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【アンファン】カポーティを語る【テリブル】

1 :吾輩は名無しである:02/06/08 19:37
いろんな作家の本を読みましたが
トルーマン・カポーティという人の作品だけはすごいです
なんかこんなの俺にも書けそうっていう気がする小説は多いですが
この人のはちがいます
しかも大江やドストエフスキーみたく難解でもない
軽やかで詩的
夢のような小説です

そろそろ本物の小説について語りませんか?

2 :吾輩は名無しである:02/06/08 19:38
もてなし

3 :吾輩は名無しである :02/06/08 19:40
短編いいね。

4 :吾輩は名無しである:02/06/08 19:42
好きな作品は?

1.誕生日の子どもたち
2.ミリアム
3.草の竪琴

番外.冷血

5 :吾輩は名無しである:02/06/09 09:22
アメリカ文学ばんざい
カポーティ、フィッツジェラルド、ヘミングウェイ…


6 :吾輩は名無しである:02/06/09 10:00
アメリカ南部文学ばんざい
カポーティ、フォークナー、オコナー、マッカラーズ…

7 :吾輩は名無しである:02/06/09 22:36
イノセンスと死について
スタンドバイー、誕生日の子どもたち、etc・・・

8 :吾輩は名無しである:02/06/09 22:45
なんか学歴について語ってる板があったけど
カポーティも全然学歴なんてないよ


9 :吾輩は名無しである:02/06/10 07:01
>>4
草の竪琴好き
自分の幼児期の憧憬を前面に出してる
奴の方が好き。冷血は正直、つまんなかった。
猫がトラックの前のところに手を突っ込んで虫
をとってるシーンは良かった。

10 :吾輩は名無しである:02/06/10 09:23
アンファン・寺坊

11 :吾輩は名無しである:02/06/10 11:27
野坂昭如訳の「カメレオンのための音楽」(絶版)
に入ってる「うつくしい子供」という短編が好きです。
死ぬ前のマリリン・モンローについて書いた文章ですごく、切ない。
ちなみにこの本
ハヤカワepi文庫の今後の発売予定に含まれていたのに
一向に出していただける気配がありません。
どうなったのかなー。

12 :吾輩は名無しである:02/06/10 21:11
オレは引き算はできるけど、
カポーティみたいな文章はとても書けないな。

13 :吾輩は名無しである:02/06/10 23:12
野坂昭如訳「カメレオンのための音楽」(絶版)6月下旬発売予定です


14 :吾輩は名無しである:02/06/10 23:13
まじで?

15 :吾輩は名無しである:02/06/10 23:25
高校中退だけど、知能テストでは天才の折り紙を貼られたらしい。
まあ所詮お前等とは次元が違うのよ。
学歴ないからって喜ばないように。

16 :吾輩は名無しである:02/06/10 23:27
(´∀`)オマエモナー

17 :吾輩は名無しである:02/06/10 23:40
残念ながらオレは麻薬常用者でもアル中でもホモでもない。
当然天才でもない。


18 :吾輩は名無しである:02/06/11 23:36
野坂昭如の訳ってどうなんだろう?(早川からハードカバーで昔出た版って、結構みつからない。)
カポーティの場合、ペーパーバックでほとんどのタイトルが入手可能だし、
龍口直太郎訳も単純に古臭いって印象だし、頑張って原文にあたるだけの値打ちもあるし。

・・・・で、苦闘して『叶えられた祈り』をどうにか読み終えた頃に川本訳が出たりする。
日本語版はせめて注釈(っつうか、セレブリティの固有名の解説)を詳しく入れて欲しかった。

19 :吾輩は名無しである:02/06/12 00:50
「冷血」好きなんだけどな・・・。
私はそれ以外の作品を一時まとめて読んで、時間的に間をおいて
「冷血」読んだから、凄いと思った。
まあ、あれは別の作家の作品だと考えればいいんじゃないんでしょうかね。


20 :吾輩は名無しである:02/06/12 01:37
カポーティいいYO!

21 :吾輩は名無しである:02/06/12 02:34
「クリスマスの思い出」や「ティファニーで朝食を」(俺はいまだにホリー・ゴラ
イトリーが好きだ!)も良いが「遠い声 遠い部屋」がベストだろ。どうせアメ公
の小説だからと思って読んだら、なんか滅茶苦茶なまめかしいんだよな。逆に「冷
血」はおもしろくないこともないが、どうでもよいような気もした。
もうすぐリストラだから、まとめて読み直してみるか。でもカポーティやフィッツジェラルド
が好きだと言うと村上春樹の影響だろうと思われるのは嫌だ。実はそうなんだけど。

22 :吾輩は名無しである:02/06/12 02:53
無頭の鷹

23 :sage:02/06/12 05:38
冷血も短編と同じくらい詩的だと思う。あれが他の作品と違うとは思えない。
「題材」の点で詩的じゃないと感じているだけじゃないのか?

24 :吾輩は名無しである:02/06/12 07:19
ワシも村上春樹の影響で読み出した
ビーチボーイズもそれ

25 :吾輩は名無しである :02/06/12 10:22
車が故障して土人(わっ!)に囲まれる…って短編、
カポーティじゃなかったかな。
タイトルがどうしても思い出せなくて気持ち悪い。

26 :吾輩は名無しである:02/06/12 20:11
>>21
同意。主題的にもいちばん読み応えがある。
ちなみに、俺は春樹ほとんど読んだことナイ。

27 :吾輩は名無しである:02/06/12 20:54
ちきしょう>>21に言いたいこと全て言われた
こんなに好きなのに

28 :吾輩は名無しである:02/06/13 02:56
俺は冷血好き
克明に、淡々と描いてるのに最高に緊迫感がある
カポーティにしか生み出せなかった世界に類をみない特殊な一冊
三章めのペリーの告白シーンは読むのをやめられないぐらいすさまじい

29 :吾輩は名無しである:02/06/13 22:49
イノセンスを売りものにしていない時期のカポーティはどうですか?
わたしがひとつあげるとすると、短いものなんですが、
何故か、コレット会見記を思い出す

30 :吾輩は名無しである:02/06/14 01:08
カポーティはヨーロッパ文学的と言われてるんだろ。アメリカというより。
それと太宰治が好きだったんだろ?
底に潜む孤児的な感情が合ったんだろうか。

31 :吾輩は名無しである:02/06/14 15:04
>>24
実は僕もそうなんですといってみるテヌト

でも、音楽の趣味が10台から30台にかけてJPOP→洋ロック→JAZZ
とか変わってくやつと一緒にされるといやだな。
村上春樹も個人的には結構好きだし、
あんな恥ずかしいもの読んでる時代もあったなーなんて思わないし

32 :吾輩は名無しである:02/06/15 01:39
フォークナーの『八月の光』と『冷血』が似てると思ったのは、折れだけっすか?

33 :吾輩は名無しである:02/06/15 15:12
最初に読むならティファニーがいいよ

34 :吾輩は名無しである:02/06/15 15:23
>>32
おまえだけ。

35 :吾輩は名無しである:02/06/15 15:56
「冷血」は凄い。まず、あの文体を発明しただけでも圧倒的な才能だと思う。
淡々として文章を積み上げて行きながら、ぐいぐいと読者を引っ張って行く。
「冷血」は何度も読み返したが、他の作品読んだ事ないんだよな。

探したら「ティファニー」「花の家」「ダイアモンドギター」「クリスマスメモリ」と
4編収録した本が出てきた。今晩はこれを読もうか・・・

36 :吾輩は名無しである:02/06/15 16:20
まず冷血を読んでスゴいと思っちゃう奴は
その後にカポーティのほかの作品を読んでもイイとは思わないだろうね。
まあ、読んでみ。

37 :吾輩は名無しである:02/06/15 17:23

とりあえず、死ね。

38 :吾輩は名無しである:02/06/15 17:29
>>32
言わんとしていることは分かる。

カポウティって自分が何歳の時にどうのような小説を書くのかという事を
予め計画しておいて、実際その通り成し遂げたんだってね。

39 :吾輩は名無しである:02/06/15 17:52
>>37
え? なんで怒ってんの?
ホントだよ、冷血とそれ以外の作品はざっくりとわかれてる。
どっちがイイとか悪いとかじゃない。冷血マンセーの人は、
草の竪琴や遠い声、遠い部屋の良さがわからないというのが多い。
どっちもイイね、っていうのはホント少ない。このスレ見てもわかるだろ。

40 :吾輩は名無しである:02/06/15 17:55
>>39
37ではないが、
自分の狭隘な経験の中でコネ回したチンケな私見を
さも決定的常識であるかのように語るな。
この板に来るのは厨房ばかりじゃないぞ(藁

41 :吾輩は名無しである:02/06/15 17:58
まあ、35の結果待ちだな。
いまいちだなーって、35が言ったら、
>>37>>40が死ぬということで。

42 :吾輩は名無しである:02/06/15 18:03
煽りにマジレスする39が厨房なら、それにさらにレスを重ねる
40はもっと厨房だろう。しょうもない不毛な言い争いだな。
ったく、どこが厨房ばかりじゃないんだか……

43 :吾輩は名無しである:02/06/15 18:27
アメリカ文学の評論って青山南くらいしか読んだことないんだけど、
冷血っていう題名はさ、coldbloodedlyに書くぞ!っていう意味
でしょ?

44 :吾輩は名無しである:02/06/15 18:30
カポーティーってどこ系の人なの?
Capoteなんて変な名前。ラテン系だろうけど、知らなかったら
カポーティーなんて、おれは読めないぞ。

45 :吾輩は名無しである:02/06/15 18:31
冷越豪なら知ってるよ。

46 :吾輩は名無しである:02/06/15 18:36
おれの持ってる「冷血」の表紙は、ダブルのコート姿で
サングラスのカポーティーが傲然とした表情で左前方に視線を向けている。
顎が強そうだ。コートの下は良く見えないけどノータイでワイシャツに
セーターではないか?かっこいいなー。だいぶはげてるけど。

47 :吾輩は名無しである:02/06/15 19:12
>>35
>「冷血」は凄い。まず、あの文体を発明しただけでも圧倒的な才能だと思う。

君は原書で読んでそう言ってるわけ?

