まいぺーす:03/08/15 07:20
>>114
 そうです、と言うと、差しさわりがあるような気がしますが、明らかに対応はしていますね。
あとは、個人で想像して楽しむということでいいのでは。いずれにしても、『二重式火山』は、
幻の作品ですね。ちなみに、『娃重島情死行』では、『崇高なる茶番』なる作品名が登場して
いましたっけ。

116 :山崎 渉:03/08/15 09:05
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

117 :吾輩は名無しである:03/08/15 11:29
保守  

118 :吾輩は名無しである:03/08/15 13:29
「二重式火山」ってなんだ?俺聞いたことない

119 :吾輩は名無しである:03/08/16 16:03
『三位一体の神話』読み終わりました。
個人的にはやっぱ『神聖喜劇』のが良かったです(当然なのか?)。
読んでて大西巨人嫌いになりかける・・・
おもしろいからまぁいいんだけどさ・・・

120 :吾輩は名無しである:03/08/19 16:32
しょーもないことですが
読書人のインタビューで鎌田哲哉が、自分は物を書くより大切なことがあると思ってる
と言ってて、その後も鎌田の話が続いたために
それに対する大西巨人の意見とかがなかったのでちょっと気になります。
大西氏というと、どうしても政治的な面とかそっちが気になってしまうので
文学を特権化すべきではない、とも確か大西巨人は言ってたけど、本人にとってはどうなのか、とかは気になったり

121 :まいぺーす:03/08/20 07:57
>>118
 『地獄変相奏鳴曲』の「奥書き」に次回作として掲げられている作品です。
『地獄変相奏鳴曲』と同じく、連環体小説であることが断られています。今の
ところ幻の作品です。ひょっとしたら、『精神の氷点』がそこに入る可能性も
あったのでは、と思ったりもします。

>>120
 『週刊読書人』のインタビューは、大連載になりつつありますね。作家を特別視・
保護視しないということでは、大西は、鎌田と同じ、あるいはそれ以上だと考えられ
ますが、できればこれからの応答において、はっきりと語ってもらいたいですね。

>>119
 嫌いになりかけた理由に触れていただけるとありがたいです。

122 :120:03/08/20 18:24
>>121そうですね。
わたくし個人的には、優れた芸術家は、絶対に芸術至上主義的な面が強くあるはずだ、
という思い込みがあるので・・・
客観的な文学至上主義ってのはないと思っていても、大西巨人本人にとっては、どっかあるんじゃないか、と思って。
あ、でも大西氏のエッセイとか評論はあんまし読んでないので、
そういうことはどっかで言ってるのかもしれませんが。


123 :吾輩は名無しである:03/08/23 03:22
東堂は『トニオ・クレーゲル』を引用して、
生まれながらの芸術家について思いを巡らしてましたね。

その東堂の話は「(真の)芸術家」の特権化であったと同時に、
それは「作家」を特権化しないという話でもあった。たぶん。

だとすれば、「作家を特別視・ 保護視しないという」大西氏にも
「芸術至上主義的な面が強くあるはずだ」といっても全くおかしくないと思いますが、どうでしょう?

124 :まいぺーす:03/08/23 06:39
>>122
>>123
 同感です。戦後直後に発表された「創造の場における作家」などのエッセイでも、
創作という営為に関わる自恃が表明されると同時に、相対化が繰り返し語られて
いましたから、文学をめぐる大西の独自な意識は、一貫したものとしてあるのでしょう。
作家ではなく、作家になったとも書かれていない東堂太郎においても、そうした発想は、
堅持されているようです。おそらく、ニーチェに対する親愛も芸術至上主義の文脈に
関わっているのでしょうね。

125 :123:03/08/23 14:40
>それは「作家」を特権化しないという話でもあった
「作家の類」といった方が良かったかもしれません。

ところで武田信明という人が
「習俗的であることへの憧憬」と「習俗的であることへの軽蔑」とを
同時にもっていて、それゆえに周りになじめないひとは
世間に「ざらにいる」と言ってたのを思い出した。言い方はちと違ったけど。
妙にずごく納得した。

126 :123:03/08/23 15:04
訂正

>それゆえに周りになじめないひとは
それゆえに周りになじもうとしてもダメで、結果自分を特別視してしまう人は

127 :まいぺーす:03/08/27 22:05
 東京渋谷の古書店、光堂の目録に大西巨人の著作がまとまって出ています。『運命の賭け』・
『戦争と性と革命』がいずれも8,000円というのが驚きです。他の作家に比べて値付けが高価
に見えるのは、希少性のゆえでしょうか。それでも、『天路の奈落』・『地獄変相奏鳴曲』は
見当らず、品切れの小説作品の入手しにくさは、増す一方のように感じられます。講談社
文芸文庫の英断を、強く望みたいところです。

ttp://www.fides.dti.ne.jp/~kai/hikarido/list/jl0001.html

128 :吾輩は名無しである:03/08/28 01:22
ただeasyseek見てると意外とよく出てますよ。地獄とか。
でもすぐ売り切れちゃうんでいつも歯軋りなんですが。
だからまったく流通がないというわけではないですね。

129 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

130 :吾輩は名無しである:03/08/28 08:33
>127
光堂は他の店と比べて明らかに高い。
しかもそれでいて値段にポリシーをもっているというわけでもない。
前ファウルズの『アリストス』が9000円だった。低下3800円。
しかし他の古本屋が3000円で売りに出すと光堂も3000円に。
最悪の古本屋だと思うよ、光堂。ぼったくり。

131 :まいぺーす:03/08/31 13:20
 昨日は、HOWS連続講座「『神聖喜劇』を読む」第4回目でした。コーディネーターの
山口直孝が「『神聖喜劇』における自然描写−−故郷からの隔たり、内面化への戒め」
と題する報告を行いました。すが秀実『革命的な、あまりに革命的な』における大西
評価や学会で大西がほとんど取り上げられない現状に触れながら、それらの評価がともに
『神聖喜劇』の特異なエクリチュールにあるのではないかと提起し、自然描写の在り方を
検討したもので、東堂が捕える風景は、郷愁といった共同体への回帰することを厳しく
拒むものであり、同時にそれを容易に内面化しないところに特徴があると指摘しました。
その後の議論でも、室生犀星の評価や、作品における方位感覚、さまざまなスタイルの採用
の理由をめぐって活発な議論があり、面白かったです。次回は、9月21日(日)、いよいよ
すが秀実さんの登場ですね。楽しみです。

>>130
なるほど、そうですか。古本屋には、店ごとに見識を持っていてもらいたいと思うのですが、
なかなか理想どおりではないのですね。余談ながら、『アリストス』は、もう品切れなので
すか。知りませんでした。

132 :まいぺーす:03/09/05 20:45
 『Gag Bank』第2号、2003年3月15日に作家の三浦しをんが連載「犬のお散歩新刊情報」
で『神聖喜劇』を取り上げています。かつて三浦は、古本屋に勤めており、多くの客が
『神聖喜劇』を探し求めているのに遭遇したそうです。けれども彼は当時、大西を大橋
巨泉と勘違いしており、客の行動をいぶかしく感じていたそうです。けれども、今回読んで
「読み終えてしまうのを残念に感じたほど、滅法おもしろくて刺激的な小説」であることを
知り、「大西巨人の名は間違えようもなく、私の脳裏に深く刻まれた。」そうです。まずは、
めでたいですね。ageておきます。

133 :吾輩は名無しである:03/09/08 01:27
>>132
>大橋巨泉と勘違い
なんだか、信じられないなぁ。文学に無関心な人ならともかく…。信じるとしたら、
確かに、「まずは、めでたい」ですが、大西巨人に限らず、この国においては、
“左翼”というイメージがマイナスに作用するのは、どうしたことなんでしょう?
巨大資本(独占資本)に奉仕するマスコミによる情報操作の勝利というわけでしょうか。
90年代にソ連をはじめとした社会主義諸国が崩壊したことを、社会主義の
イカサマ性が実証されたというように捉えて、“新”であれ“旧”であれ、左翼
イメージを持つ人とその思想とは時代遅れのような、時代錯誤のような扱いを受ける
というのがひとつあるんでしょうか?
それとも、社会主義諸国が瓦解する以前からの、筋金入りの左翼嫌いでしょうか?
このあいだ、BSで、オーストラリアの二人の若者が、ヨーロッパからシベリアを経て
北京まで自転車で横断するという「猿岩石」の旅を思い出させる番組を見ました。
猿岩石と違ったのは、社会主義についてのコメント(および思考)があったこと。
シベリアの鉄道労働者の、「以前(ソ連時代)は限られた自由しか無かったが、その
自由を謳歌する充分な金があった。しかし今は、多くの自由があるが、金がない。」
という言葉や、シベリアなどの地方では、今を肯定する大衆の方が少数派であると
いうことが分かって、オーストラリアの若者が、複雑な気持ちを持ったようなのが、
印象的でした。ともかく、「左翼」をマイナスイメージと思わない、私は少数派ですね。


134 :吾輩は名無しである:03/09/10 17:55
>>133
スレ違いのレスになるけど、左翼だけじゃなく右翼もマイナスイメージなんで
べつに気にすることないんじゃないですか?

135 :133:03/09/12 00:00
>>134
なるほど。

今日も、自分の気に入らない外務官僚へのテロを推奨・肯定して
大ハシャギしてた、極右の石原恥ン太郎さんが、すべての人にとって、
マイナスイメージの存在であることを願わざるを得ない今日この頃…。
あんなのが、わが首都1000万人の首長とはネ …トホホのホ。 
知性と無縁の、“右翼小児病” のあんなのが、人気があるんだよなぁ。
なんでだ、なんでだろぅ〜。

136 :134:03/09/13 11:29
>>135
「今」、左翼がマイナスイメージなのは、左よりの言論人がなぜかこぞって
北朝鮮を擁護して、事実上テロを容認してた過去が大きいのでしょう。

そういう意味では、今回たまたま右翼がテロ肯定ともとられかねない発言を
したことをとりあげて、テロ肯定と騒ぐのはいささかお門違いかなという気がします。

人気ってのはおかしなもので、知性とは無縁の田中真紀子や辻元清美や
土井たか子でも(全部女性なのはたまたまです)人気があった時期がある。
知性とは無縁の石原慎太郎の人気も長くは続かないでしょう。

スレ違いと思いつつ、ついレスしてしまいました。次からは控えます。

137 :吾輩は名無しである:03/09/13 20:36
今後一切控えることをキボンヌ

138 :まいぺーす:03/09/15 14:05
『週刊読書人』2501号、2003年8月29日の「大西巨人氏に聞く〈『神聖喜劇』、それ以後〉10」
を遅まきながら読んでいて、『精神の氷点』の「新版おくがき」で挙げられている『地獄編三部作』
に関する鎌田哲哉の「それは、『地獄変相奏鳴曲』の前半の三つではないんですか。」という問いに
大西が「違う。」と答えているのにぶつかり、びっくりしました。僕も鎌田氏と同じように考え、
このスレッドでもそれを前提に書き込みをしたことがあるのですが、勘違いだったようです。インタビュー
では、『笑熱』という未発表の小説があることにも触れられており、興味をそそられること大です。
2503号、2003年9月12日からは第二部「『神聖喜劇』それ以前」がスタートしました。まだまだ楽しみは、
続きます。

>>133
ご指摘のように、マスコミによる左翼叩きには凄まじいものがありますね。133さんは、自認されている
ように、少数派なのでしょうが、有志具眼の人がいることは心強いです


139 :吾輩は名無しである:03/09/16 11:33
初めて読む場合、三位一体の神話から読んでも問題ないですか?

140 :133:03/09/17 02:51
>>136
>北朝鮮を擁護して、事実上テロを容認してた過去が大きいのでしょう。
北朝鮮の立場を基本的に支持する事は、北朝鮮の犯したテロ・拉致(などの誤謬)
を批判する事と矛盾しないと思います。拉致については北自身が認め、謝罪した。

>今回たまたま右翼がテロ肯定ともとられかねない発言を
>したことをとりあげて、テロ肯定と騒ぐのは…
石原は右翼ではなく、極右ですが、マスコミも含めて極右という“正しい評価”を
下していない。彼の極右ぶりは「たまたま」ではない。

>人気ってのはおかしなもので、知性とは無縁の田中真紀子や辻元清美や
>土井たか子でも(全部女性なのはたまたまです)人気があった時期がある。
これは、あまりに大雑把な言い方と思われる。明らかに、石原と田中・辻元・土井
との間には、違いがある。知性と無縁というのは、田中・辻元・土井の各氏に失礼
と思われる。石原と同類扱いするとは、136さんは、思考がガサツ。
136さんは、石原のヒドサを過小評価している。136さんに限らず、味噌も糞も一緒
にする人は、多いような気もするが…。


141 :吾輩は名無しである:03/09/19 19:04
息がくさい人は、自分の発するニオイに気付いてないんだよな。
あなたはどうですか?

142 :まいぺーす:03/09/20 00:28
>>139
問題ないと思います。ただし、『神聖喜劇』と『三位一体の神話』とでは思想性で
連続するものがあるものの、題材や表現で違いがあることも(当然ですが)、了解
されておかれるといいでしょう。

>>140
基本的にお考えに賛同します。言論者の立場をきちんと位置づけるのは、意外と面倒
ですが、大切な作業でしょう。歴史を振り返る時も、そうありたいのですが、力不足も
あってなかなかです。

143 :吾輩は名無しである:03/09/21 23:34
大西巨人を読む会っていつやってるの?
上に貼ってあるサイト、10月以降の予定がのってないね

144 :まいぺーす:03/09/22 22:55
 昨日9月21日は、HOWS連続講座大西巨人『神聖喜劇』を読むの4回目でした。ゲストは、
すが秀実氏。まとまった話はできないと言いつつ、大西巨人が論じられない現状、なぜ論じ
にくいのかの分析、『革命的な、あまりに革命的な』を踏まえた新左翼が大西を見出せ
なかった理由、無意識の領域の見えにくい作者の参照点としての『底付き』・『走る男』
への注目、19世紀小説の型に沿いつつ、独特の非構築の実践となっている作品構造、大西の
三島評価への注目、などなど、多様な論点を提出されました。充分、魅力的な『神聖喜劇』論
を書く材料は揃っていると感じたのですが、本人はまだ納得されていないらしく、そのあたりに
プロ意識を感じました。司会の武井昭夫氏との応答も面白く、新左翼が上の世代や『新日本文学』
に冷淡であったことが分かって興味深かったです。

>>143
昨日、後期の日程が告知されたので、参考までに。
@、10月25日(土) ゲスト:立野正裕氏(明治大学教授)
A、11月29日(土) ゲスト:鎌田哲哉氏(文芸評論家)
B、1月24日(土) ゲスト:未定
C、2月21日(土) ゲスト:未定
D、3月20日(土) ゲスト:大西巨人氏

145 :吾輩は名無しである:03/09/23 01:02
ぜひスガにまとまった大西論を書いてほしいですね。
単行本一冊分くらいは書けそうな感じがする。
他の人だと鎌田の名前も上がるのかもしれませんが、
個人的には、鎌田の文章はマジメ過ぎるのでどうも・・・
ジャーナリスティックな感じもほしいし

146 :吾輩は名無しである:03/09/23 15:06
俺の友達が、「次のノーベル賞は大西巨人だ!!」と言ってたんですが・・・。
この人、そんなに国内外での評価が高いのですか?



147 :吾輩は名無しである:03/09/23 17:03
いや、そんなもの本人辞退するでしょう。
 雑誌『社債評論』に載った山口直孝氏の「単純な理念を持続すること―大西巨人素描」を読めば、大西巨人の大体の性格がわかります。
 それに、海外に翻訳されたっていう話は聞いたことないなあ。

148 :田中香具師お:03/09/23 19:00
>>146
国内での評価は高いでしょうけど、
国外では?っていうか翻訳されてるの?