48 :吾輩は名無しである:02/06/15 19:26
もしかすると『冷血』という作品はその後のノンフィクションに影響を与えた
という意味で凄いのかしら?よくわからんけど。

49 :吾輩は名無しである:02/06/15 19:49
>>44
もともとは「トルーマン・パーソンズ」っていったんだけど
その後母親に引き取られた後に
彼女が再婚した相手がカポーティっていったらしい
カポーティはスペイン系の名前「カポテ」からきてるらしいよ

50 :吾輩は名無しである:02/06/15 19:52
>>48
村上春樹はアレ(冷血)に影響を受けて
「アンダーグラウンド」を書いたんだと思う
日本では弁護士や家族以外は犯罪者に直に接見できないから
冷血のような優れた作品は永遠に生まれない
って何かのインタビューで答えてた

51 :吾輩は名無しである:02/06/15 20:09
…なんだ、カポーティというからixionでも来てるかと思ったら・・・
・・はぁ〜、だ〜めだこりゃ。覗いて損した(藁


52 :35:02/06/15 20:58
>>47
あたりまえでしょ。原書で読まなかったら「冷血」なんていう
文体で読ませる作品、評価できんがな。

どうでもいいけどね。原書で読むことに距離をおくのはやめな。
きみたちは日本語で読むのがふつうだと思ってるかもしれないけど
今、翻訳小説が売れない理由の一つはみんな原書を安く買えるように
なったからなんだよ。


53 :吾輩は名無しである:02/06/15 21:04
とろいやつらばかりのすれおいおいおまえらほんとにカポーティよんだことある
のかよかみさんとせっくすでもしてしねや。

54 :吾輩は名無しである:02/06/15 21:28
なんだかんだ言って51がいちばんダメなんだけどね。

55 :吾輩は名無しである:02/06/15 22:25
>>51=ixion

56 :吾輩は名無しである:02/06/15 22:29
>>51
おまえがカポーティについて何か書けよ、拙くてもいいからさ。
それにその書込はある意味ixionを侮辱しているといえなくもない。

57 :吾輩は名無しである:02/06/15 22:44
ixionって誰?

58 :吾輩は名無しである:02/06/15 23:09
>>52
今時誰も距離置かないっつーの。
英語で読むぐらいみんなやってるって。

59 :吾輩は名無しである:02/06/15 23:11
英語で読むと日本語で読むときの五倍ほどの時間がかかる。

60 :吾輩は名無しである:02/06/15 23:29
俺も原文でスラスラ読めればいいな とは思うが
無理っす。
ちなみに俺の英語力はTOEICで725点。
平均より上だとは思ってるんすけど・・・

61 :吾輩は名無しである:02/06/16 05:21
>>47
ハイハイ。文学部で読まされただけのやつはすっこんでろよ。
翻訳された文学は・・・スレ逝ってこいや。アドレス忘れたけど。

62 :吾輩は名無しである:02/06/16 05:24
>>50
「まぁなんかノーベル賞とるためには社会派の作品必要らしいよ」

63 :吾輩は名無しである:02/06/16 07:52
ところで、『名探偵登場』って映画、見たことある? 1976年。ニール・サイモン脚本。

64 :吾輩は名無しである:02/06/16 11:45
見た。たしかコロンボまででてきた。

65 :吾輩は名無しである:02/06/16 11:56
>>61
プッ。
ムキになってる(藁

66 :吾輩は名無しである:02/06/16 18:06
…なんだ、カポーティというからixionでも来てるかと思ったら・・・
・・はぁ〜、だ〜めだこりゃ。覗いて損した(藁


67 :吾輩は名無しである:02/06/16 22:11
>>51
いちいち書きこんじゃってるくせにw
おまえのレスがイチバンいやみったらしくてスレ汚し。

68 :吾輩は名無しである:02/06/16 23:35
『名探偵登場』富豪役でカポーティが出てくるんだね、たしか。
吹き替えでしか見たことない。肉声はやっぱカン高いのかな?


69 :吾輩は名無しである:02/06/20 21:13
 「カメレオンのための音楽」10年ほど前に一度読んだきりだが、
今ごろになってすばらしく美しい音楽がながれていたことに気づくよ。
カボーティは天才だよ。俺のカンではやつの正体はポー、ビアス、と
リインカーネーションしてきた魂だ。そして、どこへ行ったやら。
誰に生まれ変わっているやら。

70 :吾輩は名無しである:02/06/21 00:07
伝記がいくつか出てるけど、どうですか

71 :吾輩は名無しである:02/06/21 01:36
何を書くかがよく取りざたされる国語教育ですが
彼は言ったそうです
「何を書くかではなく、いかに書くかだ」


72 :吾輩は名無しである:02/06/21 15:21
>>65
図星lol

73 :吾輩は名無しである:02/07/07 01:40
age

74 :吾輩は名無しである:02/07/11 21:25
作家スレあげてけ!

75 :吾輩は名無しである:02/07/20 21:23
>69
私も「カメレオンのための音楽」が一番好きです。
代表作として挙がることはないけれど、
この人のいいところが全部出て、成熟しきった作品だと思う。


76 :吾輩は名無しである:02/07/31 00:46
「野坂昭如訳「カメレオンのための音楽」(絶版)6月下旬発売予定です」
と、「ダ・ヴィンチ」の文庫新刊紹介を真に受けて書き込んだ者ですが、
ガセ情報を書き込んだことをお詫びいたします。

最近、野坂の旧作がぽつぽつ出てるし(『文壇』みたいな新作も出てるけど)野坂つながりで本当に出ないかな。
でもその翻訳は、誰かの下訳の文章を、野坂が原文を見ずにホテルで缶詰になって、
3日くらいでやっつけたものと思われ、カポーティとはまったく別の何かでしょうね。

それはそれとして、出ないかな、epi文庫。

77 :吾輩は名無しである:02/08/11 17:50
ホントだよ、Epi文庫…
いつになったら出すんだか…ずっとそればっかり待ってるのに

78 :( oдo)コレァ(代)タイチョウ ◆unkoBUPA :02/08/12 02:58
ホシュ

79 :吾輩は名無しである:02/08/17 03:09
Capote's Bell

80 :吾輩は名無しである:02/08/25 06:18
文庫のカポーティ短篇集面白いのー。

81 :sage:02/08/25 08:39
「誕生日の子どもたち」「草の竪琴」「ティファニーで朝食を」
みたいに、書き出しで追憶が始まり、書き終わると同時に思い出が
閉じられる作品は、いいと思う。
余り話題にならないが、「犬は吠える」に集められたものもいい。
何よりタイトルが、(カポーティの言葉を信じるなら)ジイドの名言。

82 :吾輩は名無しである:02/08/25 09:02
カポーティはジイド好きだたか? 影響受けただか?

83 :吾輩は名無しである:02/08/31 16:45
age

84 :吾輩は名無しである:02/09/04 13:42
わが家は花ざかりがいいYO!

85 :吾輩は名無しである:02/09/13 22:43
保全age


86 :吾輩は名無しである:02/09/14 19:14
ワシも「カメレオン」好き。これでモンロー好きになった。
陳腐な言い方ですが、どんな人生も個人的なものだということが
とてもよくわかる短編だった。
野坂訳、会話や地の文に、翻訳当時流行っていたような
やんちゃ文体が混じってて、楽しいです。

87 :吾輩は名無しである:02/09/20 00:00
もてなし

88 :マダムB:02/09/26 20:43
スルーしてもよかったのだけど、やはり気になった。
『冷血』の特別扱いについてなんだけれど…そうかな?

あの立て続けの殺人事件で、犯人が何でそんなことをしでかす破目に
至ったのか。カポーティが片方の犯人ペリーの衝動に深く同情し共感して、
それらが全編を貫いている点が私には深く印象に残っている。
『冷血』の成功のあと、カポーティはセレブとして揺ぎない地位を
築いたと思ったはず。しかし、『叶えられた祈り』でセレブ仲間の
スキャンダルを取り扱ったため、「南部出の田舎者ごときが」と
社交界からシャットアウトされ、結果自身を死に追いやった。
『クリスマスの思い出』や『草の竪琴』ほか貧しくとも幸せだった
少年時代が書かれているが、生れや育ちにコンプレックスを持っていた
ことを考えれば、この事件の犯人たちへの執拗なこだわりは、
カポーティの存在の底にあるものにつながっている気がする。

どこかでのんびりBBSに書き込みしている人もいれば(自嘲だよ)、
その代償を払うかのようにムゴい目に遭っている人も同時にいるわけで、
人間社会全体の善悪のバランスとも言うべきものがそのようにして
保たれている気が私にはしてならない。
そんな思いをカポーティも持っていやしなかっただろうか。

破滅に至る衝動を掻き立てるものとしてカポーティは酒に溺れたが、
犯人ペリーには殺人が待っていた。
結局、カポーティという作家は、幸福にも不幸にも、自分の幼年・
少年時代から逃れられない人だったのだと思う。
その意味で、むしろ異質なのは、プルーストのように「社会」を
書こうと目論見た『叶えられた祈り』の方なのかな?



89 :吾輩は名無しである:02/09/26 21:10
今度は、コピペ荒らしを始めたみたいだねえ。
こいつは本当に腐った女だ。

90 :ixion:02/09/27 07:50
>破滅に至る衝動を掻き立てるものとしてカポーティは酒に溺れたが、
>犯人ペリーには殺人が待っていた。
>結局、カポーティという作家は、幸福にも不幸にも、自分の幼年・
>少年時代から逃れられない人だったのだと思う。
>その意味で、むしろ異質なのは、プルーストのように「社会」を
>書こうと目論見た『叶えられた祈り』の方なのかな?

えー、これ同意できません。よくカポーティの昼と夜の作品を挙げて、また
『冷血』のペリーとの「同化」を挙げて、カポーティがある幼年時代の
イノセンスの自縛から逃れられなかった、なんていう人がいますが、そんな
にベッタリ自分の過去に囚われているなら、ああいう音や単語の連結、そして
文体の面から計算された散文にはならなかったはずです。カポーティの
人生は当然、作品には反映されますが、その反映の度合いを読み込みすぎる
のは良くない。あたしゃテクスト論なんぞは糞食らえと最近思ってますが、
だからと言って、作品から作家の人生をさかのぼるのは、やはり不完全な
論にしかなりえないとも思う。

また、叶えられた祈りは全く「異質」ではありません。かれのスケッチ群、
また『詩神の声聞こゆ』「お山の大将」などを読めば分かります。

91 :マダムB:02/09/27 09:19
>人生は当然、作品には反映されますが、その反映の度合いを読み込みすぎる
のは良くない。

イノセンスに「自縛」…とまでは言わないけれど、確かに「読み込みすぎ」
というか「のめり込みすぎ」は私のカポーティを読む上での悪い癖です。
最近、男の子を育てているし、今に比べると自分の幼年時代・少女期が
妙に豊か(大人たちから分け与えられる愛情、自然環境、非管理社会)
だった気がして、ふとした一語一句が異常に響いてしまうんですよね。
自分のそのようなコンディションに加え、男性にはいつまでも
そういうものを抱えたままいてほしいというか、抱えて捨てられない
ような不器用さが好きというか…、どうもそっちの方が強いかもしれない。
安易だけれど「母性」ってやつかなあ。
確かにご指摘の通り、論として書き出すには冷静さを欠きました。スマソ。

それにしても、『叶えられた祈り』は完成作を読んでみたかった。
完成したものがアメリカ文学を代表する何本かに入るかどうかは、あれ
だけでは判断がつかないけれど、またあの時代の都市につどうセレブ
たちを書くことで、どれだけアメリカが描けたかは私にはまるで判断が
つきませんが、プルーストに挑もうという気概が放っておけない。


92 :吾輩は名無しである:02/10/03 16:41
いやあ幼年時代から結局逃れられてないでしょ。
カポーティがベーブ・ペイリーやレディ・スリム・キース、リー・ラジウィルと
付き合ったのも、おかさんの幻影を求めてって部分が多分にあると思うし。
華やかで美しい女が好きだけれど、彼女達とセックスは出来ないので
親友になることによって、ピグマリオン的な嗜好を満足させるという
なんともSMチックな行為。リーを一流女優にしよう、と目論む辺りなんかいかにも。
んで、彼女らを観察して哄笑するような作品書いて、プルースト目指すってのも
自分の過去に対する軽い復讐みたいなもんが含まれてるというかね。

93 :吾輩は名無しである:02/10/03 17:48
マダムBってのは長文がいささか過ぎるようだ。

94 :吾輩は名無しである:02/10/03 20:07
>>90>>91は両方とも同じくらいの長さじゃん。
ま、どうでもくだらないことで突っ込みなさんな。

95 :ixion:02/10/03 23:16
いや、伝記からじゃなくて、作品からその事実に「遡行」できるかい?>92

96 :92:02/10/04 13:25
>>95
「叶えられた祈り」はかなりそういう部分が入ってると思う。
あれに関しては、ネタ元もかなりはっきりしてるから、小説なんだけど
自ずとカポーティの交流や生き方に関わってくる部分が多くない?