149 :吾輩は名無しである:03/09/23 19:34
暇なんで大西巨人みたいだけど2chネラー向きの神聖喜劇の翻訳つーのを
書いてみるわ。もちろん英語、独語な。少しまちなー。


150 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

151 :吾輩は名無しである:03/09/23 20:32
すみません。大西巨人暦0年の俺が、いきなり
神聖喜劇に突撃するのは無謀ですか?


152 :田中香具師お:03/09/23 21:14
いいえ。私は大西歴0秒で突撃したので問題ないと思います。

153 :吾輩は名無しである:03/09/23 21:16
だれが神聖喜劇を翻訳できるのか。膨大な引用もあるしさ。

154 :吾輩は名無しである:03/09/23 21:24
>>152
サンクス!!
明日本屋行ってきます!

155 :推定少女ファン:03/09/23 23:19
文学的価値ってなんでしょうか?

156 :吾輩は名無しである:03/09/24 13:28
149に期待sage

157 :吾輩は名無しである:03/09/24 16:11
>>147
> いや、そんなもの本人辞退するでしょう。

大西とは関係ないけど、大江健三郎には辞退してもらいたかった。
天皇陛下から勲章もらうときはカッコつけて拒否したくせに、
スウェーデン国王から嬉々としてもらう姿は、カッコ悪すぎる。
大西には拒否してもらいたい。まぁ、翻訳されない限りありえないわけだが。

158 :吾輩は名無しである:03/09/24 20:05
大西の文体は英語に訳しやすそうと思う俺はイッテヨシですか

159 :吾輩は名無しである:03/09/24 20:21
>>157
ノーベル文学賞を辞退したのってサルトルとソ連の誰かの
二人だけだよね。確か

160 :まいぺーす:03/09/29 02:22
 『文化展望』が復刻されるそうです。時期は未定ですが、実現は間違いなさそう。
大西が戦後福岡で編集していたこの雑誌は、途中でタブロイド版からA4版に変わった
こともあって、なかなか入手できず、公共図書館で揃いで所蔵しているところもない
のではないでしょうか。僕も、まだ全部は見られていないので、楽しみです。

ttp://kyushu.yomiuri.co.jp/news/news0306/news0607e1.htm

161 :吾輩は名無しである:03/09/30 22:16
>>157
大江はフランスの勲章も貰ったよな、確か。
>>159
パステルナークは辞退って言うよりも、政府の圧力で辞退したはず。
自発的に辞退したのはサルトルだけ・・・

162 :吾輩は名無しである:03/10/02 02:02
>>127
『運命の賭け』『戦争と性と革命』が8,000円ってボリ過ぎじゃないか?
オレ、前者は定価購入したけど、後者は500円くらいで買ったぞ。
確かにあんまり見ないけど。
地道に探せば大抵そこそこの値段で見つかる。
でも『精神の氷点』は申し込んでも売り切れだったり、抽選に外れた。


163 :吾輩は名無しである:03/10/02 23:49
>>157
大江にそんなこと期待するほうが無理でしょう。

164 :まいぺーす:03/10/03 22:20
 「巨人館」の『深淵』連載は、今週はお休み。その代わりということではないでしょうが、
『春秋の花』に未発表の2篇が追加されています。いずれも漢籍から引いたものですが、
思わぬ拾い物をしたような気になります。それにしても、これらは、いつ執筆されたのでしょうか。

165 :吾輩は名無しである:03/10/04 00:33
正直、トルストイを超えたね

166 :吾輩は名無しである:03/10/04 16:03
むしろ165さんがトルストイを越えてると思いますよ。

167 :吾輩は名無しである:03/10/04 16:53
うん、たしかに165はすげえよ
トルストイ超えてるわ

168 :吾輩は名無しである:03/10/04 19:36

>>165
追加の「杜甫」は、回避可能であったアメリカの(ブッシュの)アフガン攻撃後か
、同じく回避可能であった英米のイラク攻撃後かに、「人間のおぞましさ」を感じ
ての執筆でしょうね。
両攻撃は、まさに“予告せられた殺人”でした。
巨人先生の言葉を借りると、「おぞましい戦慄をおぼえる」攻撃でした。
今現在も、自国の(米英兵の)それなりの戦死数を見込んで、自国の政治的・
経済的・軍事的優位が確立されるまで占領を続ける気でしょう。
あるいは、自国の(経済戦略の)ためになるなら、ビンラディンでも、フセイン
でも、米英は“陰で”「再支持」ことするでしょう。まこと、おぞましい。


169 :まいぺーす:03/10/08 00:28
>>168
 ご推測に賛同します。漢籍を用いた現状批判というのは、大西らしい実践ですね。
他にもいらっしゃるのかもしれませんが、僕は知りません。『神聖喜劇』などにおける
漢詩・漢文の利用も、一般的な文脈から逸脱している部分に注意していく必要が
ありそうです。

170 :吾輩は名無しである:03/10/09 00:29
大西氏は、例の「せられた」を「された」に、
変更するのか、と思いきや、『深淵』では、
やはり、「せられた」を採用しているようですね。
わたしは、「せられた」が、シックリくる派です。
大袈裟に言えば、わたしは、個人生活(の日常会話)でも、
「せられた」を使いかねないほど、シックリ来てます。

「せられた」で、押し切って欲しい。押し切るべし。


171 :まいぺーす:03/10/13 01:02
>>170
 『精神の氷点』の新版は、「せられた」を「された」に改めてあるようですが、『深淵』
は仰るとおりですね。今や大西の専売特許のようになっていますから、これからも使い続けて
ほしいという意見にも基本的に賛成です。

 『深淵』の連載が80回目に。ネタばれを避けるために、あまり具体的に書くことは避けますが、
ここに来て、また新しい展開になっています。これまでの作品とは異なり、新作は引っ張りますね。
落としどころに注目したいと思います。

172 :吾輩は名無しである:03/10/18 09:17
神聖喜劇を読もうと思ってるんだけど、精神の氷点と似た感じの主人公なの?

173 :吾輩は名無しである:03/10/22 18:21
『神聖喜劇』読了sage。
いや長かった・・・2ヵ月半かかった・・・僕はアホなので古文漢文正直ちゃんと読めてないし・・・
でも生きる勇気が湧いてきた。
模擬死刑の午後で東堂以外にも次々と身代わりを申し出まくった所で泣いた。
他に印象的な場面は四巻212頁で室町、村田、白水、曾根田らが
「理屈はわかるが『感じ』がなんとなくわからない」と言ったところで
深い思索のもとに合法闘争を仕掛けるも、最後にそれを放棄して模擬死刑の身代わりになろうとするところが
そこに繋がってるのかも、あるいは作品全体も、その「感じ」を求めて書かれているのか、と思いました。


174 :吾輩は名無しである:03/10/23 22:18
>>173さん
ぼくも、かつて「生きる勇気」をもらいました。
そして、ぼくも「アホなの」ですが、『神聖喜劇』を
自力で発見したことだけは、自分を褒めたい心境。


175 :吾輩は名無しである:03/10/24 23:03
大西巨人ってまだ生きてたんだ…不勉強を恥じなければ。
みなさん大したもんだ。

以前、本多勝一の本に、大西氏が子供をもうけるべきかどうかに関して
渡部昇一と論争があったようなことが書いてあったんだけど、もし良かったら
そこらへんの経緯を教えてください。

176 :吾輩は名無しである:03/10/28 22:48
>>175
>渡部昇一と論争
大西文選3所収の『破廉恥漢渡部昇一の面皮を剥ぐ』を読んでください。

まるで、売れない歌手(ヒット曲のない歌手)が、歌以外のことで
話題になるように、大西氏の主な批評文や主な小説作品ではなく、渡部昇一
との関わりが、興味本位的に、ここの掲示板でも何度も話題になるのは、
なんだかだなぁ〜。渡部昇一みたいないいかげんな輩のいいかげんな発言
を黙殺しちゃ調子に乗るし、相手になれば、却って破廉恥漢の株が上がったり
する現実があって、大西氏のような、まともなインテリ・知識人は、歯がゆいだろうなぁ。

>>まいぺーすさん
10月の『神聖喜劇』研究会の報告を待ってます。

177 :吾輩は名無しである:03/10/28 23:58
大西巨人さんが生活保護を受けながら、創作活動を続け、谷崎賞を辞退された
のも、受賞で給付が打ちきられるのを避けたかったからだという噂は本当なの
でしょうか。

確かに「神聖喜劇」をはじめとする大西さんの作品はいずれも傑作、名作です
が、爆発的に売れたりするようなものでない上に、大西さんの遅筆を考えると、
どうやってごはんを食べていたのだろうかと思ってしまいます。ご存じの方が
いらっしゃれば、ぜひ教えてください。

178 :吾輩は名無しである:03/10/29 00:06
おれも知りたい。
小説がすごい小説なだけにさ。
ぼくは俗物だから気になるよ。

179 :まいぺーす:03/10/29 00:08
>>176
 遅くなり、すみません。
 連続講座「文学・大西巨人『神聖喜劇』を読む」の第6回目は、10月25日
(土)、立野正裕氏をゲストに行われました。立野氏は、「第三部 運命の
章/第二 十一月の夜の媾曳」で多数登場する第一次大戦に参戦した英米詩人
たち(オウェン、サスーン、シーガー、マックレーなど)の作品と履歴とを
具体的に詳しく説明し、彼らの作品に見られる戦争に肯定的な傾向と否定的な
意識とが東堂の二律背反的な心情に対応することを指摘しました。また詩人
たちの歩みの延長に冬木の非戦の思想が位置づけられるのではないかと述べ、
作品に可能性として示されている冬木の意見表明を測定することを試みました。
東堂と安芸の彼女とのやり取りに茫然とするだけの読者だった者にとって、専門を
生かした立野氏の話は、たいへん分かりやすく、ありがたかったです。
 湯地氏・武井氏が加わった議論では、東堂の思考が運動史の文脈をどれだけ
押さえたものになっているかが問われました。ここの場での、作者・主人公への
要求水準の高さを感じます。それが無理難題ではなく、緊張を孕んだ問いになって
いるところがいいですね。

180 :まいぺーす:03/10/29 00:21
>>172
遅いレスですが……。『精神の氷点』の水村宏紀と『神聖喜劇』の東堂太郎とは、
精神形成史において多く共通するものを持ちつつ、対極的な存在にも見えます。
ニヒリズムの体現者である水村とニヒリズムの超克者である東堂との違いと
言えるでしょうが、その隔たりが実は限りなく無に近いというややこしさが
あるようです。その辺の事情を、ぜひ実際に読んでみて確かめてください。

 『深遠』、ついに「次回完結予定」の予告が出ましたね。少し前の予測は見事に
はずれましたが、どのようなラストか、まだ分かりません。刮目して、待ちましょう。
単行本化の予定は、あるのでしょうか。

181 :吾輩は名無しである:03/10/29 13:05
哲版の柄谷スレロムってて思ったんですけど、
小説家としては大西氏だけが読者を騙す/幻想を与えるという所作/振る舞い
から離れえ続けてるのかなと思いまつた。やっぱ現実は殺伐としてまつ。

182 :吾輩は名無しである:03/10/29 23:49
>>177
>>どうやってごはんを食べていたのだろうかと思ってしまいます。

この、「過去形」の疑問は、オカシイ。
大西氏の貧乏は、過去もそうであったし、現在もそうであり、
ほぼ、たぶん今後も貧乏であり続けるであろうことは、想像に難くない。

「どうやって食ってるか」って聞くけど、「どうにか」食ってるに違いない、
としか、答えようがないだろ!! それ以上、何が知りたいの?

他人の財布の中身を知りたがるのは、恥ずかしいことです。止しましょうや。

183 :吾輩は名無しである:03/10/30 00:05
糸圭自身もそこを大西氏の『秘密』として指摘してる。

184 :吾輩は名無しである:03/10/30 00:16
>>183
人を「神秘化」するのは、良くない。


185 :吾輩は名無しである:03/10/30 00:27
じゃ教えれ

186 :吾輩は名無しである:03/10/30 01:15
だから糸圭も知らないんだって。
鎌田は経済的自立が精神的自立の必要条件だといってる。
この『秘密』の期間大西氏は自立してたかいなかと。


187 :吾輩は名無しである:03/10/30 01:39
>>182
レスに感謝します、しかし、それでも私の疑問というか、不満は解消しませ
ん。まず「過去形の疑問はおかしい」との指摘ですが、現在は「神聖喜劇」
もめでたく文庫になり、少なからぬ新しい読者を得ているようです。それに
よって印税が大西氏に入るのは当然のことですし、それが氏の作家活動に資
すれば、ファンとして、それに勝る喜びはありません。息子さんの赤人氏も
健康を保ちつつ、自立して生活しておられるようで、お父上たる巨人氏も幾
分、心にも経済的にも余裕を持たれているのではと拝察します。疑問が「過
去形」なのは、こちらに「大西氏は、今は昔ほど経済的に苦境にはあるまい」
という思いこみというか、認識がまずあったためです。

率直に言います。私が知りたいのは、大西氏が生活保護を受給していたか否か
の一点に尽きます。この疑問が生じてくるのは、当時の氏の執筆活動や作品の
売れ行きを考えれば、必然だと思います。真実を証明するのは、ご本人が当時
支払った税金の領収書(?)あるいは税務署等の公的機関から発行された書類、
さらには出版社が、将来刊行される作品の印税の前払いを認める念書や覚書な
どを公開しない限り、極めて困難なことでしょう。大西さんを無条件に支持さ
れるファンの皆さんは、「受給していなかった」ことを前提に氏の執筆活動や
政治的発言を支持されるのでしょうが、もし受給していたら、国民の血税を使
った生活保護を受給しながら、長い小説を書き続け、自分の食い扶持を与えて
くれる国家を批判する政治的発言をしていたのか、という批判が出てくると思
いますし、私自身、傑作を書いたからといって、生活保護受給の事実が帳消し
になる、あるいは受給したことが許されるとは、生活保護制度の本旨に照らし
ても、絶対に思いません。

「他人の財布の中身を知りたがるのは、恥ずかしいことです。」と言われます
が、確かにその通りなのかもしれません。しかし、作家の作品とは別に、生活
も厳然と存在します。特に大西氏の場合、このことに触れると一部のファンの
人がものすごく感情的になって挑みかかってくる傾向があり、私は絶対に看過
できないのです。以上、ご無礼ながら、こちらからのレスと致します。


188 :まいぺーす:03/10/30 02:19
 175さんも挙げられている「井蛙雑筆/破廉恥漢渡部昇一の面皮を剥ぐ」
(『社会評論』6巻6号、1980年11月1日。『巨人雑筆』ほか所収)に、
「「生活保護」は、次男野人の特殊な条件下における(自今年二月至今年四月の)
入院・手術期間(あらかじめ期限を切って短期)だけ便法的に適用せられたので
ある。」という記述があります。大西巨人が短期間生活保護を受給していたのは
事実であり、それは本人によって明かされてもいます。秘密にされていること
でもないので、せめてそういうことを知りたいということは、自分で本ぐらい
見てもらいたいと思います。 

189 :まいぺーす:03/10/30 02:32
 (続き)「生活保護」が「便法的に適用せられた」事情について、「1カ月の
医療費1500万円の「生活保護家庭」大西巨人家の「神聖悲劇」」(『週刊新潮』
25巻37号、1980年9月18日)は、次のように伝えています。「今年一月から、野人
君は入院して手術を受けることになった。しかし、もちろん、差額ベット代はかかる。
医師は、「入院は二ヵ月以上になる」といった。差額ベット代が一日約七千円として、
一ヵ月で四十二万円‥‥。しかし、その金をどうやって都合するか。大西さんの奥さんが、
一家の住む与野市(埼玉県)福祉事務所に相談にでかけた。そのころ、大西さんの月収は
ゼロだったという。福祉事務所では、「生活保護を受けたらどうか」と勧めた。四人世帯
で約十五万円。野人君の医療費は従来から公費負担だった。「生活保護」を受けても、その
中の医療扶助によって、医療費は税金でまかなってくれる‥‥。無論、借金などの工面も
しなければならないが、十五万円の生活保護費があれば、なんとか差額ベット代のヤリクリ
はつけられる。二月一日に申請した。」

190 :まいぺーす:03/10/30 02:57
 (続き)緊急避難的な受給以外に、恒常的な受給があったかどうかについては、
僕は、審らかにしません。が、基本的にはそういうことはなかったと推測しています。
大輪盛登「13年、この一作に燃えた執念の記録」(『宝石』5巻1号、1969年1月1日)
には、「ある病院の看護婦が、大西夫人に、こういったことがあった。「生活保護を
受けたらどうですか」。大西夫人は言下に、きびしく「うちの主人は作家です」。
シェークスピアなら「ああ、何と貧しいものが、何と誇り高いことか」というところで
ある。」というエピソードが記されています。また、インタビュー『俗情との結託≠許さず
茫々二十五年」(朝日ジャーナル編集部編『生きる・創る・話す』(朝日ソノラマ、
1981年5月30日)では、周囲のさまざまな援助があったことを挙げつつ、「しかし、おれは
何かを書いているんだからというような気持ちは全然自分ではないつもりです。またそう
なったら、それは堕落ですからねえ。」という大西の発言が見られます。そうした克己的な
姿勢から、継続的な受給は考えにくいのではないか。そうした事実は隠されているのでは
なく、存在せず、だから触れられない、それだけのことのような気がします。

191 :吾輩は名無しである:03/10/30 03:02
たしかに生活保護生活保護と細かいこと言うわりには
自分で調べないですよね、そういう人たち。著作に載ってるのにね。
神聖喜劇は出すたびにけっこー売れてるから、それでなんとか・・・なってないか・・・?