「遠い声、遠い部屋」もそうだけど、作品と人生が分かちがたく
混ざり合っているもの、に関しては厳密に分けられないのでは。

97 :ixion:02/10/04 23:36
YMCA暮らしのP・B・ジョーンズとカポーティを重ね合わせて、さらにセレブの
暮らしを描くところから、「カポーティの交流」に作品が関わっているのは認める。
でも、それがカポーティの人生を解釈し、彼の生き方を解釈する「手がかり」の
ように扱われるのはどうなんだろう、ってのが俺の意見。

大江の『憂い顔の童子』でも、作品から作家の人生を勝手に読み込み「偽作」を
作り上げてしまう加藤典洋らの批評家を、古義人が「クソどもが」と言い捨てる
部分があるが、そういう人生への遡行は、作家の側としては腹を立てたくなるもの
ではないだろうか。

特に、カポーティの場合には、彼は題材はあくまで題材として、そこから作品を
いかに「織り上げるか」に苦心した人だから、ゴシップ的な読みをされることは
不本意なのでは(分からんけど)。だからこそ、「叶えられた祈り」の雑誌掲載
に対する周囲の反応が、作家として理解できなかったのだろうし。

98 :横レスっす:02/10/05 18:01
>テクスト論なんぞは糞食え
ちょっとびっくりしましたw。たとえに問題があるかもしれないけど
「鳥」は石ころを飲み込むんですよ。そうじゃないと食べたものが
消化しきれない。
石ころっていうのがテクスト論とか批評論だと思うんです(自伝も)。鳥はもともと
歯なんてないっすし絶対に必要なんです。ただ多すぎるとそれだけで
胃袋が満たされてしまって今度は食欲の邪魔になりますが。
テクスト論は「糞」ではなく「石」にしておいてくださいましw

では失礼、、、


99 :吾輩は名無しである:02/10/05 18:17
>>98
批評論ってのがよくわかんないけど、テクスト論なら、たしか破綻しましたよ?

100 :吾輩は名無しである:02/10/05 19:45
批評論は文学批評です。。。
テクスト論が破綻ってどういうこと?

101 :100:02/10/05 19:48
忘れてた、100げと〜っw
>99
申し訳ないですが簡単に厨でもわかるようにお願いっす
文学批評じゃなく作品論つーことで(汗

102 :100:02/10/05 20:15
たびたびスマソ
破綻って解体が終了したってことですか?
制度的に見なくなったってこと?
もしそうならそれは一つの考え方であってどちらかに拠るような
「破綻」という言葉はおかしいし、言葉が足りないと思う
ふたたび書くけど、厨でもわかるように書いて
(って書き逃げするヤシ多いからなぁ、、、期待はしないが希望を
持って待ってるよ)

103 :ixion:02/10/06 06:49
>>98
テクスト論の最近の展開は知らんけど(最近は小説読みに集中してるし)、テクスト論
が作品消化のベースになりうる、という考え方は分からないでもない。

しかし、本当に作品を読む際に「必要」なものはテクスト「論」なのだろうか。

テクスト論について一般に考えられる定義は、作者という権力(author/ity)のテクスト
一元支配や、その人生・思想をテクストから読み込むことから脱して、作者に死を
迎えさせ、また「書き手/書くこと」という概念に焦点を置き、テクスト自体へと
回帰/平面化する、といったものであろう。ixionがカポーティの人生への読み込みを
否定するような主張をしているのは、一見このテクスト論に寄り添っているように
思える。

しかし、テクスト論の「いかようにも読めること」への限りなき許容は、逆に
自ら決定したもの(読解の成立=新たな一元的権威づけ)を次の瞬間には突き
崩さねばならない(多元への逃避)という「果てしないあいまいさ」しか生み
出さない。宮川淳が語るように言えば、対象から切り離された無限のイマージュ
は、鏡の上を滑り続ける、といった感じであろうが、ではテクスト論が読者論
であってもいいはずなのに、なぜテクスト論は書かれたものに集中し、読む行為
を正確に分析しないのであろうか。もちろん、読者の視点を想定してテクスト論
を行う論者もいるが、その想定はあたかも万能の読者を思い描いているようで
あり、カッコ付きの「読者」は読み落としや読書行為からの脱落、個人的な
記憶や経験に基づく曲解を許されていない、いやむしろ分析しえないよう
なのだ。The Reader in the Text:Princeton Univ. Pressや、トドロフ、イーザー、ブース、エーコらの読者論などを参照すると、確かに「読者の歪み」は指摘されるが、
それを明確に規定できないのは、結局読書が個人的であり、またその個人それぞれの
経験により形成されることしかありえないからではないか。

104 :ixion:02/10/06 06:50
もちろん、それでいいのだ、解釈は多様に開かれるべきであり(この「べき」
というのもいけないことなのだろうか?)、テクストの模様はどのようにも
眺められる、という者がテクスト論以降の大勢を占めることは予想に難くない。
しかし、読書を個人的な行為と言い切り、自分の意見表明として読書を行い、
それに対する評価のすべてに個人としての「歪みの烙印」を押すことを、ixion
は個人として重んじているのであり、その上でテクスト論の非/不決定性に
対して「糞食らえ」と突きつけたいのだ。
カポーティに人生を読み込まない、というのは、テクスト論に「従った」決定
ではなく、あくまでixionカポーティを読む上での指針として「勝手に決めた」
のであり、それを覆す気は全くない。また、他人の個人的な決定に対して
「おかしい」とすることは、逆にテクスト論に反した物言い(他の否定=自己
解釈の権威化)になるという点で、テクスト論者はixionの意見を否定し得ない
ことにもなるのではないか。

要するに、人生読み込むのは勝手だが、カポーティに関しては俺は気に食わ
ないし、だからって俺のこういう意見がテクスト「論」的なんてものでは
さらさらない、っつーことです^^;

105 :ixion:02/10/06 07:05
あ、もちろん反論大歓迎ね。92さんのように「カポーティは人生と作品が表裏
一体である」って意見も面白い。でも短編作品などは本当に文体や構成を考え
詰めて書いている、って感じがするから、その意見は当てはまらないと思うし、
『草の竪琴』なんかも、カポーティの人生への読み込みができなくはないけど、
文のリズム、単語の選び方、構成などを考えてみると、あくまで人生経験は
「素材」でしかないんだなー、って思う。無論、素材がないと料理は出来ない
けどね。

106 :tar baby:02/10/06 12:20
面白い作品を読んだあと
「なんであんなことを主人公がしちゃったのかな?なんで
こうなったんだろ?」って思ったことないっすか?
この読書中、または読後の思考の問いかけをテクスト論、
または作品論や自伝に頼るのはおかしいことじゃない。

カポーティは好きですよ、読みましたし。
>音や単語の連結、そして文体の面から計算された散文
はぞくぞくしますよ、すごく綺麗ですよね
でもたとえば、「ミリアム」なんですが
女の子が夜中に主人公の自宅に現れて造花をみて
怪訝そうにしますよね。出て行く時には壊すし。
読者は「何故だ?」と思います。意味なくやるとは思えない。
で作品論を読むと当時のユダヤ人が小銭を稼ぐために
造花の内職?をしていたとあります。そうなると主人公の
ミリアムはユダヤ人だと言う推測ができて、彼女が
見に行った「興味のある題名」の映画も推測ができるんです
(もちろんその逆でユダヤ人が嫌いな人とも仮定できますが)
彼女が何故小さなミリアムと出会い、彼女に翻弄されるのか?
1つの考え方として読者の思考の問いかけの答えが現れてくる

ただここで終わればシンボルハンティングで、面白くも
なんともない。この先から
>読書が個人的であり、またその個人それぞれの経験により形成される
ことの本質に迫ることができるのではないですかね?

個人的には人が読まないものを好んで読んでるようで
「こんなの読んでわかるの?」とか聞かれますが
読書も人間の経験なんですよね。個人の経験だけでなく
読書が人を育てる部分は多々あると思います

107 :マダムB:02/10/06 16:14
読書経験はたぶん年をとるほど、読み手の人生に現われてくる。
金儲けのハウツーばかり読んでいる人は人相が悪い気がする。
本でなくてもいいけれど、至高なものに触れようという機会を
持たず、悪口や愚痴で時間を潰す人は早く老けている気がする。

初めて会った人を判断するとき、本を読んだときと同じで、
いつからか私は、「この人はもっているな」「この人はもって
いない」、あるいは「この人がもっているものを今日は引き出
せなかったかも」と判断するようになった。ネット上のカキコ
にもそれを判断しているねえ。
それって何なのだろう…と今まで改めて考えたことがなかった
けれど、上に述べたようなpurityなんだと今日気がついた。

それは取りも直さず、「自分のなかにもそれがある。自分のなか
のそれを守りたい」という生きる姿勢なのだろうと思う。
読み応えがありそうな本に対峙するときは、自分のなかのpurity
をむき出しにするようテンションを上げている気がする。カポーティ
を読むときは、そのテンションをできるだけハイに上げておきたい。
ただし、感性はできるだけリラックスしておかなきゃ…と矛盾して
いるけれど。そうでないとカポーティのpurityを存分に受け止められ
ない気がするんだよね。「私とカポーティ」「私のカポーティの愛し
方」ということで、照れくさい雑感を書いちゃいましたが、許して。