192 :まいぺーす:03/10/30 03:09
 なお、僕自身は、生活保護受給が恥じるべきことではなく、受給者が国を
批判することも権利の行使として当然と考えます。187さんは、「このことに
触れると一部のファンの人がものすごく感情的になって挑みかかってくる傾向が
あり、」と言っていますが、「感情的になって」いるのは、むしろ「絶対に看過
できない」と述べ、関係書類の提出までも要求しかねない187さんのように見えます。
 こういうことをめぐって書くのは、楽しくないですね。

193 :吾輩は名無しである:03/10/30 10:43
左翼が国家に面倒見てもらうってのもな。

194 :吾輩は名無しである:03/10/30 15:44
文学板なんだし、自分で本読むなりして、調べてからカキコ
しないとな。特に俺

195 :吾輩は名無しである:03/10/30 22:17
お前かよッ

196 :吾輩は名無しである:03/10/31 01:41
大西巨人を「それなりに」もしくは「ある程度」ないしは
「ちゃんと」読んでる人は、少ないということが、
ここ(ここの掲示板)でも、また、証明せられつつあるなあ。
187の書き込み人は、「ファンとして、云々」と書いてるが、
いったい、大西のなにが・どこが好きで、ファンなのかね?
理解に苦しむ。「大西さんを無条件に支持する皆さんは」などと、
どこの誰を指しているのかわからぬ書き方を、真の大西ファンは、
決してしない。187さんは、ポテチンなひとだ、まったく。

197 :吾輩は名無しである:03/10/31 02:31
生活保護がそんなに気になるのかねぇ。
生活保護を受けていたら国家批判ができないというのも変だ、奴隷じゃないんだから。


198 :まいぺーす:03/10/31 12:41
188のレスの訂正です。
175さん→176さん
そういうことを知りたいということは、→そういうことを知りたいという方は、

 『深淵』最終回、まだアップされていませんね。待ち遠しいです。


199 :吾輩は名無しである:03/11/02 00:16
>>198 マイペースさん
『深淵』、早く単行本にして欲しい。
しかし、今年中は、無理ですね?
『深淵』は、これまでの『精神の氷点』、『地獄変相奏鳴曲』の諸作、
『神聖喜劇』、『天路の奈落』、『三位一体の神話』、『迷宮』にも増して、
登場人物の思考の観念性が、際立つ気がします。
文学素人のなんとなくな感想です。
観念・カンネン・大西ワールド。形而上文学とでも呼びたくなる。


200 :吾輩は名無しである:03/11/04 02:14
200

201 :まいぺーす:03/11/06 21:49
>>199
 遅くなりましたが、ご意見に同意します。自立した個としての当為を突き詰めていくと、
こうなっていくのかと、いささか呆然ともさせられます。ただし、観念小説的でありながら、
現実と遊離しているかというとそうではなく、個性の強さでも際立つものがありますね。
その、大西ならではの特徴を、もう少しうまく表現できればいいのですが、なかなかうまく
いきません。
 『深淵』、縦組みの文章で読みたいのですが、単行本化の話とかは具体的に出ているので
しょうか。年内はともかく、できるだけ早く実現してもらいたいです。

202 :まいぺーす:03/11/06 23:29
 上の書き込みをして、巨人館を覗くと、『深淵』の最終回がアップされているでは
ありませんか。とりあえず、祝・完結です。
 結尾、急いで読みました。月並みですが、意外な決着の仕方です。異物を飲み込んだ
ような感触がいつまでも続く感じです。
 単行本化についての予告もされており、どうやら具体的な話があるようです。

203 :吾輩は名無しである:03/11/07 00:12
>>201
>ただし、観念小説的でありながら、
>現実と遊離しているかというとそうではなく、

僕などは、アホですので、最近の若者による(動物的・即物的もしくは精神の原基への退化的?)
殺人事件の報に接するたび、短絡的に(直感的に)『精神の氷点』における殺人に思いを馳せ、
大西巨人の描く世界は、深いなぁと、感じ入ったりしてます。
つまり、『精神の氷点』の世界も、一見、観念的に見えて、実は俄然、現実的=リアルだと、
感じるしだいです。終戦直後の物のない時代の人物を描いてても、それが、この21世紀の
「文明の物質的諸分野における高度の進化」時代の人間に通じている(見通している)という感じです。
《参考文献【『羊をめぐる冒険』読後】 82年 大西巨人》

204 :吾輩は名無しである:03/11/07 00:17
祝 『深淵』 完結。

205 :吾輩は名無しである:03/11/07 01:07
>>203
「見通している」というより、『精神の氷点』は、
「人間」の行動様式の一例(想像可能な)の
徹底的な記述と読むべきでは?
認識の共有のためのテクストとして。
時代を問わず、「人間」なるものは、こう考え、実践しうるという。
この手のニヒリズムは、ベタで、ありがちだ、という認識が常識化すれば、
国の空気は信じがたいほど、一気に健康的なものになるはずですが。







206 :吾輩は名無しである:03/11/08 00:40
>>205さん
>この手のニヒリズムは、ベタで、ありがちだ…

私の深みもコクもない、ぺらぺらな書き込みに、
レスをありがとうございます。
『精神の氷点』の主人公の“ニヒリズム”について、今後、
考えを少しでも深めることができたら、また書き込みたいと
思います。
ところで、『精神の氷点』に描かれた「ニヒリズム」についての、205さんの、
「ベタで、ありがち」という読みに、わたしは、疑問を感じるというか、
頷けないというか、腑に落ちないというか、納得できないことだけは、
いま感じていることなので、とりあえず、書きつけときます。
もう一度ちゃんと読まんといけんなぁ。

とにもかくにも 祝 『深淵』 脱稿!

207 :吾輩は名無しである:03/11/08 01:54
>>206さん
「ベタで、ありがち」という言い方は、言葉足らずで、
自分本位でした。
世間一般的には、たいへん特殊なものでしょう。
が、深々と考えこむ、あるいはきわめてナイーヴなタイプの人々は、
この水準の個人的暗黒期を、皆通過してきているのではないか、
と思いました。そうした人々は、読後、
かつて自分も通った道だ、と感じるのではないか、と。
アレコレ想像はしたけれど、多くの場合、実行はしなかったでしょうが。
やはり、そういう人は稀でしょうか。
より重度の精神状態と比べると、
『精神の氷点』の思考展開は、強度・方向性などの点で、
ニヒリズムとしては標準的・一般的なものではないか、
と考えた次第です。





208 :吾輩は名無しである:03/11/11 20:14
水村のニヒリズムは、鋭敏な精神の持ち主たちにとっては
「ベタで、ありがち」なんじゃないか。

それは近代以後の社会構造下での人間の存在条件に、
必然的に伴う虚無感だから、誰でも直面する可能性がある問題でしょう。

『精神の氷点』はそういう近代的主体の抱える虚無を
厳密に描いた作品だろうと思います。
その解決については書かれてないけど。

209 :まいぺーす:03/11/18 23:22
 この間、神保町の神泉ブックマートで文庫本の本棚を見ていて、『迷宮』の新装版
を見つけました。既に一冊持っているのですが、これは、帯つきでした。それだけなら
どうということもないのですが、そこに作者の言葉が。「『迷宮』は、『神聖喜劇』、
『三位一体の神話』の延長線上に位置する最新の積極的な里程標である。むろん作者は、
さらなる向上を目指して精進しなければならない。」。これは、多分、これが初出です
よね。思わず、二冊目を購入してしまいました。当然、『深淵』は、さらにその「延長
線上に位置する最新の積極的な里程標」になりますね。

210 :吾輩は名無しである:03/11/19 20:29
『五里霧』をついにゲット! これだけなかなか手に入らなかったからウレチイ!

211 :吾輩は名無しである:03/11/23 21:25
矢川澄子らとの座談は何かに収録されている?
元雑誌しかないかな?

212 :吾輩は名無しさん@魚好きである:03/11/23 21:52
>>211
徳永康元、矢川澄子との座談会のことでしょうか?
私は、トランスアートから発売されている
『別冊 本とコンピュータ 5 読書は変わったか?』で読みました。

で、その中の大西巨人氏の発言に触発(?)されたこともあって、
今、『戦争と平和』を読んでます。

213 :吾輩は名無しである:03/11/23 22:03
おおそれです。即レスありがとうございます。
やっぱりその別冊読まなきゃいけませんね。
買ってきます。

214 :吾輩は名無しである:03/11/24 14:19
>>212
大西さんが座談会に? 座談の内容を、おおまかにでも教えてください。
近頃かそかに大西氏の “露出” が増えている ?!
とても愉しく喜ばしい事態だ。

『二重式火山』など、今後の新作執筆の予定もあるのでしょうが、
“小説屋” 以外の “評論屋” や “談話屋” や“座談屋” “対談屋” を、
今までよりは、少し多く開業して欲しい。
大西氏の発言が、いま、求められていると思うから……


215 :211=213:03/11/24 15:07
俺が狙っていたのはこれだったが。
212さんのとは同じかな?

『季刊 本とコンピュータ』 13 2000年夏号 トランスアート
●座談会 本を読むにも気力と体力がいるぞ
徳永康元 大西巨人 矢川澄子

216 :吾輩は名無しである:03/11/24 16:03
>>212 おまえアホか。老人のボヤキなんか魔に受けてー。

217 :吾輩は名無しである:03/11/24 18:51
>>216
x魔に受けて
○真に受けて
216さんの言葉は、けっして “魔” に受けませんから。

218 :吾輩は名無しである:03/11/25 00:17
山崎……

219 :吾輩は名無しさん@魚好きである:03/11/26 17:41
>>214

座談会「本を読むにも気力と体力がいるぞ」
(徳永康元、大西巨人、矢川澄子)

●若い頃の読書経験・本をたくさん読むようになったいきさつ
・高校1年のときに聴いた菊池寛の講演「文学の話をするのなら、
まずきわめつきの古典千冊を一冊3回ずつ読め」に感銘した
・クラス担任の先生の言葉「いまゲーテとかカントとか言っている諸君も
大学を出て、サラリーマンになったら、娯楽雑誌なんかを読んで
寝てしまうようになるから、いまのうちに読書の習慣を身につけよ」
●若い人が本を読まなくなったと言われることについて
・昔は頭脳が優れていても金がなくて大学に通えないものもいたが、いまはかつてのボンクラがいっぱい大学生になっているから、
その中から出てくる百人中何人といった数字を鵜呑みにはできない
・が、物質文明は進んでいるけれども、精神の面は退化していると思う
・教養とは本をたくさん読んだから教養があるというものではない
(ドストエフスキーの『作家の日記』に出てくる本を一冊しか
読んだことのないおばあさん<その一冊は旧約聖書>のこと)
●長編を書く・読むことについて
・これからは千枚以上の小説は書くべからず
・だが、この前書いたのは1200枚だった(笑)
・書く方はつい長くなるが、読む方の身にもならにゃいけない。
●ワープロの使用について
・4年ほど前からワープロを使用。(他の2氏は不使用)
・手書きからワープロになって文体が変わるような書き手はだめ。
●映画を観ることについて
・谷川徹三は「映画はパッシブだが読書はアクティブ」と書いたが、
いまや映画館に行って映画を観ること自体が能動的なものに。
・最近観た映画は『雨あがる』
・とても好きで7回ほど観たのがジュリアン・デュヴィビエの『白き処女地』

220 :吾輩は名無しさん@魚好きである:03/11/26 17:41
●映画を観るにも体力がいるという話の流れの中で大西氏の
(そして収録されている座談の)最後の言葉(全文引用)

「『病は気から』というでしょう。大切なのはやっぱり気持ちだと
思いますね。よくお医者さんが病人を前に『本人に生きる気持ちが
なければ治らない』というようなことを言う。それと同じで『何が
あろうと生きていくぞ。負けはしないぞ』という気持ち。
たとえば、相撲で寄り切られそうになったとき、土俵際で『もうだめ。
これはあかんわ』と思うと負ける。しかし『どうしても勝つんだ』
と思うと勝つと思うんです。そうは気持ちで思っていても、最近
眠たくなったりすることを考えると、気持ちが少し衰えているのかなという気もしますが。(笑)


以上、座談の中から大西氏の発言に絞ってまとめてみました。
レスが遅れたことをおわびします。

座談会は、2000年5月18日に行われ、
『季刊・本とコンピュータ』2000年夏号に掲載されました。
>>215さん、そう、それと同じもののようです。)

221 :215:03/11/26 22:09
>>219>>220
ありがとうございます!
ワープロ使ってるとは知りませんでした。

222 :吾輩は名無しである@214:03/11/27 00:49
>>魚好きであるサン
座談の内容をくわしく書いていただいて愉しいです。
ありがとうございました。
大西氏の話されたことは、違う場所でも話された(書かれた?)
ことも含んでいるようで(朝日新聞日曜版とか)、ここでも氏らしく
“自己引用”の爆発!!
古典を3回読め! という教えは、理解できますね。わたしは最近
一度読んだことのあるチェーホフ作品を読んでますが、初読のように
読んでます。頭悪いので覚えていない。
私は、徳永康元氏のことも矢川澄子氏のことも知らなかったんですが、
矢川氏は自死されたようですね。
私も映画好きですが、『白き処女地』 は未見です。
大西氏がエッセイで触れたことのある伊丹万作監督の映画も観たこと
なかったんですが、ちょっと前、NHK・BSで、『新しき土地』37年日独
合作という、えらく前衛的な表現の映画を観て、伊丹万作に初めて触れました。


223 :吾輩は名無しである@214:03/11/30 12:23
>>まいぺーすサン
いつも済みませんが、暇なとき、「神聖喜劇 研究会」の
11月例会、鎌田哲哉氏報告分の概略UPをお願いします。
(他にも参加せられた方、よろしく)