108 :マダムB:02/10/06 16:17
あー、まぬけ。
106の前に書いた肝心のカキコが、とんでるよ。
復元します。

109 :マダムB:02/10/06 16:58
<107の前に読んでね>
実に面白いねえ。正直「厨にもわかるように書いて」と書き逃げ
したくなる難しい記述もあるけれどw…。小説ほかを文学として
アカデミックに学ばないで、私の場合は正解だったという印象を
持ってしまいました。
社会科学をかじりましたが、あれは対象が主に合理的なシステム
なので、対象の範囲を限定して細かくチョン切って、ああだこうだ
と論考していればよろし。しかし、小説(別スレでこの語すらNGだ
と指摘された)というものは、「作品」「書き手」「書く行為」の
どれでも、閉じていない輪(限りない外部に向かって開く輪)なの
で、論に向かないものではないのか。

で、読み手としての私がカポーティの何に一番響くかというと、
「少年時代のイノセンスの自縛」というより、そうありたいと願う
purityとひとまず表現したい。88に書かせてもらった「カポーティ
の存在の底にあるもの」を改めて考えると、それなのだ。
そもそもの語意が違う気もしますが、イノセンスは幼な子のように
未だ何にも染まらない無垢の状態、真っ白真っさらの状態(何かネガ
ティブなニュアンス)だとしたら、purityは、無垢でありたいと希求
する心のポジティブな状態だというのが私の捉え方。それは、真珠の
ように光っており、磨けば輝かせることが可能というイメージです。
大人になっても、「オレは自分のなかの聖域を守りたいのだ」という
カポーティの叫びが、日本語訳で読んだどの作品からも聞こえました。
<107に続きます>






110 :tar baby:02/10/06 17:55
>「オレは自分のなかの聖域を守りたいのだ」というカポーティの叫び
禿同


111 :ixion:02/10/07 01:40
「オレは自分のなかの聖域を守りたいのだ」

うーん、俺には全く分からん。むしろそういう聖域を「守る」ようなものには、
カポーティは批判的(?)だったと思うし。「自分の中の聖域」っていうのも
あいまいすぎて分からん。だって、「夜の樹」や「最後のドアを閉めて」、
「無頭の鷹」その他もろもろの作品は、主題としては「聖域が侵されること」
であるだろうし、作者の「存在の底」なんてものよりも、むしろ散文自体の
構成美と、またその中に現れる者たちの「歪み」が強調されている。また、
カポーティのtravel sketchesやportraitsは、何かのイノセンス(なんて、全く川本
三郎的でいい加減な概念だと俺は思っているが)を叫んだりは決してしないような、
カポーティの「冷徹な眼差し」が感じられる。たとえマリリンをあれだけイノセント
(?)なものとして描いている時でさえ、散文の作法はあくまで冷徹で正確、そして
美しさの「効果」を最大限に生かそうとしているカポーティがいる。
また例えば、『冷血』の冒頭からあの留保される決定的な場面(の空白)まで
は、ハルカムがout thereでありながら、同時にlocalであり、また保守性を備えた
「町」として描かれ、またクラター一家も、いかに平凡な、保守的な人間であったか
を延々と強調されていく。しかし、そこに突然他者としての2人の殺人者が現れて、
中盤以降は「町」がいかに変容していくかが描かれていくわけで、ここにもイノセンス
なんていういい加減なものの崩壊が描かれる。

カポーティが何かを「叫ぶ」ことがあるのなら、彼は冷静に「叫ぶ」ので
あって、決して自分の存在を作品において明かすようなあからさまな「叫び」
はしていない。そこを読み込むのは勝手だが、肝心の具体的な作品が置き去り
にされて、抽象的な言葉が先行しているように感じる<「聖域を守る」

112 :ixion:02/10/07 01:59
そういえば:>>106
>で作品論を読むと当時のユダヤ人が小銭を稼ぐために
>造花の内職?をしていたとあります。そうなると主人公の
>ミリアムはユダヤ人だと言う推測ができて、彼女が
>見に行った「興味のある題名」の映画も推測ができるんです。

えー、全然そう思えないんですけど。ユダヤ人なら「ユダヤ人」って書けば
いいだけの話で、じゃあ逆に何故その記述を本文で行わなかったのか、という
問に対する明確な答えを出さないと、それは単なる読者、もしくは批評家側の
「偽作」でしかない。
むしろ「花(瓶)」のように小奇麗なものを壊すことが、安定を不安へと
変える、ぐらいの読みなら信用できなくもないけれど。あ、あと「興味のある
題名」の映画ではなく、「タイトルが良かったので」見に行ったのです。原文は
あくまでも"The title sounded good"であって、映画館に行く普通の動機を提示して
いるに過ぎないと思いますが。

ある小説家の家に押しかけて、「あなたの作品の何ページの何々の記述は
こういうものを示しているんですよね?私すごくよく分かります!!」と
言った読者が、「私がその作品を書いたのかね?」って切り返された話を
思い出した。誰の話かは忘れたけど^^;

113 :吾輩は名無しである:02/10/07 03:34
>>112
ここまでの議論を読ませて頂いて、あなたの意見に概ね同意だけど、ただ残念なのは、
「ミリアム」の19歳から始まって「冷血」まで見てもカポーティには20年におよぶ作家としての
キャリアがあるわけで、どうもその辺の視点が欠けているように見受けられるところでしょうか。

114 :tar baby:02/10/07 10:09
>112
>「あなたの作品の何ページの何々の記述は
>こういうものを示しているんですよね?私すごくよく分かります!!」と
>言った読者が、「私がその作品を書いたのかね?」って切り返された
これは作家側からの視点でしょ?別に読者がこんなこと言ったって
作品にはなんともないよ。作品を読者が自分のモノにした気になるのは
普通だし(言いに行くのはどうかだけど)。それよりも作品をいつまでも
自分のものだと考えてる作家がおかしい。公にしてしまえば勝手に
歩き出すものでしょ、作品は。

・・・ごめんなさいね、英語を書かないで自分が消化して
ぷよぷよ肉にしてしまった言葉を使って(ビールで肥えたわけじゃない)
でもね、二人が出会うきっかけの出来事なんだよ。計算されて
言葉を編む作家だと決め付けて「普通の動機を提示」しているなんて
考えるのもどうかと思うな。(作家が後ろを向いて舌だしてそうだ)
・・・っていうか一つの考え方なんだからあんまり突っ込まないでよ
このへんは別に固執してないのでどう言われてもいいんだけど

>イノセンスなんていういい加減なものの崩壊
崩壊なのかなぁ、解体のほうが良いような気がするなぁ。
この手のものを考えるとドツボにはまる気がするのでパス
でも南部モノを読む限りでは「オレは自分のなかの聖域を守りたいのだ」
という声が聞こえるのはたしか。
これは譲らないぞヽ( `Д´)ノワルイカ、ゴルァ!

115 :ixion:02/10/07 11:00
いや、悪くない。正反対の意見の方が議論は面白いでしょ?
ただ、「聖域」っていうのが、どの作品ではこの部分から読み取れる、と
提示してくれなければ、それは単に「感想」であると受け取らざるを得ない
けど。まぁ、「感想」が読書には最も大切なんだけどさ。

ところで、
>「ミリアム」の19歳から始まって「冷血」まで見てもカポーティには20年に
>およぶ作家としてのキャリアがあるわけで、どうもその辺の視点が欠けている

むしろ、俺はカポーティ自身が語っているように(信用できるかどうかは
別として)「スタイル」こそが、カポーティに一貫した作家の姿勢を求めるとき
に浮かび上がってくるものだと思う。「イノセンス」なんていう作品の内実は
あくまでもモチーフであり(もちろん、このモチーフを選び出す際にはカポー
ティという作家自身の人生が多少なりとも反映されることは間違いないが)、
そこからどう効果的な散文を生み出すか、を洗練させていった作家だと思って
いる。

116 :ixion:02/10/07 11:02
例えば、「ポーギーとベス」発表直後に、カポーティはこんなことを語っている。

(「ポーギーとベス」は「とても個人的な質」(very personal quality)を
もつフィクションとは全く違い、「対象から離れた」(detached))書き方を
しているのではないか、と問われて)
TC:……私がルポタージュをやろうと望んできた理由には、自分のスタイルが
ジャーナリズムで扱われる現実にも使えるのだと証明するということがあったん
だ。だけど、私のフィクションの書き方も、同じように「対象から離れた」もの
だと思うよ。感情的になると、私はコントロールを失ってしまうからね。私が
しなければならないのは、感情を汲み尽くした後で、それを分析してきちんと
示せるぐらいまでシニカルになることであって、私に関する限りそれが真の技術
を得るための法則なんだ。もし私のフィクション作品が個人的なものに思えて
しまうのだとすれば、それは芸術家というものの最も個人的で意味深い領域、
つまり想像力に根ざしているからなのさ。(Truman Capote Conversations,
"Pati Hill/1957")

ちなみに、同じインタビューでカポーティは「ミリアム」を"a good stunt and
nothing more"でしかないとして切り捨てている。俺も、別に作者の意見が絶対
だなんて少しも思わないが、「ミリアム」はいろいろな要素を上手く当てはめた
初期の習作にすぎないと思う。20年に及ぶキャリア、は『冷血』以降も含めて
30年にするべきだが、それを「通して」作家の作品を読むやり方を当然俺は支持
するし、その場合に浮かび上がるのは作品の美しさに対する、カポーティの徹底
した意識であろうと思う。確かにemotionalityが作品を読む者に強い印象を
残すことは否定できないが、しかし、そのemotionalityを「最も効果的に」
生み出すように、単語の音や形容詞の配置、作品全体の構成を考え抜いて書か
れている(まぁ、自分でもそうしてるって言ってるから、疑うに足る理由はない
しね^^;)のが、カポーティの作品であると思う。

テクスト論はおかしいが、逆に作家が提示しているemotionalityをそのまま受け
取るのも、作家全体を見通すには偏った見方だよ。

117 :マダムB:02/10/07 15:07
>103
>結局読書が個人的であり、またその個人それぞれの
>経験により形成されることしかありえないからではないか。
う〜ん、どうもここに戻る。カポーティ、あんたはどうも
emotionarityを最大限に抽き出すべくスタイルにこだわった
らしいが、翻訳禁止にしないで読者を多く獲得したのが手落ち。
こっちは勝手に読み取らせてもらうよ…という感じ。

>感情的になると、私はコントロールを失ってしまうからね。
>私がしなければならないのは、感情を汲み尽くした後で、
>それを分析してきちんと示せるぐらいまでシニカルになることで
>あって、私に関する限りそれが真の技術を得るための法則なんだ。
これは単なる読み手としての私にとっても興味深い言葉だが、
作家とちがって、読み手は感情を汲み尽くすところでOKなんだと
思う。コントロールを失うことこそが読書の愉楽だとも言いたい。
読む技術があるとするなら、いかに深く感じるか…感応度を高める
ことなのか。それは、感受性を高めるとか、記憶を積み重ねるとか
いう生きる行為(無自覚ではない)でしか獲得できないのだろう。

原文で存分に味わうことができるようになり、独自の美意識に
貫かれたスタイル、対象と馴れ合わないスタイリッシュな姿勢
がカポーティの真骨頂さ…と酔えるようになって、依然として私は、
>もし私のフィクション作品が個人的なものに思えて
>しまうのだとすれば、それは芸術家というものの最も個人的で
>意味深い領域、つまり想像力に根ざしているからなのさ。
読み手として作品の価値をまさしくここに見いだすと思う。

読み手は、「論」を戦わすことは好まない。素直に感じたことを
書きつけ、他の読み手のそれと交歓できれば…と願ってこんな
ところにやってくる。「再読するとき、その視点も意識してみるね」
と思い、より広くより深く作品を味わうことができるようになれれば
幸せと思うのみ。読み手とは愚かで尊大なものであるぞよ。

118 :マダムB:02/10/07 15:14
<117の正誤表>

下から11行目
 (誤)…と酔えるようになって、
        ↓ (正)…と酔えるようになっても、

これは、読み手のもうひとつの愚かさの証左なり。


119 :tar baby:02/10/07 23:34
>115
最近感想だけでいいんじゃないかと思うんですよ、、、

聖域って言うのは自分的には

永続性のない世界、何がいったい永遠だろうか?あるいは
少なくとも永遠と見えるだろうか?岩は腐食し、川は凍結し
果実は腐乱する。突き刺されて流れ出る血は、白人も黒人も
同じように流れる。仕込まれた鸚鵡は誰よりも真実を
物語る(略)一瞬から一瞬へとすべてはフェリスウィールの
箱のように、移り、変わってゆく。だが草と愛とは
常に緑濃く燃えている。(略)愛こそは不変のものなのだ。
(遠い声、遠い部屋・河野一郎訳)

ってあるように「草と愛」を語ることができる空間、
不変であることが許される空間じゃないかな

"無頭の鷹"なら主人公の家の前で子供が遊ぶシーン
「雨は降らないかな?」の部分にあると思うし、
"感謝祭のお客"ならラストの「緑色に暮れていく夕暮れ」
だし、"誕生日の子供たち"なら「...さまざまな音に満ちた」。

かならずしも聖域を指し示すものは
美しいとか綺麗とか(緑色とか雨とか)いうだけじゃなくて
恐怖や歪みでももちろんいいのだ

120 :tar baby:02/10/07 23:49
守っているのは、やっぱりpurityとignoranceじゃないかな


121 :D ◆o4SEpkMST6 :02/10/08 02:04
 面白そうなので横入り。
 ・・・うーんと、全作読破したわけではないから、
大きな口は利けないけれど、好きな作家だから書いちゃおう。
ただし現在のところ深く読み込んではいないので、ごく一般的な
感想程度のことしか書けないが・・・

 ixion 氏がどうしてもカポーティの作品の中にカポーティ自身の
実人生や emotionality を読み込むことに拒否感を感じているのは
理解できなくもない。そうした研究はこれまで多かったわけだし、他に
面白おかしく書かれた伝記の類もその枚挙の暇がない。しかしixion 氏が
とりわけ「カポーティ」という作家についてそう言うのには、ある種の
作為性というか、カポーティ自身に対する彼のアンビバレンツな感情を
感じないわけではない。

 ・・・というのも、カポーティというのはそれでも戦後世界の、
ある神話的形象の一つであったからであり、彼のように大した学歴もなく
8歳の時から「書く」ことを始め、ほぼ「書く」ことによって自己の存在を
露わにしていった作家のような場合「書く」ということ(「エクリチュール」)
は彼の生きる手段だったのであり、彼の「生きる」という行為そのものだった
ということである。多少、大袈裟な言葉で言うが ixion 氏がカポーティの作品
の中に実人生を読み込まない根拠として挙げているのが「散文の作法はあくまで
冷徹で正確、そして美しさの「効果」を最大限に生かそうとしているカポーティがいる」
ということであるとすれば、やや根拠が希薄なような気がする。徹底的に計算された
散文や文章の作法(スタイル)は、そのテクストから彼の実人生を排除するに足る根拠
となり得るか? 否、むしろこう言うべきである、彼にとって文章の作法とは
彼の生き方の作法(スタイル)そのものでもあったのであり、さほど隔たりはない、と。
何故なら彼は書くことによって自分を露わにしていったのであり、いわば精神的な
ストリップを続けていたのだから。

122 :D ◆o4SEpkMST6 :02/10/08 02:07
 『遠い声、遠い部屋』の初版本に掲載された著者近影で醜聞を巻き起こして
いた頃から、天性の書き手であるカポーティは「書く」ということの持つパブリ
シティの力を熟知していた。そしてそれを最大限に活用し、それをまともに生きた
戦後世界の作家の最大のモデル・ケースとなった。
ゴシップ的に作品から作家の実人生にまで遡っていったり、作品中の手がかりと
作家の人生の事実とのパズル合わせを行なうことは確かにくだらないことではある。
だが最初期の『遠い声、遠い部屋』、『草の竪琴』が確かに著者の幼年期を
色濃く写し出していること、「ミリアム」や「ホリー・ゴライトリー」といった名前を
聞けば私でも≪不思議ちゃん≫系の自由気ままな女の子を夢想してしまうのを
考えると、『イノセンス』という一貫したテーマはあり得るような気がする。
確かにイノセンスという言葉を全面に出すと、ixion の言うとおり川本三郎的な
センチメンタルな世界観に逆戻りしてしまうのかもしれないが、問題は
カポーティの世界が一貫してそんなにヤワなものであったかどうかである。が、
ここでは yes と答えておこう。これらのセンチメンタルな世界描写がなんら
実存的な深い問題と結び付いていないとは言い切れないからである。

 

123 :D ◆o4SEpkMST6 :02/10/08 02:08
 むろん後年、セレブに憧れ、自分もセレブの一員になろうと社交界で名売りに躍起に
なっていた彼をイノセントだとはあまり言いたくないが、それでもそんな中にあってなお、
傷付き、そこから排除されてゆく彼を、傷つきやすい「永遠の子供」として形象する
レトリックは今でも蔓延している。
 「カポーティ」という作家の持つ神話的な魅力はそこにある。
彼は実人生を作品に反映させるどころか、実人生をまるで作品であるかのように
生きていた(かなり陳腐な言いまわしだが)。彼は自分の作品同様に、入念に
仕上げられた彼の人生を送ったのだ、ということだ。ゴシップ的なパズル合わせ
は単に読者の側の生理的欲求というよりは、著者(カポーティ)自身が招き、
唆していることのようにも思える。そこで、彼のテクストの表層の文体における
計算にのみ注意を向けるというのはほとんど倒錯的で、作家の招きを無視した試みと
言わざるを得ないのではないか。「トルーマン・カポーティ」という作家の持つ魅力は
こうした実人生とエクリチュールの自然な同伴であり、優しい伴走なのではないか。彼は
実人生を冷徹な文体で作品に写し取っただけではなく、実人生を伴走として作品を
生きた稀有な現代作家の一人だったのだ・・・、と。

 

124 :D ◆o4SEpkMST6 :02/10/08 02:10
↑ ありゃりゃ相変わらず漠然とした“感想”でゴメソ。


125 :ixion:02/10/08 06:25
>tar babyさん
実は俺も「感想」としてなら、カポーティのsentimentalityというのも認め
られるし、あなたの言う「草と愛を語りうる空間」としてのpurityも理解
できる。
ただ、その上でカポーティが、(これは"Mojave"の冒頭から引用する言葉と
しての、"from the analytical to the emotional"というものを踏まえて、
ですが)自らある「情感」を抱えて、それを伝えようとしたというよりも、
むしろその情感をまず分析し、そしていかに美しい作品に仕上げるかにこだ
わり続けた作家であったことを、文体面の美しさから読み取りたいと思って
いるのです。
例えば、ポオの"The Raven"という詩を、情感を込めた詩として読むことは
可能ですが、1人の読者として、何故その詩にそんな情感を感じ取ってしまう
かを理解するためには、やはりポオ自身がいかにしてその詩を作り上げたかを
説明する詩の理論、つまり文体面での分析を行うことが必要であるし、かつ
その作家にいくぶんか近づく方法でもあると思うのです。読者の勝手は単に
消費者の勝手と読み替え(もしくは誤読)をしても良いでしょうが、「感想」
とは、文自体の美しさを放棄して、単に自らの思想を吐露するだけにもなって
しまう可能性があります。そこから抜け出すためには、実作と照らし合わせ、
それぞれが計算され選び取られたものとして置かれている文を「分析」し、
その上で「情」を読み取ることが必要なのではないか、と俺は思っています。

126 :ixion:02/10/08 06:28
また、何故これを、>>121のD氏の言葉でいうなら「ある種の作為性というか、
カポーティ自身に対するアンビバレンツな感情」を込めて俺が述べるのか、と
いうと、カポーティのreportageへの移行を、例えば村上春樹がおそらくそう
であったように「現実へのリハビリ」であるかのように捉えて欲しくないから
です。
カポーティ自身の文の作り方は、フィクションでもノンフィクションでも、
ほとんど同じ原則、つまり明晰さと美しさ、に則っています。それは句読法や
頭韻、比喩表現や形容詞の選び方、文の長さや段落構成などという、一見して
感情からは程遠い「冷たい」分析(と勘違いされがちなもの)から理解できる
ことなのです。
つまり、カポーティは主題や内的な情感面を重視していたというより、自分の
「書くことへの方法論」を意識した上でreportageへの移行を選び取ったので
あり、その作品群を『夜の樹、その他の短編』『草の竪琴』『遠い声、遠い
部屋』などとは全く異質なものと考え、かつこうしたある情感を廻って展開
する「物語」の方を上に置く(という言い方が不適切ならば、より多く読む)
傾向があるなら、それは勘違いであろうから、俺はあえて文体を見よ、と言い
たいのです。なぜカポーティの美しさを語るなら、『犬は吠える』ではいけない
のか。『観察記録』や『詩神の声聞こゆ』の美しさは、短・中編群よりも劣る
のか。短・中篇のemotionalな側面を取り立てて強調することは、むしろ、
カポーティという作家「全体」を見ていないことにはならないのか。

127 :ixion:02/10/08 06:29
こうした疑問に対する答えは、すべてカポーティ自身が作品で、またインタ
ビューではより明確に、emotionalのためにanalyticalであることの重要性と、
自分はstyleの作家であるという自己定義を強調していることからも明白です。
ここではひとつの些細な、しかし作家カポーティを語る上では興味深い、エピ
ソードを語るにとどめておきます。
あのローレンス・グローベルとニューヨークのレストランでインタビューを行う
際、彼らは「書くこと」について語ることから始めたのですが、そこで引き合い
に出された作品はヘンリー・ジェイムズの『黄金の盃』(英語で書かれた現代
文学の中で、最も文が入り組んでいて困難な作品のひとつ)などの後期作品で
あり、彼はその作品が作家ジェイムズにより完全に"dictated"(口述筆記)
されたものであることを語ります。そして「ジェイムズの後期作品では、
本当に驚いてしまうんだが、あるページが口述筆記されたか、それともふつう
に筆記されたものをすぐに見分けることが出来るんだよ。というのも、口述
されたものの方が、どんな時でもはるかに入り組んでいるからさ」と言う。