224 :まいぺーす:03/12/01 00:39
>>223
 11月29日(土)の連続講座「大西巨人『神聖喜劇』を読む」第7回は、文芸評論家の
鎌田哲哉氏をゲストに行われました。鎌田氏は、現在も進行中の大西巨人へのインタビュー
(5部まで予定されているそうです)の苦労や裏話を披露しながら、構想しつつある『神聖
喜劇』論の概略を提示されました。鎌田氏は、『神聖喜劇』の非線条的な時間構造に着目
し、それがアリストテレスの言うカタルシスに対抗し、ベンヤミンの掲げる「中断」に連絡
するものであることを指摘し、引用の多用も「中断」を持ち込むための技法という見方を
示されました。『神聖喜劇』は、ある状況が絶えざる「中断」の浸蝕を受けることを扱う
がゆえに現実の縮図たりえているのであり、その結果持ち込まれてくる卑俗なものにこそ
美があることを、鎌田氏は、評価したいということでした。他にも、東堂と本当に対立して
いるのは大前田ではなく、村崎ではないかという見方や、敗戦後大西巨人が志賀直哉批判から
出発しなければならなかった理由は、志賀的な「自然」が何かを引き去った後の「自然」であり、
志賀的感性を共有する文壇の認識の限界を衝く点に求められるのではないかという意見など、
数多くの興味深い論点が出されました。風邪気味で少し話しづらそうだった鎌田氏でしたが、
ざっくばらんでかつ真剣な話は、刺激的であり、議論も活発で、一旦閉会した後の、ビールを
飲みながらの話し合いの場まで、終始盛り上がりを見せていたと思います。
 214さんもリクエストされていますが、うまく会の様子がまとめられてはいないので、
他に参加された方がフォローしていただけると助かります。

225 :吾輩は名無しである:03/12/01 00:48
>>224

東堂と本当に対立して
いるのは大前田ではなく、村崎ではないかという見方

この部分、解説プリーズ

226 :まいぺーす:03/12/01 01:42
>>225
 相互に与えた影響という観点から見ると、村崎は、東堂の観念的な思考の
限界を「育ちのええ東堂」と言いながら正すなど、少なからぬ示唆を東堂に
与えていますが、逆に東堂からは何も受けとっていないように見受けられ、
特異で孤立した存在に見えます。村上少尉への敬意が終始変わらないことに
表されるように、村崎は、『神聖喜劇』の中で一貫した態度を持ち続けている
ことでも注目されます。東堂が他者との関係を探る時に、厄介なのは、敵対心を
露わにする大前田よりも常に沈着な村崎であるかもしれないということですね。
それを対立と言うのは、適当ではないかもしれませんが。
 うまく説明できている自信はありませんが、以上とりあえず。

227 :吾輩は名無しである@214:03/12/02 21:17
>>まいぺーすサン

『神聖喜劇』研究会の報告をありがとうございます。
毎回、熱のこもった報告と議論が行われているようで、
その場に居て話しを聞けないのがもったいない気がします。

思えば、80年に『神聖喜劇』が完結してから、個々の研究者・学者、
有為具眼の士による解読と発表は試みられてきたのでしょうが、
今回の例会のような、多人数による報告と合評、その成果の共有の
仕事は、初めてなのではないでしょうか。

この例会も残すところ2、3回くらいのようですが、コーディネーターの
山口直孝氏を中心とした人々による 「成果のまとめ」 が、今から楽しみです。
《出来れば、大西氏出席(予定?)の最終回は参加したいものです。》


228 :吾輩は名無しである:03/12/03 02:23
愛読者の傾向。
@権利意識が異常に強い。義務を果たすよりも、まず権利の主張。
A揚げ足取りのプロ。論敵の弱点を針小棒大にして攻撃しまくる。そのくせ自分の
 欠点については見て見ぬふり。
B社会に適応できないのを、すべて社会や他人のせいにする。「自分は悪くない」
 の一点張り。会社でも嫌われ者で、反組織的な言動でリストラ候補の上位にいる。
C「日本人民共和国」の樹立を頭の中で真剣に考えている。そのためには、中国や
 北朝鮮の日本侵略も容認する。拉致問題では北朝鮮に同情的である。
D「思想の平和的共存はあり得ない」などということを平然と口にする。自分たち
 が天下をとった暁には、天皇制容認主義者や親米主義者などを査問にかけた上、
 思想矯正のために強制収容所にぶちこむことを本気で考えている。
E「生活保護」「血友病」という言葉に異常なほど先鋭的な反応を示し、それらの
 ことについて自分たちと考えを異にする人間を、時には威嚇や恫喝で黙らせよう
 とする。税金も満足に払わないくせに長い小説を書き続けるようなことを容認し、
 「傑作なら生活保護受給も許される(帳消しになる)」と、日本国憲法で定めら
 れている「勤労の義務」を無視する。
F働きもしないで本ばかり読んでいる大学院生や無職、フリーターに多く見られる。
 「言説の当否と職の有無は無関係である」などと、口だけはいっちょまえ。しか
 し、社会的常識が完全に欠落しているので、その言説に全く説得力がない。

自分たちは優れた長編小説を読み込んでいる優秀な人間だなんて、うぬぼれきって
いるのかもしれないけれど、周囲の人間はそうは思っていないことを、身にしみて
認識した方がいい。

229 :吾輩は名無しである:03/12/03 17:49
>228
そのうちの何点かについては事実誤認があるな。

230 :まいぺーす:03/12/03 18:19
>>227
 成果をまとめる、というような話は、具体的には出ていませんが、確かに各回の
ゲストの話と討論とをまとめれば、本になりそうな感じはありますね(一冊では
済まないかもしれない)。録音はしてあるので、一度検討してもらってもいいのかも
しれません。
 次回、1月24日(土)のゲストは未定、2月21日(土)のゲストは、高和政(コウ・
ファジョン。日本近代文学研究)だそうです。そして、3月20日(土)は、大西巨人
を囲んでの座談ですね・214さんもぜひ。会場でお会いできるといいですね。

231 :吾輩は名無しである:03/12/03 21:03
>>228
愛読者のなかから
いずれかの条件にピシッと該当する人物を探し出すほうが難しい。
該当者はかなりの悪人だが、おそらく不在。
不在の悪を叩いている感じ。

わざわざ『神聖喜劇』を買って読む人間には、
うぬぼれ屋より苦労人のほうが、はっきり多い。
 仮に、うぬぼれ屋が読了した場合、更生が始まっている。

「日本国憲法」や「社会」や「会社」や「組織」や
「社会的常識」への盲従こそが正しいことであるのか。
書き手はおそらく人間の自由に、つよい嫌悪や苛立ちを
おぼえている。

「税金を満足に払わない」という点での非難については、
市場経済や税金制度などのベースから考える必要がある。
「武富士」の武井保雄会長のような人物が度外れた額の税金を
納めていた、そのようなシステムの全体から。

232 :吾輩は名無しである:03/12/03 21:36
>231
自分で書いててあれだけど、上記、警察的でつまらん。
「人間の自由」がうさんくさい。自己批判。

233 :吾輩は名無しである:03/12/04 00:20

大西巨人は良いよ。とても良い。
文学に関しての抜群の見識。抜群のセンス。抜群の批評眼。
大西の、それに、多くの人に触れて欲しい。

>>228
一日16時間拘束、月18労働日のタクシードライバーですが、なにか?
言説の当否と職の有無もしくは収入の多寡は、なるほど無関係ですが、なにか?
優れた長編小説を読み込めていませんが、なにか?

大学院生や無職やフリーターや引きこもりやが、
実際、大西を読んでくれてれば良いのだが……


234 :吾輩は名無しである:03/12/04 22:07
ひきこもりの高校生です。大西さんが好きです。
もう、純粋に趣味としてね。

235 :吾輩は名無しである:03/12/04 22:20
新卒フリーターですが、なにか?
国家が教育補充兵を必要としたように、
現代日本資本主義が我々のような、時給1000円以下の労働力を
大量に必要としていると思うのですが。

236 :吾輩は名無しである:03/12/07 20:54
>>「言説の当否と職の有無は無関係である」
これは福田恆存の劣化コピー松原正ヲタが無職の弟子の擁護に使った発言。

237 :吾輩は名無しである:03/12/07 21:24
久々に妙な流れになってきたな

238 :吾輩は名無しである:03/12/08 14:30
撒き餌がおいしかったってコトだろか。

239 :ふえ:03/12/09 17:53
鎌田哲哉さんがゲスト講師の時の「神聖喜劇を読む」に参加しました。
いくつかの論点でお話された中で今思い出せるものを挙げると、まいぺーすさんもふ
れておられる、大西巨人が志賀直哉批判から出発したという文学史的な意義について鎌田さんが語っ
たことが印象に残っています。
たしか谷崎−芥川論争という論争において、文学観が全く違う両者がともに自らの考
えのリファレンスとして挙げたのが志賀直哉であり、そのことが象徴的なように志賀
直哉がある理想形として語られ続けてきた。
それに初めて批判をくわえたのが中野重治で、志賀的な洗練は「自然」から何かを引
きさったことではじめて可能にすぎないと批評した、と。
そしてその批評を最高の形で受け継ぎ、また実作において志賀の限界を超える地平を
示したのが大西巨人ではないか。たしかそのような話を鎌田さんはしてくれた記憶が
あります。
それを聞いて、その前に鎌田さんが話した「中断」の技法やいくつか細部の読解が、
何かを引きさらない「自然」=現実が『神聖喜劇』という小説内で具現化され、様々
に中断された細部はそれぞれがそのまま「現実」の手ざわりを持っているということ
を証明する実践例としていくつかの細部からとても大きな問題を取り出して話してく
れたんだな、と納得したような気がします。
不正確かもしれませんが…。その挙動不審なまでの謙虚な語り方もふくめてやっぱり
凄いなあと思いました。

240 :単純な不勉強野郎:03/12/10 01:38
>>239 ふえさん

ご報告を感謝します。
またの書き込みをお願いします。

2,3日前、「本は心のご飯です」の ほんだらけ で志賀直哉を買ってきて、
『赤西蠣太』 と 『小僧の神様』 を読みました。
前者は愉快な気持ちにさせられ、感心しましたが、後者は、なんだか気持ち悪い
作品という印象でした。



241 :吾輩は名無しである:03/12/11 23:21
小学生みたいな感想だな

242 :まいぺーす:03/12/12 16:15
 ネットで見つけた話題を二つ。
 すが秀実『JUNKの逆襲』の刊行がいよいよ間近なようです(あるいは、もう書店に
並んでいるかもしれません)。第一章には、大西巨人に触れた文章が多く収録されており、
楽しめそうです。

ttp://www.tssplaza.co.jp/sakuhinsha/book/kinkan-info.htm

 脚本家・映画監督の荒井晴彦が次回の仕事として挙げている、大西巨人の仕事とは、
『神聖喜劇』のことですよね。ついに映画化されるということでしょうか。以下の
アドレスの「特別試写「ヴァイブレータ」と不快の原点」を参照してください。とりあえず、
詳報が欲しいところです。

ttp://www.geocities.co.jp/Hollywood-Stage/6684/syuma4.html




243 :吾輩は名無しである:03/12/12 16:30
自画自賛。ジサクジエン。オナニズム。プッ

244 :泣く:03/12/12 16:32
柄谷行人が仕方なく褒めたから、
   みんないいという。大西賛美にウソは泣けれど……。

245 :クサイねえ。:03/12/12 16:35
歯牙直哉もわからないアホが、大西酸鼻とは……。

246 :吾輩は名無しである:03/12/14 20:24
先週の金曜日、◎◎市役所に出かけたところ、福祉課の待合いスペースでまだ三十
前とおぼしき若い男が座っていたが、熱心に文庫本を読んでいた。よく見ると「神
聖喜劇」ではないか。

若者よ、その若さで何で福祉課などを訪れたのだ。額に汗して、しっかり働けよ。


247 :吾輩は名無しである:03/12/14 22:27
額に汗してない数字系マジシャンのほうがガッポリいってたりする
困ったカラクリではあるものの。

248 :吾輩は名無しである:03/12/14 22:35
>>246
妄想は止めれ

249 :吾輩は名無しである:03/12/15 11:18
神聖喜劇高いよ
全部買ったら5千円以上になる
それだけの価値ある?

250 :吾輩は名無しである:03/12/15 16:50
神聖喜劇が週末に届く!
はやくよみたい・・・。

251 :吾輩は名無しである:03/12/17 12:10
>>246
その若さで福祉課を訪れるような人だからこそ、神聖喜劇を読んでるんだと思われ。

252 :吾輩は名無しである:03/12/17 16:02
神聖喜劇全巻購入したぞ!!
これから読みます・・・。

253 :吾輩は名無しである:03/12/17 18:18
>>246
きっと口ばっかり達者で、権利の主張だけ叫ぶクズ野郎なんじゃないの? 生活保護
を受けながら天下国家を論じる左翼青年。地獄に堕ちるがいい!

254 :吾輩は名無しである:03/12/17 23:03
もう釣られないぞー。

255 :吾輩は名無しである:03/12/18 18:20
>>253
地獄に堕ちるのは貴様だ! 生活保護受給は当然の権利だ。勤労の義務よりも憲法
第25条に規定された生存権が優先することぐらい常識だろう。そんなに義務を果
たしたいなら、好きなだけ税金を払うがいい、この犬野郎が!

俺は断じて、日本国家の奴隷などではない。

256 :吾輩は名無しである:03/12/20 02:02
福祉なんて、砂漠に水を撒くようなもの、と言いたくなるときがある。制度として
必要なものだけれど、それを悪用する人間のクズも多くて、虚しさを覚える。

知人にさいたま市役所に勤務している男がいる。さいたま市は大宮、与野、浦和の
三市が合併してできた都市だが、友人は旧与野市役所の職員で、たしか福祉課に在
職していたことがあるはず。今度いろいろ聞いてみるつもりだ。

257 :吾輩は名無しである:03/12/23 17:56
>>255が大西読者かと思うとさすがに悲しい気がするな…。

258 :吾輩は名無しである:03/12/23 20:51
なんで?

259 :しかく今年も思い過ぎにき:03/12/25 00:09
社会評論136号(2004年1月号)に、
「(面談)新作長編『深淵』をめぐって」 が載る。
聞き手は、山口直孝氏。

「通俗的なドラマの要素を排する傾向」が「いよいよ加速している」大西作品に、
正直、追いていけていない大西ファンとしては、山口氏の“突っ込み”具合が
気になる(突っ込み方に期待する)ところ大である。

引用符の部分は『単純な理念を持続すること』山口直孝より。


260 :吾輩は名無しである:03/12/25 00:20
深淵(上)  大西巨人著
光文社・01月20日・1,500円・ISBN:4334924204
記憶を失った男がかかわる2つの殺人事件を通して、著者の厳格な思考と文体
が到達した人生観、社会観、世界観ないし現実認識を具現する。下巻同時刊。


261 :吾輩は名無しである:03/12/25 16:29
うひょー。正月に読みたかったわん。

262 :吾輩は名無しである:03/12/25 22:09
ついに出ますか。
ネットでは一切読んでないので(恐縮ッス)
楽しみです。

263 :吾輩は名無しである:03/12/30 20:31
教えてくんで申し訳ないのですが、
シリーズ「神聖喜劇を読む」に大西氏が
出席される回、つまり三月二十日のみ参加することは
できるのでしょうか?


264 :「小学校出の職工」:03/12/31 13:05
>>263さん
「のみ」の出席可能でしょう。
http://www3.ocn.ne.jp/~hows/top.html (本郷文化フォーラム・HOWS)に連絡し、
確認しましょう。

冬木の声
「これも、内は、そんころはわからんじゃったとで、あとから知ったとじゃったが、
漏斗なんかも、一般人用と橿原の部落民用と、二とおり別別にあったとじゃそうな。

……だいたい内は、なんやらかんやらがおかしなふうじゃ、と子供心にもかんじとった
ごたぁったとの、いよいよ兄貴が醤油代を払う段になって、その支払い方法のトウネエ
奇妙さにゃ、フルフル〔心から〕タマガッタ〔魂消た〕。」
(『神聖喜劇』第八章 永劫の章 より)

ところで、ハンセン病の元患者に対するホテル宿泊拒否問題(11月)についての、
大西赤人さんの、以下の考えが、「差別問題」について、わたしに、参考になる。

「表向き、差別・偏見を積極的に推進する人間は世間に数少ないだろう。
「差別・偏見はいけない」という建前の裏側で、自らが何事かに直面した時、
「でもね」という本音が隠微にうごめき出す。今回の出来事に際し、今更改めて
非人間的な目に遭ったことへの大いなる憤懣を心から理解した上で、それでも
なお僕は、患者側の人々に対し、ひたすらホテルを――とりわけ総支配人に
辞職を求めるなどという形で――糾弾するばかりではなく、“あなたたちを
そういう誤った判断に到らしめた世間のイメージを一緒に変えて行きましょう”
と共闘へ巻き込んで行くほどの包容力を発揮してほしいと願う。
(11月24日エッセイより)



265 :吾輩は名無しである:03/12/31 15:04
>>260
1月はジョイスも出るし、買うものが沢山だ。

266 :吾輩は名無しである:04/01/03 21:30
大西氏のサイトで大西氏の映像が見られます。

ビックリした。

267 :吾輩は名無しである:04/01/03 23:00
media playerをインストールしたのに、
大西氏の動画のみで、音声が出ない。
音声出ないのなぜか? 誰か、教えてください。

268 :吾輩は名無しである:04/01/05 02:13
俺は音声しか出ないw
mac(os8.6)だからだろうか?

269 :吾輩は名無しである:04/01/06 23:49
>>264
掲示板閉鎖しておいてよう言うわと思う。>赤人

270 :吾輩は名無しである:04/01/10 22:55
ジミー大西巨人阪神

271 :ベンガル:04/01/12 12:55
深淵おもしろいの? 誰か読んだ人いる?

272 :まいぺーす:04/01/14 04:42
 しばらく忙しかったのとネット環境が悪かったのとが重なり、久しぶりの書き込み
となります。遅ればせながら、今年もよろしくお願いします。
 「巨人館」の動画、幸い、音声と映像、両方享受できました。『深淵』の感想を寄せて
もらいたいこと、次の長編もホームページで連載することなどが告げられています。作者の
手元に置かれた、単行本も注目で、来週には実物を目にすることができますね。
 あと、地味に増補されている『春秋の花』も要チェックです。

>>271
 他では味わえない面白さがある、と言っておきましょう。ただし、ついていけない人も
相当いるようなので、最終的にはご自身で判断していただくしかないようですが。

273 :吾輩は名無しである:04/01/14 15:45
大西巨人が今生きてる事自体が奇跡的だと常々思う。

274 :吾輩は名無しである:04/01/16 21:07
すごいインパクトのあるじいさんだな。

275 :吾輩は名無しである:04/01/17 18:09
最近メディアに露出ないの?

276 :吾輩は名無しである:04/01/18 20:46
夏になれば水着で勝負します。

277 :りさたむ 从*・v・从 りさたむ:04/01/18 20:50
「神聖喜劇」は好きなんだけど、「三位一体の神話」はイマイチだった。
そんな俺は「深淵」買うべき?

278 :吾輩は名無しである:04/01/19 02:08
>>273
どういう意味だよ

279 :吾輩は名無しである:04/01/19 02:45
社会評論136号(2004年1月号)の「(面談)新作長編『深淵』をめぐって」で、
大西巨人が2ch(本スレ)に言及している。直接ではないが、プリントアウトしてもらった
ものは読んでいるらしい。


280 :吾輩は名無しである:04/01/19 03:01
>>279
まじで!?すごいな

281 :279:04/01/19 03:28
 -巨大匿名掲示板「2ちゃんねる」というのがあって、
文学板には『大西巨人』というスレッドが立てられています。
ご覧になっていらっしゃいますか。
 大西 直接ではなく、人がプリントアウトしてくれたもの
を送ってもらう形だが、いちおう見ているよ。
 −その『大西巨人』スレッドでは、渡部昇一との論争が
周期的に話題になっています。話題になるのはいいのですが、
書き込む人のほとんどは、うろ覚えの断片的な情報だけを頼
りにしている。当事者の書いたものさえ読んでいるのか、疑
わしい。正確な情報に基づかない憶測が繰り返し登場するの
には、うんざりさせられませんか。
 大西 ああいうのは、無茶苦茶というほかないな。人間の
悪い面が露骨に出たという感じがするね。
(略)
 大西 取り組む人間が真面目であれば、インターネットは、
とても意義深いものになる。


282 :279:04/01/19 03:32
 −先ほど『深淵』が「おとぎ話」であると言われたのが
興味深かったのですが、それについてもう少しお話しいただ
けないでしょうか。
 大西 「おとぎ話」というのは、言い換えれば、リアリズ
ム小説ではないということだ。それは、リアリズムを無視し
ているということじゃない。先ほど言うのを忘れていたが、
「2ちゃんねる」の書き込みで、主人公が電話をかける場面
の記述が厳密だと好意的な感想を述べたものがあった。作者
は、それを読んで元気づけられたがね、部分部分は、リアリ
ズムの極致のようなものを目指して書いているところがある。
けれども、全体として見ると、「おとぎ話」になっていると
いうのが『深淵』の特徴だね。

283 :吾輩は名無しである:04/01/19 03:48
こんな糞スレプリントアウトして渡すヤシの気が知れない。

284 :吾輩は名無しである:04/01/19 13:58
「こんな糞スレ」からも何事か学べたり、
不真面目な人間の態様は、いつの時代も変わらぬ
ことの確認などもできるのだ。

285 :吾輩は名無しである:04/01/19 19:24
そんなの身近にいくらでもあると思うが

286 :吾輩は名無しである:04/01/19 19:53
>>285
減らず口たたかずに、『深淵』注文せろ。


287 :吾輩は名無しである:04/01/19 20:28
>>286
逝ってよし

288 :吾輩は名無しである:04/01/19 20:52
巨人さぁぁぁん 見てますかー(手を振り振り)
巨人さんの小説読んでる 女子中学生でええええええええええす
まだ五里霧と精神の氷点しか読了してませんけどおおおおおおおお

289 :吾輩は名無しである:04/01/19 21:54
大西の残り少ない貴重な時間をこんな糞(ry

290 :吾輩は名無しである:04/01/20 00:41
プリントアウトしたものを読むんじゃなくて、お気に入りに入れとけよ。

291 :吾輩は名無しである:04/01/20 00:51
大西さんはパソコン使ってないんじゃ?

292 :吾輩は名無しである:04/01/20 02:39
>>279

>>10 の記述だね。

293 :まいぺーす:04/01/20 05:20
 今日は、『深淵』の発売日ですね。朝一は無理ですが、確実にゲットするつもりです。
「巨人館」を覗くと、本日付で更新されていて、トップページに『深淵』の書影が掲げ
られています。それ以上に注目なのが、「『深淵』の刊行を機に、読者の方からの声を
募集します。」と告知がなされて、投稿が可能になっていることです。質問によっては、
作者が答えることもあるそうで、何とも楽しみです。ぜひ、意見を書き込みたいと思います。

294 :まいぺーす:04/01/20 05:27
 HOWS連続講座「大西巨人『神聖喜劇』を読む」の次回1月24日(土)の
ゲストは、脚本家の荒井晴彦さんです。荒井さんは、現在『神聖喜劇』のシナリオ
化に取り組まれていて、出版の予定もあるそうです。あの大長編をどう圧縮するのか、
時間処理はいかに行なうのかなど、素朴な疑問だけでも伺いたいことが数多く
出てきます。『深淵』を読むのに加えて、土曜日も楽しみです。

295 :吾輩は名無しである:04/01/20 20:49
あれ〜深淵見つからなかった〜


296 :吾輩は名無しである:04/01/21 15:29
『深淵』買ったよ。存在感のある本だね。



297 :まいぺーす:04/01/22 00:57
 20日、近所の本屋で見つけられず、21日神保町の三省堂で購入しました。発売が
一日遅れていたのかもしれません。三省堂では、新刊のコーナーでも、ミステリーの
エリアでも、歌野晶午『葉桜の季節に君を想うということ』の隣に平積みになって
いました。売れ高も芳しくあってほしいもの。装丁は、296さんのおっしゃるように、
重厚で、いいデザインですね。これから、縦組みの『深淵』に挑戦です。

298 :吾輩は名無しである:04/01/22 01:19
セブンエレブンで受け取りOK! のオンライン「イーエスブックス」で
注文したら、取り扱い不可だって、意味わからん。

299 :295:04/01/22 20:17
カン違いして文庫だと思い込んでた・・・
そりゃないはずだわ・・・(鬱
きょうゲッツしますた!!

300 :吾輩は名無しである:04/01/22 20:30
何か本、臭くない?

301 :吾輩は名無しである:04/01/22 20:36
確かにカバーのインクの匂いは少し変わっている。

302 :吾輩は名無しである:04/01/22 20:58
ときどき臭い本ってあるよね?
いや、内容じゃなくて、本自体で。

それはともかく、神聖喜劇が映画化されたら
マジですごいよな。
チャレンジしようとするだけで、尊敬に値する。
変なの撮ったら、コアな原作ファンに叩かれるの目に見えてるからな。

303 :まいぺーす:04/01/23 22:09
 明日の『神聖喜劇』講座ですが、ゲストの荒井晴彦氏ほか、太田出版の高瀬幸途氏
や映画監督の澤井信一郎氏らも参加されるそうです。脚本化だけでなく、映画化についても、
いろいろ議論できそうですね。一回のみの参加も可能ですので、興味のある方はぜひ。

http://www3.ocn.ne.jp/~hows/top.html

304 :吾輩は名無しである:04/01/23 22:11
大橋巨泉のペンネーム?

305 :吾輩は名無しである:04/01/24 13:39
『深淵』の固有名詞に笑いっぱなしです。
こんな面白い小説だとは思わなかった。

306 :まいぺーす:04/01/25 02:25
 1月24日(土)の講座「大西巨人『神聖喜劇』を読む」の模様を少し。講座は、まず
荒井晴彦氏、高瀬幸途氏、澤井信一郎氏に司会が質問をすることから始まりました。
事実レベルで、応答で明らかになったことを記しておきます。
@、『神聖喜劇』の脚本化は、高瀬氏の依頼で、荒井氏が着手。それまで、荒井氏は、未読。
A、荒井氏は、一年掛けて作業を続け、現在四百字詰1,100枚にまとめるまでに至っている。
B、さらにそれを圧縮したものが、今夏太田出版より刊行の予定。
C、単行本からより鉋をかけたものを基に、澤井監督が映画化することも検討されている。
D、ただし、映画化については、具体的なことは、まだ何も決まっていない。
E、荒井氏は、脚本化にあたって、原作の膨大な引用を基本的に切り捨てる方針を採った。
F、また、荒井氏は、時間構造も単純化し、直線的な進行(召集から教育期間終了まで)を選んだ。

307 :まいぺーす:04/01/25 02:42
(続き)休み時間を挿んだあと、質疑応答、討論となり、脚本化・映画化を
めぐるさまざまな意見が出されました。『神聖喜劇』の特異な言説を用いずに
いかに東堂の個性を出すか、思想的なテーマをどのように扱うか、どの場面を
クライマックスに持っていくのかなど、内容に関わるものから、キャスティング
はどうか、資金調達や配給もとの確保はどうするのかといった映画化のプランに
関するものまで、質問は多岐に亙り、三氏の答えもそれぞれの立場に即した
興味深いものでした。荒井氏が、作業を進める過程で気づかれた作品の空白や
切れ目の指摘が、個人的には面白かったです。
 会の途中からは、映画評論家の松田政男氏が、また、会終了後の懇談会には
すが秀実氏も合流し、大変賑やかな顔ぶれとなりました。戦後の左翼運動の回顧・
検証から現代日本映画の批判まで、話題は途切れることなく、三次会まで続きました。
いつもの講座とはいささか趣きが違いましたが、刺激的な一日でした。

308 :吾輩は名無しである:04/01/25 03:10
>>まいぺーすさん
報告を読んだだけでも、刺激的。
「膨大な引用の切り捨て」は、仕方ないと思う。
ここでも、以前から話題になってるキャスティングの件が
映画の魅力を左右しそう。

309 :名無しさん@魚好き:04/01/25 08:51
>マイペースさん
いつも講座の報告をありがとうございます。
興味は持ちながらも地方在住ということもあって講座に参加できない
私のような者には、大変ありがたいことです。
ところで、24日の講座での応答について、もう少し詳しく伺いたいのですが、
特に現在のような日本の政治状況、端的に言ってしまえば、
日本がアメリカの侵略戦争に加担して国外の戦地に軍隊を送る
といったことが現実のこととなっている状況で、『神聖喜劇』を
映画化する(あるいは、映画化を検討する)ということの意義について、
関係する三氏は、どのような考えをお持ちなのでしょうか?
また、おそらく今後文書で公表されることはないだろうと思われる
二次会・三次会での意見交換の内容も関心をそそるところですが、
その内容について、いくらかでもここで公表する考えはお持ちでしょうか?

私は、>>212>>219-220を書き込んだ者で、
3日前から『深淵』を読み始めたところです。
(1日1時間程度のペースで読んでおり、まだ第二編に入ったばかりです。)

310 :吾輩は名無しである:04/01/25 19:34
映画化。
売れそうに無いな〜。
絶対見たいけど。

内容は荒井さんに任せていいとして、
俺ならキャスティング売れ線の人集めたいな。
多少薄くなってもいいから。
たくさん見てもらうほうに持っていきたい。

これは意見分かれると思うけどね。

311 :吾輩は名無しである:04/01/26 09:03
大きな新聞広告出ましたね。

312 :吾輩は名無しである:04/01/26 11:11
正直、荒井晴彦では不安だなぁ・・・

313 :吾輩は名無しである:04/01/26 13:10
『神聖喜劇』の監督(候補)は、市川昆先生も捨てがたい。

314 :吾輩は名無しである:04/01/26 13:18
313の訂正

×市川昆
○市川崑

315 :吾輩は名無しである:04/01/26 13:41
それよりも俺は「深淵」を映画化してもらいたい。
監督は吉田喜重あたりでどうだろう。

316 :まいぺーす:04/01/26 18:05
>>309
 高瀬氏、荒井氏、澤井氏の三氏いずれも、『神聖喜劇』に対する思い入れがあり、
大上段に構えた物言いはされませんでしたが、映画化によって何かをもたらそうと
する意識はうかがえました。荒井氏は、『神聖喜劇』をほとんど読んでおらず、知りも
しない今の若い映画人の水準を嘆き、また、戦争について何も知らず、意識もない
一般大衆にいかに作品を見せるかで腐心している様子を覗かせていました。また、『神聖
喜劇』を雑誌連載中から読んでいた澤井監督は、従来の日本映画が描いてきた軍隊像と
およそ異質なものを提示したいという意欲を表わしていました。来年は、敗戦60周年で
戦争ものの大作が企画されてもいるようで、なるべくそれにぶつけたいという計画も披露
されていましたが、そのことから分かるように、三氏は、今映画化することのアクチュアリティーに
たいへん自覚的であったようです。
 講座の様子あるいは懇談の席の話について、必要があればまた書き込みます。

>>311
 光文社も、それなりに力を入れているようですね。手書きの作者メッセージが貴重です。

317 :吾輩は名無しである:04/01/26 18:06
ところで大西は島尾敏雄を評価していた事は読んだのですが、
同じ戦線帰りの武田泰淳については何か発語なさったのでしょうか。

318 :名無しさん@魚好き:04/01/26 19:32
>>316 まいぺーすさん
どうもありがとうございます。
三氏とも、今映画化することのアクチュアリティに
たいへん自覚的であるとのことを知り、非常に勇気付けられるとともに、
ぜひ映画化して今の日本社会に問題提起してほしいという
思いを強くしました。

ところで、『深淵』の広告が載ったというのは、
どの新聞のいつの日付けのものなのでしょう?
手書きの作者メッセージを読みたいものだと思いました。

319 :吾輩は名無しである:04/01/26 19:34
大西巨人て、生活保護受けてたって本当ですか?