カポーティは、ジェイムズ後期作品とは全く正反対で、非常にスッキリした文
を書きます。それは、カポーティが「書くこと」に対して非常に意識的であった
からこそ、そういう文になったのであり、その文体があるからこそ、ある情感
が読者にはっきりと伝わってくるように感じるのではないでしょうか。

128 :tar baby:02/10/08 10:23

確かに原作を読まなければならないです
そうじゃなきゃ語れない・・・
でも綺麗に正しい日本語(あるのかな?)に訳しながら読むことは
無理です。
文章は「音」なんだから流れてきたもので大切な
もの、心にひっかかるものをとる(網目が粗いのでまいりますが)
ことしか出来ない。ましてや研究者じゃないし。
おおまかに言えば物事の善悪判断、感情の喜怒哀楽ぐらいしかできない
(これがワタシの現段階の力、なんて素直なんだ)

実際文章を「分析」するとします。テクストをプログラムに打ち込めば
(ある人が「アンネの日記」の言葉を分析してたのを
見た。ちょっとズレた観点での分析だったんだけど、面白い)
意外と簡単にある結果が出てくる。
それは感情的ととれる動きもあるし、知的発達も見ることができる。
その結果から何かを感じ取って次の段階に行くことが可能です
(あくまでもこれは「段階」であることに留意しなければ
ならない)
じゃ、次は何?

言葉を消化してしまった自分(読者)を発見することなんです。
作品を書いた作家じゃない。
誤読はある程度許されているんです。というか読者の特権です。

129 :tar baby:02/10/08 10:33
ポーは自身でもテクストについて語っていますが、
どうも突き放して作品を見てるとは言えないと思います。
"The Raven"を読者の経験から
見方・読み方は自由です。では何故解釈を作者が
持ち出したのか、何故解釈が作者自身必要だったのか・・・
この辺が大切なところだと思います。
作品が世間に受け止められなかったことが彼にとって
自分の否定につながるほど苦痛だったのではないでしょうか。
韻や音楽的(芸術的)な見方を知ってもらうよりも
「食うために書かれた」作品ではなくポー自身が「生きるため」
に書いた作品であることを知って欲しかったのです。

しかしジェイムズはこのポーのストレートさを「幼稚」と判断。
確かにジェイムズから作品を読むとポーが使ってる英語、
及び文章は読者まかせの気がします。ジェイムズは結構
矢印っぽい信号みたいな文章をまぜてるようにも思えます。
(「意識の流れ」とは読者を翻弄させるものじゃなくて導くもの
ですから)

別にひとつの(というかある研究者の)考えとして
ジェイムズの後期作品に見られる口述筆記は
彼が晩年タイプライターを打てなくなって秘書を雇い、
その人に打たせたというものです。
なので1つの文章を計算して作っていくのではなく、
その場の感情や雰囲気で言葉をくっつけて行った・・・。
ま、わからなくもないのですが、校正入れて打ち直しは
できるだろうから信じません。
後期作品よりも前に書かれた作品(中期)もこの
口述筆記のような文章が現れますし。

130 :tar baby:02/10/08 10:34
カポーティが自ら自分の作品を語ることは
何かを読者に理解してもらいたかったのではないでしょうか。
それは作品(言葉)に対しての捉え方だけではないです。
作品には文字として現せるものと現せないものがあると
思います。
読者が救い出すのは、作家が差し出したものは
現せない何かだと思うのです。


131 :マダムB:02/10/08 12:08
素朴なギモンとして――
1)インタビューでこう答えていた、ああ述べていたという知識や
  記憶は、作品と真っ向から対峙し、文体・内容ひっくるめた
  作品世界に浸り「感じる」とき、いささかでも妨げにならない?
  (書き込みでいろいろ勉強させてもらっているのに恐縮だが)
  人の文章チェックをしている経験から、「てにをは」チェック
  して、今度は誤字チェック、次に内容チェックをする…と
  分けなきゃダメだな、私の場合。
  スタイルに注目するあまり、他の「感じることの素敵」を少し
  でも損なうようなことがあれば、読み手としてはもったいない。
  絵を観るとき、黄金分割とか下地に混ぜたニカワの配合は知らな
  い素人が、すごい感動を受けて何か良き行為に結びつけたとする。
  もし、そのことに「この絵の技術的価値もわかっていないくせに
  卑俗だ」とか言う人がいたら、私は「ちょっと、あんた」と喧嘩
  売りに行く。誤読だと思っても、「こんな読み方があるよ」という
  教え方で啓蒙すべきで、相手の情感は最低限尊重しなきゃ。  
2)スタイルの作家であると自己定義をしたカポーティは、こうるさ
  い批評家相手のみならず、一般読者にも句読法や用語の選択など
  のスキルについても知ってほしかったのかな?
  彼の短編には、個人に捧げられたものもなかった?
  ドリーのような保護者とかお母さんが、子どもに料理を作る。
  隠し味や盛り付けで工夫する。でも、「おいしそう」「おいし
  かった」と言われれば、満足。わざわざ工夫の説明はしない。
  作り手って、そういうもんじゃない?
  私はカポーティの子どもだと主張すること、彼は許さないかな? 

132 :吾輩は名無しである:02/10/08 12:45
>131
いや、ixionさんは「作家論」で
tar babyさんは「作品論」の視点なんですよ。そう考えるとixionさんは
パーフェクトです
よく読むとわかりますよ

133 :ixion:02/10/08 13:21
うん、残念ながら「パーフェクト」には程遠いので、これからもずっと
読んでいかなきゃいけないだろうけどね>132さん

あとは、俺はその2つをなんとか合一しようとするならば、カポーティという
作家の場合、個人によって揺らぎがある「解釈」よりも、「作品の美しさ」
の由縁を「分析」する方がカポーティに近づきやすい、ってことを言いたい
だけ。
カポーティをセンチメンタルに語ることなら、いくらでも出来る。それは個人
の思い出を作品に託して語ることであり、「感想」である。それを否定する
つもりはないし、「この絵の技術的価値もわかっていないくせに卑俗だ」と
いうのは、俺の本意ではない。カポーティが好きならそれは別に良いことだ。
ただ、じゃあなぜ「文体を分析する」ということが「個人の感想」とは違って
これだけ「感情的な」反応を引き起こすのかというと、「分析」や「批評」が
「結局読書が個人的であり、またその個人それぞれの経験により形成される」
という考えだけから見て、個人の情に対置される「冷たいもの」と勝手に
見なされているからではないか?カポーティの作品論が「イノセンス」や
「昼と夜」について廻って、その先に行かないのは、作品論において文体
を分析することが、解剖室でメスを振るう冷たい行為だと誤解されている
からに違いない。
ひとつひとつの文を味わいながら、文を分析することだって出来るんだよ、
と言いたいのだが、どうも「批評」という言葉は「情」を大事にする読者を
苛立たせる様だ……。

ところで、>>129のレスについて
>ポー自身が「生きるため」に書いた作品
とは、ポウ自身は語っていないと思います。

>後期作品よりも前に書かれた作品(中期)もこの口述筆記のような
>文章が現れますし。
どの作品でしょうか?

134 :ixion:02/10/08 13:31
…というのはスレ違いかもしれないけど、良かったら教えて>tar babyさん

ところで、
>言葉を消化してしまった自分(読者)を発見することなんです。
>作品を書いた作家じゃない。
>誤読はある程度許されているんです。というか読者の特権です。

読者にだけ「特権」は認められるの?今までさんざん作者が「特権」を味わ
ってきたからって、読者が積極的に誤読していい、解釈は自由だ、私はカポー
ティの子供だ、と主張するのは、テクスト論的でまぁそういうものだ、とは
思うが、だからといってその前に、作品を一語一語キチンと味わい、それを
踏まえないことには仕方がない。「消化」ってのはそれだけ大変な作業だと
思います。だからこそ、「情」で読み込むことと「頭」で分析することの
両方が必要なのではないですか。

でも、この話は平行線だなぁ…しかも何か感情的になってるようなレスもある
し。やめて、「カポーティのこの作品のここが好き」って話にしない?

135 :マダムB:02/10/08 13:47
>132
115以降は「作家論」というもののようにも取れるけれど、その前は、
そういう方向性ばかりではないような気もしますが。
と言うより、むしろ私は、ixion氏がカポーティを読むスタイル
(あふれんばかりの感情と恐ろしいまでの冷徹さがせめぎ合うアン
ビバレンツなそれ)こそが、彼自身の説明するカポーティ・スタイル
にシンクロしているように取れて興味深いです(ご本人、俎上に
上げてすみませんです)。
失礼な言い方ですが、それは「パーフェクト」という誉め言葉では、
ちょっと不十分なんじゃないかな。
この人、本当にカポーティ好きなんだなあ…と驚かされつつ、それ
でも、読み手によって異なる、決してパーフェクトにはなり得ぬ
「テクストと読者」の方へ話が移らないかなあ…と愚かな期待を
して、上のような書き込みをするわけです。

翻訳者の文体しかわからないのが残念ですが、カポーティの書く
ことって、時空間を超えてとても普遍的だと感ずることがある
(読み継がれる名作なら当然か)。それを思うとき、漱石を読ん
だあとのようにある程度の自信を持って「やっぱ小説って文体
でしょ」と、できるものなら言ってみたい欲は私にもありますよ。


136 :tar baby:02/10/08 14:21
>「カポーティのこの作品のここが好き」って話にしない?
賛成します。
>「情」で読み込むことと「頭」で分析すること
ワタシはそれを否定してませんよ。あたり前っす。

上のレスにある「神話的形象の一つであったからであり」って言う
ようにカポーティの作品は「神話」なのかもしれませんね。
歴史上に伝えられてきたお話の中で現実世界を生きる私たちの価値判断で
実際にありえる話を逸話として語り
ありえない話を「神話」や「フェアリーテイル」として
扱いますが、カポーティの作品は「ありえない」話に
なっているのかもしれません。
批評への拒否反応ではなく、読者がそれぞれ理想郷のように
カポーティを慕っているのではないでしょうか。

・・・と書けばまた怒ります?(怖い・・・)
ポーに関しては他人の意見を聞いての判断です。
ジェイムズは、「the turn of the screw」「the friends of the friends」
「the jolly corner」「the real right thing」など幽霊ものです。
・・・ということでワタシはナナシに戻ります。


137 :マダムB:02/10/08 19:13
[余談だけ]
ジェイムズの「友だちの友だち」は、私の限られた読書体験で、
痛烈な印象をもたらしてくれた、一番好きな短編小説です。
上に書かれた口述筆記的、入り組んだものという感じでは
なかったと記憶しますが。こんなところで、どのように
生まれたかを知れて意外。…情報に感謝します。