320 :吾輩は名無しである:04/01/26 20:33
>>319
息子さんの病気で短期的な生活保護を受給したのは事実だが、一般的な生保
を長期間受給したかどうかは分からない。おそらく受給していないだろうね。

実は俺も>>319さんのように、受給の事実の有無にこだわっていた時期があっ
たが、ここで「まいぺーす」さんが懇篤なカキコをされているのを読んで、
上記のような結論を持つに到った。生保を受ける人間を軽蔑する気持ちはほん
の少しだけ分かる。他人が汗水たらして働いて得た金から納めた血税で生きて
いる訳だから。しかし、生活保護制度それ自体は必要なのだし、憎むべきはそ
の制度の本旨にそぐわない、例えば市議や町議の力を利用して不正受給して、
昼間からパチンコ屋やテレクラに行き、夜は居酒屋でのんだくれ、パソコンの
出会い系サイトに熱中するような奴らだ。そういう連中は、いずれ役場の福祉
課が条件を満たさないとして給付を打ちきるか、もっとアコギな奴は警察に捕
まるだろう。

とにかく、大西の「文選」とこのスレを読み返すことをオススメする。本来な
ら、生活保護などを利用しない人間ばかりの世の中になればいいのだが、現実
はそうならない。それと、大西の読者の中で、「そんなに税金払うのが嫌な
ら、抗議の意味を込めて払わなければいい」などと抜かした恥知らずが前スレ
にいたが、そいつは人間の屑だと俺は今でも思っているからね。

321 :319:04/01/26 20:49
てゆうか、事実関係に野次馬的好奇心を抱いただけで、生活保護全般に関する
価値判断を表明したわけではないのだが・・・だって,赤貧の作家,素敵ジャン。(美
学的にも倫理的にも)
そういえば、息子さんが父親について書いてるのどっかで読んだな。
注射代が高かったとか何とか。同じ本のなかで秋元康が金を稼いで20代で運転手
付の車に乗った話を自慢してた。
生活保護に関しては、

322 :吾輩は名無しである:04/01/26 21:51
>>319
続きは??

323 :吾輩は名無しである:04/01/26 21:55
>>315
同意。
大西に吉田はいい組み合わせだと思う。
それが『神聖喜劇』でも全然構わないと思う。

しっかしなあ、荒井&澤井ってのは・・・
いや、この二人は決して駄目な映画人じゃない
んだよ。でも大西と組んでもなぁっ・・・て
正直思う罠。
そもそも荒井は初期中期脚本作品を観ても分かる
ように、社会制度や組織から外れたしょぼ臭い人間の
ちんたらした生き様を描かせるとうまい作家な訳でね。
澤井は東映の職人だから題材を選ばずして何でも
撮り上げるのはエライところなんだが、それでも
過去作品を観るとこの監督は一女性の変容を描く
ことに才覚を発揮するタイプではないのかと・・・。

324 :吾輩は名無しである:04/01/27 00:15
同じ九州人の青山真治あたりに
撮らせてみてはいかがでしょう?
あるいは阿部和重に映画をとらせるとか(w
とにかく全共闘型人間が映画化すると
ろくでもないことになりそうなんで、
思い切って若いのにやらせてみてはどうか。
青山・阿部は神聖喜劇もよく読んでるだろうし。

325 :吾輩は名無しである:04/01/27 00:35
阿部チンに1票!

326 :吾輩は名無しである:04/01/27 00:44
>318
26日付け朝日2面
東京版だが…

327 :まいぺーす:04/01/27 02:49
>>318
 『深淵』の広告のデータについては、326さんの仰るとおりです。
 作者の言葉を引いておきます。
 「おもしろくもあり値打ちもあるのが、小説の理想的な姿と信ぜられる。その至難事
達成は、現在ますます必要である。/『深淵』に、作者は、達成のたしかな手ごたえを
覚える。濡れ衣と言われる二つの殺人事件を通じ、人々は、社会・人間の有るべき様相を
興趣ゆたかに読み取るにちがいない。」

328 :吾輩は名無しである:04/01/27 03:30
深淵読み始めたんだけどこれおもしろい〜
まだ5章だけどこの先どうなるんだろ〜

329 :吾輩は名無しである:04/01/27 12:17
『KT』は、ぼくには判りにくかった。(おもしろくなかった)
『スパイ・ゾルゲ』は悲しいくらいの駄作だった。(値打ちがなかった)

「おもしろくもあり値打ちもある」映画を作るためには、
もっと大勢の才能を集めたほうがいいと思うがなぁ。
拙速は避けて欲しい。



330 :吾輩は名無しである:04/01/27 13:06
大西さんって結構字が汚いんですね。昔からなのかな。
なんだか親近感がわきます。不遜だと言われそうですけどね。
まあそれはともかく私は積読になってる『神聖喜劇』をまず読まなきゃ…。


331 :名無しさん@魚好き:04/01/27 14:41
>>327 まいぺーすさん
さっそくありがとうございます。
私は、今、『深淵』を第二篇の終りまで読み進んだところですが、
ここまででも間違いなく、作者の理想とする「おもしろくもあり
値打ちもある小説」だと確信を持てるように思います。

作中人物大庭宗昔が語る松川事件をめぐる「むかし話」は、
私に実に教訓的で、なおかつ大西巨人らしい論理的厳密さの真骨頂
(の一つ)と感じられました。
あのような内容は、大西巨人自身の作物の中にあるのでしょうか。
手元にみすず書房の文選はあるのですが、その全部を読んだわけではなく、
よくわからないのです。

332 :吾輩は名無しである:04/01/28 09:27
『マルホランド・ドライブ』(デヴィッド・リンチ)『過去のない男』(カウリスマキ)
『鏡の女たち』(吉田喜重)『スパイダー』(クローネンバーグ)……
記憶喪失をモチーフにした映画、最近多いけど、
もしも『深淵』が映画化されたら
そんなやこんなよりもはるかに独創的で、深く、
そして何よりも面白い映画になると思う。
もちろん監督、脚本次第ですが……

333 :吾輩は名無しである:04/01/28 16:05
333get

蹴りたい背中のあと、深淵を読むぞ。

334 :吾輩は名無しである:04/01/28 23:29
>>332に追加
前向性健忘映画『メメント』。

335 :吾輩は名無しである:04/01/29 06:53
>>334
小川洋子の『博士の愛した数式』も前向性健忘(っていうの?)だね。
記憶喪失を扱った映画といえば『かくも長き不在』(アンリ・コルピ)もいい。
しかし、映画に使われる記憶喪失って、
単にストーリーを進めるための道具でしかないものも多いように思う。
その点『深淵』の記憶喪失って言うのは深くテーマとかかわっているところが秀抜。

336 :吾輩は名無しである:04/01/29 18:15
産経と朝日に広告出てるのは確認しました。

337 :吾輩は名無しである:04/01/30 00:13
映画『神聖喜劇』。
大前田は勝新にやってもらいたかったなぁ。
あ、それじゃ『兵隊やくざ』か(w。

338 :吾輩は名無しである:04/01/30 15:58
深淵バカ売れしたら・・・

339 :吾輩は名無しである:04/01/30 17:05
>>337
それじゃ大前田かっこよすぎじゃないか。

340 :吾輩は名無しである:04/01/31 00:24
『神聖喜劇』第三部「運命の章」第二 
「十一月の夜の媾曳」にある
剃毛プレイに関する想念および実践の
記述は、たいへん詩情豊かでありながら、
あるいはだからこそ、
何べん読んでも笑える。
ユーモアや笑いの要素が、
びっしりと、埋め込まれている。

『深淵』では、「琴絵」の「思い切って」に、
同じものを感じた。
この台詞に、読者は、笑ってはいけないのだろうか。
きわめて特殊な、言葉遣いだと思う。

341 :吾輩は名無しである:04/01/31 00:32
神聖喜劇の映画化って実現したらマジすげーなーとは思うけど、
荒井と澤井ではやっぱ企画違い人選違いという感が否めないよ。
僕が思うに、そのシナリオは三人くらいの人に任せて欲しい。
まず阿部が初稿を執筆する。あの長編を最初に脚本にするには
ある程度、その作品について語るべきことがあった阿部にこそ
相応しい(今回まで未読だった荒井はその時点で候補外)。
そして次に戯曲家でもある作家の横田創が第二稿を受け継ぐ。
これは主に人物の会話に重きを置いて多少の改稿をする。
最後に映画屋の井土紀州が全体を、上映時間を考慮した上、
刈り込んで決定稿にまとめ上げる。但しあれだけの長編なんだ
から、無理して一本にまとめようとはせずに、吉川英治の映画
武蔵シリーズよろしく、バラしても構わないかと。こんな感じ。
で、なんでこの三人かといえば、皆まだ若いから。しかも同世代。
それだけに柔軟性と協調性があるのではないかと。
それから監督については存命中の方々の中では岡本喜八か
森崎東が望ましい。これは映画界で相応のキャリアと傑作を
ものにしているため(特に喜八は軍隊物のエキスパート)。
市川という声も上のレスであったけど、この方の近作はどれも
これも正直つまらん(昔ならともかく)。どら平太とか最悪だ。
まあともかく、若手が書いた脚本とヴェテラン監督の組み合わせ
に妙味があるっていうことです。

んじゃ今回の荒井と澤井は何撮るか。この二人に関して言えば、
女性の生き様を描かせたら(現在は)天下一の腕前なんやから、
蹴りたい背中か蛇にピアスを任せるのが丁度いい。これが最適。

342 :吾輩は名無しである:04/01/31 22:20
やっぱ大前田のイメージって勝なんだな

343 :吾輩は名無しである:04/01/31 22:22
>341馬鹿丸出し

344 :吾輩は名無しである:04/02/01 00:07
>>336
産経に広告が載ったんですか。大笑いですね。かつて「斜断機」欄で山崎乞太郎
に大西を叩かせたくせに、よくもまあ恥ずかしくもなく広告を載せたものです。
ビジネスだから大人の対応をとったのかもしれないが、大西も光文社も「産経の
ようなイエロー邪也ズムには広告は載せません」と拒否すればよかったのに。

ちなみに、山崎乞大郎のところには、光文社が「深淵」を贈呈する訳ないから、
乞太郎は図書館で借りて読むのかな。だって、職無しでビンボーだから、上下
巻で三千六百円もする本は買えないよねw



345 :吾輩は名無しである:04/02/05 10:36
みんな読み込み中?

346 :吾輩は名無しである:04/02/05 14:00
『深淵』どうでした?

347 :吾輩は名無しである:04/02/06 01:53
『標柱』(笠羽映子訳)で、ピエール・ブーレーズは、
作曲法について以下のように言う。
「要するに、多くのことを考える必要があるが、また
恐らく、すべてのことを同時に考えない方がよい。」
「状況に合わせ、そのときの要素をすべて、ただしそれらの
要素だけを考慮に入れて少しずつ見積もり、評価すること、
局限された状況を厳密な共通点によって作品の全体性と関係づけながら
考慮すること、最も効果的な方法は以上のようなものだと思う。
その方法によって、偶発事と瞬間的な逸脱と長期にわたる企てとが
同時に考慮できるからである。」(三四七貢)
 長篇小説の制作にも、類似の点があると思う。
 
『深淵』は実際、おもしろくてタメになる。
「本好き」「読書人」は、プロ・アマを問わず、
この長篇を読むことで、「精神の襟を正」すことができる。
日本語の可能性を見せつけられる感じ。
『世界の中心で、愛をさけぶ』が160万部を突破したらしいけど、
メディアや書評者たちは、今後『深淵』について
積極的に、取材したり書いたりすべき。
ある意味、あらゆる人文業界のビッグ・チャンス。
「このミステリー」がすごいに決まってるんだから!

348 :吾輩は名無しである:04/02/06 14:46
そういえば三位一体の神話って「このミステリーがすごい」にランクインしてたよな。

深淵はエンタメ界からはどう評価されるんだろう?

349 :吾輩は名無しである:04/02/07 05:35
川島雄三がいいな
小沢昭一で

350 :まいぺーす:04/02/07 09:06
 「巨人館」を覗くと、「映画よもやま話」という談話の連載が始まっていて、
びっくりしました。聞き手は、大西赤人氏、23分というヴォリュームのあるもの
です。今回は、『赤西蠣太』についてで、3回目まで予告が載っています。何か、
映画づいている最近ですね。

>>336
 『産経新聞』に『深淵』の広告が載ったのは、いつでしょうか。もしわかるよう
でしたら、教えてください。



351 :大西巨根:04/02/07 10:03
あのう、神聖喜劇って読みやすいですか?
読んだら面白くてあっというまですか?

352 :吾輩は名無しである:04/02/07 20:17
いやそんなことないんで
やめといたほうが身のためですよ。

353 :吾輩は名無しである:04/02/11 01:59
>>345
板全体が荒れ模様に陥ってる期間には、こういう良スレは
閑古鳥が鳴くんですよ。実に興味深い現象。

354 :吾輩は名無しである:04/02/16 03:30
遅ればせながら本日より深淵読み始めますage

355 :吾輩は名無しである:04/02/17 16:22
age

356 :吾輩は名無しである:04/02/17 21:43
深淵について質問があります。

麻田が病院で覚醒したときに記憶があるのは潮風呂旅館

まででした。記憶が抜けいてる部分も妻や兄とそれまで

通りに生活していたと麻田は最初にどうして考えて妻に

助けを求めなかったのでしょうか?


357 :吾輩は名無しである:04/02/17 21:55
くだらんカキコですが
批評空間の天皇と文学のインタビュー読み返してたら
江藤淳には怖いぐらい厳しいですね。よっぽど嫌いなのかと感じました。
あとインタビューの最後はNAM解散に至る柄谷を見事に予言してますね。

358 :吾輩は名無しである:04/02/17 22:31


羽田圭介君17歳の『黒冷水』も読んでね!



359 :吾輩は名無しである:04/02/17 23:52
>>356
なるほどw

俺もそこまでいかなくても、妻は自分を待っていてくれるはずだ、
待っていてほしいってなんで思わないのか、とは思った。
最初からいなくて当たり前、いてビックリってのはちょっとポカーン。

まだ途中だからよくわからんけど。

360 :吾輩は名無しである:04/02/18 00:47
>>359

やっぱりそうですよね。
私は記憶がなくなる直前まで妻といっしょに
生活していたと思うことが普通のはずだと感じました。

それなのに妻が住んでいるアパートの部屋の前で麻田の
ままの姓をみてビクーリするものでしょうか?

そもそも記憶がないのなら記憶があるとことまでの延長
で考えるはずですよね。

361 :吾輩は名無しである:04/02/18 12:48
第一篇「序曲<プレリュード>」第二章「覚醒」冒頭で、
麻田の感じる「不安」が説明され、
第四章「夜思」末尾で、「恐怖」が説明される。

記憶喪失者・麻田は一たび眠りに落ちるものの、
「明朝は、また別の記憶喪失が……」と思い、
「慄然(りつぜん)と目を覚ま」す。(四六貢)
「それは、人が生と存在との深淵に臨んだ際に抱くで
あろうような根源的畏怖であった。」とあります。

麻田は、むやみに行動することのない、
なにごとにもまず理詰めで応じるタイプの人物、として書かれています。

極度の不安や怖れに見舞われたそのような個人が、
なによりもまず状況の把握を、冷静に、しっかりやろうと努めること、
そこに見られる異様なまでの慎重さは、現実的で、
無理はない、と私は思いました。

362 :吾輩は名無しである:04/02/20 01:20
え?

363 :吾輩は名無しである:04/02/20 17:17
単行本にまだ「秋月」ってなってる箇所なかった?
あったはずなんだけど。


364 :まいぺーす:04/02/22 01:56
 2月21日(土)は、HOWS連続講座「大西巨人『神聖喜劇』を読む」の後期第四回目(通算九回目)でした。
ゲストの高和政(コウ・ファジョン)氏の報告のタイトルは、「東堂太郎における〈正しさ〉について」。
『神聖喜劇』を論じるのは初めてとのことですが、東堂太郎の精神を、不条理・不合理を直観的に探り当てる
感性と自己の行動の正当性を客観的に定めていく論理との運動に求め、その二つの側面がイェーリング
『権利としての闘争』の「法感情」と「法意識」とに対応するという指摘は、強い説得力を持っていました。
東堂が感触として掴んでいるものを簡単に名指さないことと無神論的宗教意識との関連づけも興味深く、
高氏の作品理解の緻密さを感じさせるものでした。『神聖喜劇』が優れた作品であることを前提としながら、
高氏は、東堂のジェンダー・バイアスや朝鮮に関する問題意識の稀薄さなどにもあえて言及されました。
これらの問題に関しては、質疑でもいろいろな意見が出され、「コンプレックス脱却の当為」なども含め、
大西文学全体の評価にも話は広がっていきました。現代の文学状況に危機感を持つ高氏の話は、アクチュアリティー
を持ち、ていねいな応答から、生産的な議論が生まれたような印象を持ちました。
 講座も残すところ、あと一回。いよいよ大西巨人の登場ですね。これまでの講座で提出された疑問点や意見を
作者にぶつけ、緊張感のあるやり取りが実現するといいですね。

365 :吾輩は名無しである:04/02/23 01:52
前戯を怠ってはならない

366 :吾輩は名無しである:04/02/25 02:35
なんか言えや

367 :吾輩は名無しである:04/02/25 19:15
河出の文藝別冊『総特集 吉本隆明』に大西巨人の
エッセイが載ってますよー。
その題名は「歳末断想」。かなり短い文章ですけどね。

それから産経新聞2月8日付けの読書欄に『深淵』の
紹介がありました。その執筆者は松本鶴雄という人。
見出しは『失われた「12年間」を探す旅へ』です。
粗筋紹介が主で、結末に「・・・それらを二十世紀で
始まった前衛的な小説技法を駆使して描いている。
人間と時代と文学の危機を鋭くえぐった力作
である。」と締め括られています。こちらも短め文章。

368 :自らレス:04/02/29 03:00
>>363
単行本に添付されている「今月の新刊」っていう栞は、
まだ「秋月」ってなってる。

>>365
ハゲ堂

369 :吾輩は名無しである:04/02/29 09:11
>>365
上巻、p.104 「初手の入念なウォーミング・アップ」?

370 :名無しさん@魚好き:04/02/29 14:15
「前戯」ではなく「前技」と書くべき、ということを
大西巨人がどこかで書いていなかったでしょうか。
(「戯れ」ではないという趣旨で。)

371 :吾輩は名無しである:04/02/29 14:53
長すぎる。短くする能力にかけているね。

372 :吾輩は名無しである:04/03/01 05:16
>>369
なるほど

>>370
二十一世紀前夜祭「年寄りの冷や水」の登場人物の言葉

373 :まいぺーす:04/03/01 15:24
>>367
 ご教示ありがとうございます。近くの本屋で立ち読みしました。吉本の「感性の自殺」
から「また、晩年まで老いずにじりじりとのぼりつめて、ばたりと倒れた大家もいる。たとえば
夏目漱石であり森鴎外である。」という一節を引き(『春秋の花』でも取り上げられていましたね)、
百年後の吉本隆明の手によって、自身がそこに付け加えられることを祈念する内容で、大西らしい
スケールの大きさを感じるものでした。相手を語りつつ、自己をそこに投げ込み、律していこうとする
姿勢にも、独自の味わいがあります。これからしばらくは、いくつかエッセイが楽しめるかもしれませんね。
『早稲田文学』に連載の約束もあるようですし。『産経新聞』の松本鶴雄氏の書評は、今度図書館でチェック
します。

 『週刊読書人』の鎌田哲哉氏のインタビューは、第四部に入っています。『深淵』について、鎌田氏の率直な
疑問や意見が作者にぶつけられていて、読み応えあり。次回以降にも期待です。

374 :吾輩は名無しである:04/03/03 12:18
>>364 連続講座の最終回

参加したいけど、鏡山県なもんで、ちと遠い。
しかし、参加するべく、検討中。
その節は、まいぺーすさんに声かけますんで。

ホームページの「映画よもやま話」おもしろいですね。


375 :吾輩は名無しである:04/03/05 02:39
>>373

「産経新聞」の松本鶴雄氏の書評全文です。

【書評】「深淵」(上・下)大西巨人著

失われた「12年間」を探す旅

 人は昔の出来事などを忘れる。記憶の痕跡すらも残らないことがある。
しかし、大枠の過去の流れや現時点との生活のつながりだけは覚えている。
ところが、それらすべてを忘却したとしたらどうなるか。

 この小説の主人公は十二年間も過去の自分を忘れていた。
主人公・麻田布満(あさだのぶみつ)は二十代の後半のある日、
北九州で不意に記憶を失い、十三年目に今度は北海道の釧路の病院で
十二年間を跳び越して昔の自分に目覚める。
しかし、十二年間の記憶はまったく存在しない(逆行性健忘)。
彼は大学院でドイツ文学を専攻し、東京の出版社に勤務していた。
結婚もしていた。

 その彼がなぜ釧路の病院にいるのか、また、十二年間どこをうろつき、
どんな生活をしていたかの記憶はすべて欠落した状態で十二年前の生活に戻る。
妻や友人たち、親族たちは何とか失われた記憶を
取り戻させようとさまざまな努力をする。
しかし、麻田は十二年間の記憶欠落があっても次第に十三年前の生活に落ち着く。
勤務も日常の人間関係も元のままだ。
彼の親しい友人の冤罪(えんざい)裁判にもかかわり、無罪を勝ちとる。

376 :吾輩は名無しである:04/03/05 02:39
(続き)
 そうこうする内に少しずつ失われた十二年間の生活の記憶の断片が
彼の意識によみがえってくる。
その十二年間のうちのある期間自分が住んでいたと思われる九州に
《自分探し》に出かける。
そこで彼はまた違う冤罪裁判(正しくは人民党のスターリン主義による
えせ冤罪事件)の参考人にさせられる。
それらを通して、この地では主人公は麻田布満でなく、
秋山信馬として、麻田個人の一切の過去や記憶を亡失した
別人格のままに生活していたことがわかる。
愛し合っていた女性もいた。
つまり主人公には二回、逆行性健忘が起こっていたことになる。
麻田は秋山の、秋山は麻田の人格記憶がまったくない。
一人で二つの別人生なのである。

 それらを二十世紀で始まった前衛的な小説技法を駆使して描いている。
人間と時代と文学の危機を鋭くえぐった力作である。

文芸評論家・松本鶴雄(02/08 05:00)

377 :吾輩は名無しである:04/03/05 07:26
著作権侵害

378 :吾輩は名無しである:04/03/06 14:33
20日のHOWS行きます。楽しみです。

379 :吾輩は名無しである:04/03/07 20:46
深淵で一番面白かったところ。

下巻p115

>もう少し、帰宅が、遅かったら、夕食に間に合わなかったのか。

ワロタ

380 :吾輩は名無しである:04/03/07 23:07
>379

大西さんには、点が多い小説とそうでない小説がありまつね。

381 :吾輩は名無しである:04/03/08 01:20
夕食に間に合ってよかった、とか思ったのかなと
考えるとワロタ
そこまで書く大西にもワロタ

382 :吾輩は名無しである:04/03/08 13:08
神戸新聞 3月7日の書評欄に「深淵」登場。
評者は上野昴志。
以上。

383 :まいぺーす:04/03/09 02:07
>>375、376
ご紹介、ご苦労様です。全文引用は、ちと(この言葉を大西巨人は、時々使いますね)
まずかったかもしれません。それにしても、松本氏の文章は、内容紹介に筆を費やしすぎ
ですね。

>>382
ご教示ありがたいです。次に図書館に行ったときに、チェックしたいと思います。上野昂志が
大西巨人のことを語るのは、初めてではないでしょうか。

少し前になりますが、2月29日の『朝日新聞』で、三浦しをんが「〈読書日記〉三四郎はそれから
門を出た」で、伏見憲明『ゲイという体験』と共に「読みでのある作品」として『深淵』を挙げて
いました。三浦は、麻田布満が琴絵との再会の夜に「酒気帯びでセックスすることを自分に禁じて
いたため、わざわざ数時間仮眠を取って、酔いを醒ましてからコトに及ぶ」律儀さなどに爆笑した
ことを記しつつ、「ページをめくる手が止められな」い魅力を持つと同時に、「「人間はどうあるべきか」を
小説という形で徹底的に追究した、まさに「深淵」まで到達した感のあるすごい作品」であると
推奨しています。『神聖喜劇』から始まった三浦の大西評価は、持続的なものとしてあるようです。

384 :まいぺーす:04/03/09 02:28
 石橋正孝「鏡の国の永劫回帰−−『深淵』再読のために−−」(『早稲田文学』29巻2号、2004年3月1日)は、
本格的な作品論。SFの諸作品との比較を行いながら、虚無に対峙するために、過去の「想起」と未来を意識した
「反復」との重ね合せを一つの重要な営為として追究した作品であるという見方を、石橋氏は提出しています。対称的な
人物配置や現実離れした偶然の連続などの特徴を積極的に読み取っているのが興味深かったです。そのような物語の
設定が主人公のためだけに施されているのではないことを説明してもらえると、なおよかったような気がします。
『深淵』の批評もぼつぼつ揃ってきましたね。

>>374
>>378
HOWSの講座でお会いするのを楽しみにしています。

385 :吾輩は名無しである:04/03/09 09:59
日本経済新聞、3月7日付の書評欄で『深淵』が紹介されてました。
筆者は川西正明氏。

386 :385:04/03/09 10:02
川西正明…×
川西政明…○
でした。
ちなみにタイトルは「世界全体に挑戦する『個』」です。

387 :吾輩は名無しである:04/03/09 22:22
『深淵』について。著者インタビュー。

http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/news/20040309_01.htm

388 :吾輩は名無しである:04/03/10 23:30
すいません。
20日の囲む会、何時からか教えていただけませんか?
HOWSに電話した際に聞くのを失念していました。

389 :378:04/03/11 03:56
>>388
実は俺も。HOWSのHPにも書いてないようで。


390 :吾輩は名無しである:04/03/11 07:38
>>388>>389

20日(土)13時〜
『大西巨人さんを囲んで』

東京近郊のシトが羨ましい。

391 :吾輩は名無しである:04/03/11 12:58
ありがと〜

392 :吾輩は名無しである:04/03/15 00:35
『深淵』を、やっと読了。
ホームページに感想を書き込まねば、とは思うものの、
書き出しが、決まらない。
書き出しが決まれば、あとは気ままに書こうと思う。
たぶん、小学生の作文みたいにしかならぬだろうが……。

393 :吾輩は名無しである:04/03/15 14:13
大西赤人と手塚眞はどっちが才能ある2世か?

394 :吾輩は名無しである:04/03/16 17:22
黒澤久雄

395 :吾輩は名無しである:04/03/16 17:43
>>387
この記事、岡山では今日の朝刊に載ってた。

396 :吾輩は名無しである:04/03/20 07:40
深淵やっと読んだーー!
引用されてる文章が架空なのか本物?なのか
ようわからんのがある。これから調べる。

397 :吾輩は名無しである:04/03/21 08:05
マルケスの最高傑作が「予告(せw)された殺人の記録」だというのは
やはり大西さん自身の考えでもあるのでしょうか?

398 :まいぺーす:04/03/22 14:15
 3月20日は、HOWS連続講座「文学・大西巨人『神聖喜劇』を読む」の最終回で、
大西巨人さんを囲む会でした。参加者もいつもの倍ぐらいで、遠方からいらっしゃった
方も何人か見受けられました。大西さん以外に、大西赤人さん、「巨人館」の管理人
鈴木康之さん、鎌田哲哉さん、荒井晴彦さん、澤井信一郎さんらも出席され、大変
ぜいたくな顔ぶれとなりました。
 大西さんは、とてもお元気なご様子で、マイクを使う必要がない明瞭な声で、司会や
会場からの質問に答えていました。当日話題になったことは、@、東堂のナショナリスティックな
傾向について、A、『神聖喜劇』にしばしば指摘される男性性について、B、対馬が舞台に
選ばれていることについて、C、映画化について、D、方言の使用について、E、丸山真男
「超国家主義の論理と心理」の影響について、F、ユーモアの要素について、G、発表当時の
反響について、などがありました。

399 :まいぺーす:04/03/22 14:23
それらの質問に対して、大西さんは、@、東堂の当代の思想において、そういう
要素があることは確かであるが、それは、作品全編を通じて克服されるべきもの
として描かれていること、A、東堂が男性であることを意識することが即女性差別
であると読み取ることは誤りであり、そのような意識は克服されなければならないこと、
B、対馬を選んだのは、戦闘が行われておらず、しかも戦時体制でもある場所であり、
閉ざされた空間であることが小説の舞台として恰好であったこと、しかし、紙幅の都合で
日朝交流の拠点であったことには触れられなかったこと、C、『神聖喜劇』を映画化する
ことは、個人的には無謀の挙だと感じているが(笑)、よほどおかしな作りにならない
限りは、映画スタッフに任せるつもりでいること、(続く)

400 :まいぺーす:04/03/22 14:29
D、『神聖喜劇』以降、方言を使うことが少なくなっているのは、登場人物
たちが知識人層であることが多いためで、特に意識的に方言使用を止めている
のではないこと、E、「責任阻却の論理」における丸山諭との相似は、偶然で
あり、執筆後丸山の書に触れて、感じ入ったということ、F、『神聖喜劇』以降も
ユーモアの要素を作者は追究しており、その要素が乏しいとすれば、それは、作者の
力不足であること、G、光文社の大宣伝によって、相当話題にはなったが、きちんと
した評価がなされたわけでは必ずしもなく、見当違いな取材を受けることもしばしばで
あったこと、などを答えられました。

401 :吾輩は名無しである:04/03/22 14:50
大西巨人とフェミニズム理論の関係について

「五里務」のような作品に見られるように
いろいろとおもしろい事があるのではないか

402 :まいぺーす:04/03/22 18:50
 用事があって外出していたため、書き込みが途中になっていました。400の続きです。
大西さんは、遠慮がちな質問にも明確に答えられて、それが会場の笑いを誘うこともしばしば
でした。当日最も議論となったことは、@の質問から派生した斎藤史の評価をめぐるものでした。
史の右翼的な立場への共感と表現上の冒険とをどのように考えるかということでした。大西さんは、
史や三島由紀夫の表現に非凡なものがあることを認め、そのようなものを引き受けることが文学の
課題であること、しかし、内容と形式、思想と表現とは一致すべきものであるということを述べられ
ました(このあたりのまとめ方は、必ずしも適切ではないかもしれません。参加された方の助言や
修正をいただけるとありがたいです)。大西さんは、問題が簡単ではなく、今のところうまく説明
できないことを、表明されてもいました。そのあたりの率直さが、いかにも『神聖喜劇』の作者
らしかったです。言語芸術ならではの難問をめぐるやりとりは、会終了後の懇談の席でも続きました。

403 :まいぺーす:04/03/22 19:10
 全部で5時間ほどの会でしたが、あっという間の印象でした。鎌田・荒井・澤井
さんたちにも充分にかたっていただきたかったのですが、その時間がなく、残念でした。
なお、席上で告知されていましたが、鎌田さんは、季刊『d/sign』(太田出版)誌で
『神聖喜劇』論を連載中とのことです。大西さんは、『小説トリッパー』最新号で阿部和重
『シンセミア』の書評を発表、『早稲田文学』に短篇小説(仮題『奇妙な入試風景』)を書く
予定もあるそうです。HOWSの講座では、別科の戦後文学ゼミで、5月に『深淵』を
取り上げる予定で、企画を検討しているということでした。講座自体も終わってみるとあっと
言う間で、『神聖喜劇』については、さらに議論を続けていく必要があるでしょう。それでも、
講座がなかなかえがたい機会であり、いい勉強をさせてもらいました。個人的にはずいぶん
理解が深まり、視野が広がったような気がします。

404 :まいぺーす:04/03/24 00:04
 サーバー移転で、えらく下までスレが下がっていたので、ageときます。

>>401
 大西巨人の仕事がフェミニズムの文脈で評価されたのは、ほとんどないようですね。
60年代、既成作家の性に関わる俗見をこれほど厳しく批判した書き手はほかにいない
にもかかわらず、それがきちんと位置づけられていないのは、物足りません。

405 :べとん:04/03/25 01:26
>>まいぺーす様

毎回の「講座」の報告をありがとうございました。
とても有難かったですよ。
最終回も行けませんでしたが、いつかお会いできるでしょう。

406 :まいぺーす:04/04/02 09:08
 すが秀実「〈時評〉タイム・スリップの断崖で/さらに、踏み越えられたエロティシズム
の倫理−−大西巨人の場合」(『en-taxi』第5号、2004年3月27日)は、4ページすべてが
『深淵』に費やされたもの。すが氏は、『深淵』を「今年度随一の傑作」・「大西が性の
作家であることを、読む者に確信せしめる大作」と認定しつつ、「登場人物の階級構成が
基本的に現代のアッパーミドルのみであること」を「惜しむべき限界」と指摘しています。
さらに氏は、『犬を連れた奥さん』の引用が何回も作品に登場することを重視し、「犬または
その飼い主」の書き手麻田布満に対して、麻田琴絵・丹生双葉子ら二人の『犬を連れた奥さん』
の想起者が最後に描かれることに、「二人の女性はすでに鏡像的関係をこえて「群」を形成
しており、主人公にも「牡犬と牝犬の群のよう」な非ペット的獣の関係を求めている」構図を
読み取っています。氏特有の強引さを一方で感じつつ、「決定的に男を批判する女たちの小説」
という指摘には肯かされるものがありました。

>>405
 べとんさん、いつかぜひお会いしたいものです。

407 :吾輩は名無しである:04/04/03 01:32
「映画よもやま話」の小津安二郎編で、小津作品の(特に戦後の・後期の)
登場人物が女中を二人もかかえてたりする「プチブル」であることに、
やや顔をゆがめた大西氏が、自身の作品の登場人物が基本的に
「アッパーミドル」であることを否定的に指摘されるとは……。

なるほど、“おとぎばなし”とは言え、『深淵』が、大衆的な支持を
得るためには、例えば、橋本勇二(家電販売店員)が、もっとクロ
ーズ・アップせられれば、宮部みゆき『火車』や、高村薫『照柿』の
ような味わいが出せたり、したんだろうか?