138 :92:02/10/08 22:38
話が進んでいる所を戻して悪いけど

>>97
「叶えられた祈り」に関しては大いにあり、だと思う。(この一作に私は
拘っているので、全体の作品論からはずれてくるかもしれない。)
無論、全てを読み取ることは不可能だけれども。

それから作者が意図せずとも、その中に含まれてしまうものっていうのは
小説に限らずある訳で、そこを他者がああでもない、こうでもないと
読み取るのはむしろ、作品になった時点で読む側の自由に委ねられるのではないか、
とも私は思う。もちろんそれに対して作者が怒るのも自由だけど。

それから彼が「叶えられた祈り」に関してゴシップ的な読み方をされるのを
嫌がっていたか否か・・・これはもう憶測になってしまうけれど、カポーティは
ゴシップだろうとなんだろうと、自分の書いたものがメディアに取り上げられ
話題になれば絶対に喜んだんじゃないかな。
常に注目の的になりチヤホヤされたいタイプの人でしょう。

むしろあの小説が出て、自分の愛する白鳥達が「ねえ、あれ読んだ、あれって
きっとベーブのことよね。」とかなんとか盛り上がってくれることを期待していた
んじゃないか、という気がする。
ゴシップを芸術的な域にまで高めたと本人は思っていて、その結果、社交界に君臨する
つもりだったのではないか・・・いや全部憶測ですけど。


139 :92:02/10/08 22:50
ごめん、ごめん、好きな作品について語るって流れに
なってたんだね。
あまりの長レス続きに斜め読みしてたもんだから気付かなかった。
失礼。上のレスは放置してもらって結構です。

140 :D ◆o4SEpkMST6 :02/10/09 04:42

 むむむ・・・ 私はカポーティの作品を「ありえない話」、フェアリテイルだ
とは全然思いませんね。もちろんフィクションである以上、“ファンタスティーク”な
部分はあります。読者を夢想に誘うような。しかしその“効果”は当然
著者によって計算され尽くしてあるものだし、それを「神話」として、
「ありえない話」として読まれることにはおそらくカポーティは反対した
はずだろう。『遠い声、遠い部屋』でジェイムズに影響された一種の
ゴシック・ホラーを書こうとした時、カポーティが取った天才的な
工夫はそれを少年の、少年らしい幻想と結び付けることだった。
だからこの作品は一種のゴシック小説とも読めるし、少年期にありがちな
夢想を書いた書とも読める。無論そこにカポーティの独特なシャープな
文体がある。ここに全てのカポーティ的独自性の出発点がある。

>>125
 ポオの"The Philosophy of Composition"ですか! こりゃまた随分古い
ものを持ってきましたね! 私は以前から何の為にポオがこれを書いたのか、
ずっと疑問に思っていました。読者が自作をよく理解しなかttから
か? それとも自分の技術の種明かし(ひけらかし)の為なのか?
結果的には、作者の解説抜きで読者に理解されないような作品は"駄作"と
言わざるを得ないような気がするのですが。例えばポオは、この小論で
詩のクライマックスとなる連を先に創造していたことを明かしている。
しかしそんなことは最初にこの詩を読む人には関係のないことだし、
詩というものはどうとでも読める。最後の"from out my heart" の示す
暗示と、最終連の"my soul from out that shadow" の呼応関係など、
作者に指摘されなければ気付かないだろうし、気付いたとしても作者の
思い通りの解釈をされるとは限らない。ここでも作者の自作解説が
作品理解の絶対的根拠とはならないことを逆説的に証明していると思う。



141 :D ◆o4SEpkMST6 :02/10/09 04:44

実は92さんの言うことにはちょっと賛成で、『モハーベ砂漠』の冒頭で、
"from the analytical to the emotional" と言ったことは随分と
示唆的であっただろうと思う。かといって「モハーベ砂漠」が完全に
ジャーナリスティックな文体で書かれていたとは言い難いが。作家の
文体づくり、というのはどこまで意識的な作業であるのかは、僕には
はっきりした確信が持てない。たとえ他人が後付けで詳細な分析を加えた
ところで、その解釈が正しいという根拠はどこにもない。作者が“こういう
つもりでした”と言ってもテクストは独立して存在し、不特定多数の読者
によっていつ何時、どんな場所でも、どうとでも読める。“文体”という
のは、よりその人の生理に近いものだと思うけどねぇ・・・。少なくとも
頭で考えた文体は、感覚には響かない。というよりこんがらがって
よく分からなくなる(いや分らなくもないが、考えさせている時点で
印象を殺がれ、違和感が増大する)。



142 :ixion:02/10/09 05:26
うーん…また戻ってるなぁ^^;

>“文体”というのは、よりその人の生理に近いものだと思うけどねぇ・・・。
>少なくとも頭で考えた文体は、感覚には響かない。
こういう「頭」と「感覚」の分離、ってのは、よくある論調だけど、
カポーティは自分で「感覚そのままでなく、頭で考えてから提示する」って
ことを述べているんだから、それを無視するわけにはいかないと思う。「他人
の後付け」ではなく、作者の言葉から考えて。その点で俺は「読む側の自由」
なんて簡単なものより、あえて「読む側の不自由」を選び取ってみたいと
思うわけで。
もちろん、単語の音の響きを確認して、よいものを選び取っていく、なんて
いう書き方には、確かにその人の「生理」に近いものがあるけれども、それが
読者に「美しい」と思わせることに成功しているからには、その「生理」は
作者だけではなく読者にも共通するものがあるはずで、それを分析すること
も大切だ、と俺は思うんだな。
>作者の自作解説が作品理解の絶対的根拠とはならない
のはもちろんだけど、逆に、解釈が自由に開かれている、ってのは、自由の
安売り、消費者の身勝手にもなりかねないしね。ただ作品と作家の両方に
誠実でありたい、というだけです。


143 :吾輩は名無しである:02/10/09 08:38
なんだろね・・・まったく。

I started writing when I was about eight...
It was as if I were an oyster and somebody forced a grain
of sand into my shell --- a grain of sand that I did not
know was there and did not particularly welcome.
Then a pearl started forming around the grain, and it irritated me,
made me angry, tortured me sometimes. But the oyster
can not help becoming obsessed with the pearl.

彼のこういう考え方の方が作品から読み取れると思う
ここから技巧へ行こうがロマンチへ行こうが読者の勝手でしょう。
文学は研究者だけのものじゃないんだからね

でixionさん、
好きな部分を語るのは英語で引かなきゃいけないの?日本語でいいの?

144 :ixion:02/10/09 10:37
いや、俺に訊かないでよ(苦笑)<英語か日本語か
あと、誤解されてると嫌だから一応いっとくと、俺は研究者とかじゃないからね。
ただ、すごーくカポーティが好きだから、伝記やらインタビューやらも読む対象に
入れて、作家カポーティも作品自体も「通して」読んでるだけ。例えば、『冷血』
読んだら、ペリーとカポーティがどうこう考える前に、"Then It All Came Down"
読んで、"Ghosts in Sunlight"読んで、あとインタビューを読んでいろいろ考える、
ってな感じで。

で、自分で言っといて選べないけど、俺が好きな部分をあえて「幼年時へのオブ
セッション」的なところから:
And at midnight when the church-bell chimes I'm eight.
Once more, the creek. The taste od raw turnip on my tongue, the flow of summer
water embracing my nakedness. And there, just there, swiveling, tangoing on the
sun-dappled surface, the exquisitely limber and lethal cottonmouth moccasin.
But I'm not afraid; am I?
("Self-Portrait")

(以下は野暮な解説なので不要)
カポーティの作品を音読して見ると分かりますが、文の切り方(特にセミコロンの
使い方は絶妙)、音の並べ方(頭韻だけではなく、単語ごとの母音を合わせたりする)、
さらに体言止めとでもいうべき名詞の連続など、いろいろな特徴があります。特に
いろいろな作品の「キメ方」で、カポーティらしさが共通していてよく分かる。
この文もそんな特徴が全て出た美しい文です。

145 :吾輩は名無しである:02/10/09 13:09
>俺は研究者とかじゃないからね
失礼しました。だってそうじゃなきゃオタッキーみたいだから(汗;

引用部分で今までのixionさんが述べてきたことがわかりますね
いいとこ、出してきてます・・・ヽ( `Д´)ノグウノネモデネェゾ、ゴルァ!

146 :吾輩は名無しである:02/10/09 14:54
っていうかどっちでもいいじゃん。
もううっとおしい。ここはゴタクを書く場所じゃねえよ。

お前らみんな、あの赤い嫌なものだ。

147 :ixion:02/10/09 22:07
んじゃやめた。

148 :1:02/10/09 22:12
こんなスレあったとは。いやはや

ど素人ですが、若干の感想を。
>127
カポーティが「書くこと」に対して非常に意識的であった
からこそ、そういう文になったのであり、その文体があるからこそ、
ある情感が読者にはっきりと伝わってくるように感じるのではないでしょうか。

これって全く順序逆に思えるんだけど。「読者に伝えたい情感がまずあって、
それを効果的に伝えるために書くことに意識的になり、結果その手段として彼の文体
が出来た」の間違いじゃなくて?
今までの流れをザーッと読んで見たけどixion氏のカポーティ像ってずいぶん
大人ですよね。「ここをこう打てばヒットするからどうのこうの」
ってな感じですべて狙い済ましているような。
批評家じゃないんだから。
一つの作品を産み落とすまでの過程ってのはある種書いた
本人にも理解しがたいものですよね?
単純な話、僕はカポーティの小説(特に短編)は聴いていてかなり
心地よい音楽だと考えています。
ixion氏の批評?は人が気持ちよく音楽を聴いているところへ割り込んで
きて、「この曲は基本的に三拍子でねぇ、なんたらかんたらなんだよねぇ」
と解説する人のような印象を受けました。








149 :ixion:02/10/09 22:33
そうかもね。だからやめた。

150 :吾輩は名無しである:02/10/09 22:40
やめたと言っていちいち書かなくてもよろしい。
うっとおしいから。

151 :吾輩は名無しである:02/10/09 22:49
うっと「う」だろ

152 :吾輩は名無しである:02/10/09 22:50
情感と冷たい(と思われている)分析を対置して情感を優位におくのは感想の
場ではいいだろうけど。

153 :吾輩は名無しである:02/10/09 23:02
>>151
分かってて書いてますが。
めんどくせー、と書いたら君はまた「めんどうくさい」だろ
と指摘してくださるのかな?