もちろん、すが氏は、大西氏に、『火車』や『照柿』を書けとは、
言ってないんだろうが……。

408 :吾輩は名無しである:04/04/03 04:28
つうかアッパーミドルなんて言葉を使うこと自体が
プチぶる的だわなw

409 :吾輩は名無しである:04/04/03 20:51
>>407
すが氏のその読み方、著者大西氏の意図とは
全く違うんだろうな。


410 :409:04/04/03 23:11
スマソ、407ではなく、まいぺーすサンの
>407ですた。
アゲときます。

411 :410:04/04/03 23:22
またまた間違い。
406だす。
ホントにすみません。


412 :まいぺーす:04/04/12 22:42
>>382
>>385
 それぞれご教示いただいた、上野昂志・川西政明の『深淵』評を図書館でコピーして
きました。紙幅の制約もあってか、いずれも、内容紹介に重点が置かれていました。上野氏は、
「厳密に鏡像的な構造」を指摘し、麻田の空白の12年間が「第一の人生」以外の何ものでもない
のではないかという難問を前に読者も立ち尽くさざるをえないと述べています。川西氏は、
二つの裁判を通して、麻田が「個を抑圧するこの世界の全体に向って果敢に挑戦しつづけ
個の解放に成功する」物語として『深淵』を捉え、「これは最後の硬派の小説かもしれない。」
という感想を洩らしています。川西氏の評は、好意的なものなのでしょうが、微妙な勘違いが
あるようにも見えます。

>>409
 遅いレスで恐縮です。すが氏の論は、大西氏の意図を超えたものでしょうね。ただし、作者の
意図を裏切ったものでは、必ずしもないのではないでしょうか。

413 :吾輩は名無しである:04/04/13 20:06
現代思想の4月臨時増刊総特集「マルクス」にエッセイ掲載。
しかもその巻頭に。タイトルは「早春断想」。短い文です。
しかしこれって自衛隊イラク派遣に対する婉曲な反対声明か。

今発売中の週刊朝日4/23号のP103に原武史が『深淵』書評。
タイトルは「実在・架空の地名と結ぶ十二年の記憶喪失
主人公の実存と見事に響き合う東西の鉄道」とあります。

あと河出の吉本特集本にエッセイが載ったというのは既出
だけど同時期に出た現代詩手帳の吉本特集本にもエッセイが
載ってたと思う(尤もこちらは再録だったと記憶するが)。

414 :吾輩は名無しである:04/04/13 20:23
「群像」5月号に笠井潔の『深淵』評。

どなたか読んだら、感想をプリーズ。
こちとら、「群像」すら書店でお目にかかれぬ“地方”に住む輩。
図書館にはあるだろうが、滅多に行かぬもので……

415 :吾輩は名無しである:04/04/21 15:45
「大西巨人氏に聞く」29、30回で、鎌田哲哉氏は、作中人物麻田の
居酒屋「のまんか」の思い出し方に疑問を持った、と話す。
「麻田の異和を前提とすると、「のまんか」の思い出し方は、
彼方に薄ぼんやりと思い出される記憶ではなくて、本来は半年前、
半年プラス数日前の出来事を思い出す感覚ではないか、と思うんです。」
そのことに対して、大西氏は「君のような考え方をすると、
人間の自然に反する気がするんだ。」と答える。<29>

マルセル・プルーストの長篇内に、以下の文章がある。

 そしていま、私はあのように相ついだ多くの事件を忘れ、
 その忘却が、空虚ないくつかの空間によって、
 私をそれらの事件からひきはなしたのであった、事件は
 まだごく新しいにもかかわらず、私にはすでに古いもののように
 思われたのは、私が事件を忘れる「時間」なるものを
 もったからなのであった、つまりいま、私に相ついだ事件の
 忘却は、私の記憶のまんなかにーー洋上を被って物体の
 指標点を消しさる濃い霧のようにーーちぎれちぎれに、
 不規則に、立ちふさがっているのであって、そういう状態が、
 時間のなかにおける私の距離感を混乱させ、分裂させ、その距離は
 あちらでは短縮され、こちらではひきのばされているのであり、
 現実に自分がいるよりも、あるときは物体からはるか遠くに、
 あるときは物体からはるか近くにいる、と私に思わせるのであった。
 (井上究一郎訳『失われた時を求めて』9、ちくま文庫、三一八貢)
 
五里霧、霧の松原、カフカ作『城』冒頭、foooooooog!

416 :吾輩は名無しである:04/04/21 15:49
ジル・ドゥルーズとフェリックス・ガタリの共著
『哲学とは何か』に、以下の記述がある。

 体験された知覚の外に出るためには、たんに、古い諸知覚を
 呼び起こすような記憶にたよっても明らかに不十分であり、
 現在を保存するファクターとしてのレミニッセンスを付加するような
 非意志的な記憶にたよってもまた不十分である。記憶というものは、
 芸術にはほとんど介入してこない(プルーストにおいてさえ、そして
 プルーストにおいてはとくにそうである)。……
 〔モニュメントの制作に〕必要になるのは記憶ではない。
 記憶のなかにではなく、語のなかに、音のなかに
 見いだされる複合的なマテリアルが必要になるのだ。  (財津理訳)
 
これは「ひとは世界内に存在するのではない、ひとは世界とともに生成する、
ひとは世界を観照しながら生成する。いっさいは、視<ヴィジオン>であり、
生成である。」とか「芸術家は、見者であり、生成者である。」
とか断言する、著者たち独特の物言いであり、
大西氏が「人間の生というのは記憶であって、
記憶がないということはゼロなんだ。百年生きていたとしても、
もし百年目に記憶がなくなったら、百年生きていたことにならない。
すべてがなくなる。そういう気持ちだよね。」と語る作中人物麻田の認識
と並べて考えることは、不当かもしれない。
作中では見聞きしたものをまとめあげることにのみ尽力する
「ジャーナリスト」タイプの麻田が、いずれ一念発起し、
素材を職人的にシンセサイズする「芸術家」として
小説をcomposeしたら、『深淵』的な作品になる可能性は大いにある。

 ……思いつきで、すいません。

417 :まいぺーす:04/04/23 12:41
>>414
ご教示いただいた『群像』2004年5月号の笠井潔の『深淵』評「解離社会と倫理の
可能性」を図書館でコピーして来ました。笠井は、冒頭梅本克巳を引きながら、ファシズム
の横行する中、マルクス主義者が一方で非業の死を遂げ、他方で全くの無力を強いられると
いう分裂状態に置かれたと述べています。その分裂は、党や指導部を無前提に崇拝する
「倫理の蒙昧な神秘化」やスターリニズムに代表される「パワー・ポリティックス」の横行
のような戦後状況を生み出したものでもある。そのような現実に対する批判の書として、
笠井は、『深淵』を位置づけているようです。「抵抗の倫理は抵抗の技術と不可分である
という大西の確信は、戦後左翼思想が失効し風化した今日、あらためて注目されるべき
だろう。」という指摘は、その通りでしょう。「一九八〇年代のアメリカ、九〇年代の
日本で大流行した記憶喪失ミステリや多重人格ミステリに批判的な立場から、『深淵』
を構想したのかもしれない。」という見方も肯けますが、「ポストモダン社会の病理
ともいえる解離は、固有の倫理問題を提起している。」という笠井の判断は、必ずしも
『深淵』の作品世界と直結しないようにも感じました。2ページの短文だけに、説明が
省略されているところもあるのでしょうが。

418 :吾輩は名無しである:04/04/24 01:03
417
ありがとうございます。

『春秋の花・増補』が、更新せられております。

壇一雄は、ずいぶん以前に読んだ『花かたみ』が、良かったなあ。
晩年は、福岡・能古島《のこのしま》に住んでたな。

娘の壇ふみは、むかしNHKで放送された、ラフカディオ・ハーンを描いた
『日本の面影』(山田太一脚本)で、ジョージ・チャキリス演じる
小泉八雲の妻・節子役がとても良かった。ジョージ・チャキリスも
良かった。最近のドラマは面白いのないけど…あれは良かった。

419 :吾輩は名無しである:04/04/24 01:16
週間読書人の連載インタビュー「吉本隆明が語る戦後55年」を本で読み返していたら、
「進歩的な文学の亜流俗流に属していて、しかも「近代文学」の同人になった人で、大西巨人
という人がいます。」という言い方があり、そのまま続けて、『神聖喜劇』を肯定している。
もちろん、「」部分何度反芻しても、いまだに意味がわからないでいる。もしかすると、誤植を
疑ったりもしたが、そうでもなさそうだ。大西氏が、吉本氏は「腑に落ちない」ところがある、
といったのは、もしやこの一節のことか、とも思ったりもした。
吉本スレよりこちらのほうが参加者、参考意見を言えそうな人が多そうなので、書きました。
どうなんでしょう。どう思いますか?


420 :吾輩は名無しである:04/04/24 02:25
「亜流俗流」が、「異端すなわち正統」(大西)とかだと、
いけるかもしれない。
……「異端すなわち正統」でしたっけ?

421 :419:04/04/24 02:33
>>420
ああそういう、誤植とか、録音の書き間違えの可能性だよねぇ。とにかく語法として納得いく言葉づかいじゃないんだよなぁ。
「亜流俗流」なんて用例は他の著者を捜したってないわけでしょう、これは。

422 :419:04/04/24 03:00
念のために、いっておきます。420のかたが、誤植という意見ではないのは、わかっています。
語法的に「いったいぜんたいこれはなんなのか?」と思いましてね。
「亜流」を、本流ではない、(支流)という意味でいっているなら、多少わかる。
謎は「俗流」なのだが、もしかすると、吉本は大西巨人がカッパブックスでよく出版されていること

も考慮して、大衆娯楽を目途とした作品を書いている作家、そんなふうに書かれた作品である、とで
とでも考えて「俗流」としたのかねぇ?
そう思うとカッパブックス効果もあり、としていったい大西作品って実数どれだけ購入されたんでしょうね。
世田谷の経堂駅前の某中程度規模の書店には神聖喜劇の今時発行分は配刊されなかったんですよ。
光文社に問い合わせたら、発行数が少ないからだ、といっていたんだよねぇ。
それとも、カッパブックス刊行時は川崎長太郎とか夫馬基彦いったような典型的な純文学雑誌に載る人よりは
画然と対象が「娯楽を求める読者向け」という意味なのかなぁ?「俗流」というのは。


423 :吾輩は名無しである:04/04/24 10:43
>422

「カッパ・ブックス」じゃないよ〜〜〜〜〜
「カッパ・ノベルス」だよ〜〜〜〜〜〜〜〜

世の中には、「カッパ・ノベルス」マニヤだっているんだよ〜〜〜〜

しかし、なんで「カッパ」は大西贔屓なんだろう?????
うー、わからん。

大西巨人は松本清張か?
大西巨人は森村誠一か?


424 :419:04/04/24 15:05
 大西巨人自身も積極的に肯定しているように、典型的には勧善懲悪小説というのは、私小説や観念小説
とはちがって「他者にわかる」ことを指向している。大西氏の作品の基本スタンスがこれだから「俗流」
といったのかなぁ、とだんだんに思えてきた。(五里霧)のような例外はあるにしても。
(古井由吉なんかが対極的な作法)
ところで、大西氏は推理小説の結構で書こうと思い始めたきっかけはなんだったんだろうな。
光文社の編集者は神聖喜劇の「新日本文学」初出時に、あっ、これは推理小説の分野のものだ、と自分で
思ったのかなぁ?それでつきあいが始まった、てこと?


425 :吾輩は名無しである:04/04/24 15:14
新日文と関係の深い左翼の編集者がいたってのが単純な推測だが

426 :吾輩は名無しである:04/04/24 17:56
「俗情との結託」を拒絶する人に、「俗流」か。

微妙に面白いな。

「神聖喜劇」の中で、東堂は村崎に塩垂れるでしょ。
あの作品は、なんか所謂「下層庶民」みたいな人には、点が甘すぎるような気もする。

とりとめのない連想です。

427 :吾輩は名無しである:04/04/24 21:07
「俗情」というのは明らかに否定的な意味のことばなんだが、習俗、風俗小説、風俗画
ということばがあるように、「俗」流、必ずしも、否定的意味をこめているとはいえない。が、大い
に思い違いしやすいことばであり、聞き慣れない用例でもある。

428 :吾輩は名無しである:04/04/30 23:25
『神聖喜劇』(全5巻)80年光文社刊 7月第4刷を
430円×5で入手。
まったく綺麗な状態で、読まれた形跡なし。
この「ほんだらけ」という古本屋では、以前、
『兵士の物語』も430円で購入したのだった。

価値のわからぬ本は、430円らしい。

429 :吾輩は名無しである:04/04/30 23:54
オレ、戦争と性と革命は持ってるよ

430 :吾輩は名無しである:04/05/01 23:04
2004年3月に、巨人先生、鏡山県に里帰りされていたんだなぁ。
20数年ぶりに。「卓話会」なる催しもあったらしい。
知らなかったから、行けなかった。まことに遺憾である。
残念至極。

431 :まいぺーす:04/05/02 12:09
>>430

ttp://www.rc.kyushu-u.ac.jp/~hanada/tengudo6.html

九州大学の花田俊典氏は、その「卓話会」に参加されたようですね。天狗堂日誌の
2004年3月6日の記述を参照してください。僕も、大西巨人の参加するイベントを
何度も逃して、悔しい思いをしています。そのあたりの情報も、この場所を通じて
交換できるといいですね。

432 :べとん:04/05/03 09:27
>>431まいぺーすさん
杉山武子さんのHPの連載エッセイ『僕らはみんな生きている!』に、
「卓話会」のくわしい報告を見つけました。
とても良い雰囲気だったことが伝わってきます。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~takeko/index.html


433 :吾輩は名無しである:04/05/05 17:15
「五里霧」、ワゴンセールの山の中で50円で転がっていました。それも帯付きの
美本で。ホント、いい買い物をしました。



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