154 :吾輩は名無しである:02/10/09 23:04
>>152
へえ、今度は名無しで登場することにしたんだ?
ここってID出ないから便利だね。

155 :ixion:02/10/09 23:06
なんだ、またこのパターンか(苦笑)
んじゃ、このスレからも消えましょう。


156 :吾輩は名無しである:02/10/09 23:09
>「感想」とは、文自体の美しさを放棄して、単に自らの思想を吐露するだけにも
>なってしまう可能性があります。そこから抜け出すためには、実作と照らし合わせ、
>それぞれが計算され選び取られたものとして置かれている文を「分析」し、
>その上で「情」を読み取ることが必要なのではないか、と俺は思っています。

>>152

いや別にね。




157 :吾輩は名無しである:02/10/09 23:27
>>146
そろそろ書き込んでくる頃合だと思ってたけど案の定だ
>ゴタクを書く場所じゃねえよ
おまえ、なんか勘違いしてねぇ?
でも
>お前らみんな、あの赤い嫌なものだ
はウケタ

158 :1:02/10/09 23:55
>156
消える必要ないですよ、別に。


159 :吾輩は名無しである:02/10/10 00:57
157もばればれやね。
そろそろ書き込んでくる〜とか妄想してる辺りが怖い。


160 :吾輩は名無しである:02/10/10 02:59
>>155
ixionはすぐに消えるとか言い出すところが大人気無いんだよ。
アンチよりもあなたの書きこみに感銘を受けている人間のほうが
ずっと多いんだから、煽りぐらい気にしないぐらいで「ixionですが
何か?」ぐらいの図太さをもって書きまくってくれよ。

161 :マダムB:02/10/10 10:41
「消費者」という言葉にかなり激し「コノヤロー」とテンション
上げて、それを抑制しつつ書いたので、自分の書き込み読み返す
のも嫌だ。「文学板」なのだし、もちっとカポーティみたく
用語に繊細になった方がいいかも、私たち…。

「怒り」というemotionarityを引き出すような効果を狙うって
いうのは、「これから集中的にカポーティ読んでみようか」と
訪れた人たちにも、良い感じは与えない。読み継いでくれる人
を減らすのは、何かもったいない気がする。…反省。
個人攻撃ではなく、ひとつの例ですが、「読み手」ではなく、
「消費者」と書かれた日には、「ああ、英文読み込んで文体
まで理解している人は読者だけれど、日本語版で読んで内容
の素敵さに感じ入っただけの者はただの消費者とバカにする
わけ?」と気分害すよ、やはり(自分で稼いだ金で消費する
消費者は偉いから、決して差別語じゃないとも思うが)。
それは、あからさまな煽りよりしんどい時もある。
好きな作家の作品についてもっと知りたいから、その楽しさ
を分かち合いたいから覗きに来てるだけの人もいるのだから。

で、私は居直って翻訳されたものでカキコします。

162 :マダムB:02/10/10 11:05
『草の竪琴』(H5年3月刊・新潮文庫・大澤薫/訳・77P)

判事がみんなに喋っているところ
――「いまわたしたちは愛について話しているのだよ。一枚の
木の葉、一握りの種、まずこういうものから始めるんだ。そして
愛するとはどういうことなのかを、ほんの少しずつ学ぶのだ。
初めは一枚の木の葉、一降りの雨。それから、木の葉がお前に
教えたことや雨が実らせてくれたものを受けとめてくれる誰か。
容易なことではないよ、理解するということはね。(略)だが、
これだけはわかっている。自然が生命の鎖であるように、愛とは
愛の鎖なのだということ。こいつは紛うかたなき真実だ」

ページをめくって79Pのキャサリンのセリフにも線が引いてある。
――でもあたしは、人間はたくさんのことを心の中に秘めておく
べきだと思うね。人の心の奥の奥、これこそは人間の良き部分と
いうわけよ。自分の秘密を喋り散らすような人間の中に、いったい
何が残ってるっていうのさ。

提起理由→作家の、物事に対する捉え方、価値観が表明されて
     いる記述が好きだから。

(ジョークで外人を笑わす程度に英会話はたしなむが、辞書を
引くのがうざくて原書は読めない。パソコンの入力もキーを
たたくのが少なくていいから「ひらがな入力」なんだ、私は。
「あんた変だよ」と家人に言われつづけている)

…つづく

163 :マダムB:02/10/10 11:22
つづき

『おじいさんの思い出』は、叔母さんに捧げられたもので
カポーティの作かどうか確たる証拠はないそうだが、私は
次の一行で、やっぱりカポーティが書いたんじゃないかと
思えてしまう。
村上春樹が、新訳では少し表現を変えていた。

『おじいさんの思い出』(1988年3月刊・山本容子の絵が入った
            やつ・13ページ)
――今思うと、僕がそこに行って風が吹いていなかったことなんて
  一度もなかった。 

これが新訳の『誕生日の子どもたち』(2002年5月・214ページ)
では、
――今思うと、そこに行って風が吹いていなかったことなんて
  一度もなかった。

提起理由→これは、今私がよく考えている「還りたい」という
     近代人が抱える合理主義とは矛盾する意識の流れに
     ビビッときたから。このことは、在野の哲学者・内山
     節先生が著作でよく書いている。ここでは説明割愛。
     わずか一行ほどの記述だが、読み手の想像をかき立て
     遠い処に飛ばしてくれる内容且つ書き方だと思う。

いずれも自分のpurityをフルスロットルにして感じ取りました。





164 :吾輩は名無しである:02/10/10 11:50
若き日のカポウティがいつどのような作品を書くつもりかという
事を語り実際その通り実行したとかいう話をボウルズがしてたな。

165 :吾輩は名無しである:02/10/10 14:33
すぐ消えるって言うより、自作自演がばれてるところが
厨房なんだよ。

166 :ixion ◆ySh2j8IPDg :02/10/10 16:05
つーか、いちいち自演して自分を擁護してどうする^^;
てことで、何かムカツクからあえてトリップでも付けてみよう。


167 :吾輩は名無しである:02/10/10 17:27
あれ、このスレから消えるんじゃなかったの?
これだから。

168 :吾輩は名無しである:02/10/10 17:32
>>167
そういう品の無い書き逃げレスは本当に不快です。
仮にも文学徒ならば言論で抗してみてはどうですか?

169 :吾輩は名無しである:02/10/10 17:42
とりあえず、カポーティに関係のない場外乱闘は別の場所で
やってね。
うざいんで。

170 :マダムB:02/10/10 17:49
ユルスナールも確かそれと同じような発言をした作家ですね。
彼女は公に「語った」のではなく、そうと決めて、予定の小説を
全部書き、そんでもって死んだんじゃなかったかな、確か。
これもスタイリッシュの鏡。

171 :吾輩は名無しである:02/10/10 17:59
ま、カポやんは嘘つきというか虚言癖のある人なんで
言ってること全てを信じない方がいいと思う。

自分でまことしやかな話をしてる内に、それが本当だったような
気がしてきちゃう、ってタイプ。

172 :吾輩は名無しである:02/10/11 00:22
>虚言癖のある人
それは後期から死後に言われたことじゃないかな?
「冷血」以降は好きじゃないのでいいんだけど

確かに作家を「盲目」的に愛するのはおかしいけど
極端な見地から「作品」を読むのは作品自体に深みを持たすかな

ま、否定よりも理解がまず最初に来ないと本読んでてつまんないし


173 :マダムB:02/10/11 09:57
映画化された『草の竪琴』って観た人います?
どんなでした?

174 :吾輩は名無しである:02/10/11 14:24
>>172
????盲目的に愛するのがおかしいとは一言も言ってないよ。
ただカポやんは虚言癖があるという事実を述べたまで。
「カミュとやった。」とか若い頃から、ありもしないことを
さも本当のように言って自分も回りもその嘘に魅了しちゃうっていうのは
有名な話だから、カポやんが例え自分自身について言及したコメントや
インタビューであれ、それを疑いもせずに信じちゃうのはやめた方が
いいよ、ってだけ。

175 ::02/10/12 13:58
こういう俗物的な考え方が不毛な論議を導くんだろうね



176 :吾輩は名無しである:02/10/12 22:40
>>175
カポーティは俗物ですよ。
というか、俗物=一段低い、駄目、みたいな考え方自体に萎え。

177 :カポタン:02/10/12 23:36
カポーティは三流です。

力に力を加えよ! 俺はまだ満ちてはいない
従順な詩人の心に紅の穴を穿つ
お前《女神》よ! 全ての女の眼から迸る燦き
蒙気を払い天の暗幕を引き裂き
俺の喉元に押し寄せる言葉の波
この壁を時の彼方のもう一つの海へと
夢想する詩人は有限と無限を重ねる
橋を架ける力を!両極を等しく受け容れ
曙の回廊に立ち並ぶ円柱を倒し
お前の悠久の耀きを俺に与えよ!

どうです?カポーティの詩才は
こんなんですよ!

178 :吾輩は名無しである:02/10/13 00:33
>>177
カポーティがこんな詩を書くのか?

一見壮麗に見えて、仰々しく
白々しい、どこかで見たような
修辞のパーツを揃えたこんな詩を?

こんなものを書き込む神経には
ほとんど怒りを感じる。

179 :吾輩は名無しである:02/10/13 05:10
>>178
あのさ、いちいちカポーティの代理人みたいな口調で
仕切られるのも相当うざい。

180 :吾輩は名無しである:02/10/13 07:52
>>178はうざすぎ
ほとんど怒りを感じる

181 :178ではないが:02/10/13 09:30
>177
原作を希望
>176
いい子で萎えてなさい



182 :吾輩は名無しである:02/10/13 09:31
「冷血」を読み終えた直後の素朴な感想。なぜ、後半部分でウィリー=ジェイに
ついて殆ど言及されていないのだろう?

183 :カポタン:02/10/14 03:04
>181
スマソ、それカポーティの詩っちゅーか
このスレッドでご高説をぶってらっし
ゃるある御方の筆による芸術作品です。

184 :吾輩は名無しである:02/10/14 03:27
知ってるよ

185 :吾輩は名無しである:02/10/14 10:51
>183
正直、知らんかったw
やっぱりギリシャ神話からだったんだね、面白い!

186 :我輩は名無しである:02/10/14 17:38
イクタン……ハズッ!!

187 :吾輩は名無しである:02/10/14 20:01
いや、カポタンの方が恥ずかしいだろどう見ても。

188 :吾輩は名無しである:02/10/15 19:55

とりあえず折角の御代(>182)なんで冷血でも読むかな

189 :吾輩は名無しである:02/10/26 00:07
田口検証本、いよいよ発売!
馬鹿ども買え!!
我々の印税がかかっておるのだ協力しろ!


190 ::02/10/26 00:14

 すれ違い。おまけに煽りが下品。

>>189を書き込んだのは田口ランディ監視スレの住人ではないと
おもいます。とりあえず同スレの住人を代表して、ご無礼を
お詫びいたします。m(_ _)m

191 :吾輩は名無しである:02/10/26 04:28
冷血ってどの辺が面白いの?
短編集の方が面白かった。


192 :吾輩は名無しである:02/10/26 12:37
>191
hagedo-

193 :吾輩は名無しである:02/10/31 05:01
 原書読めたらなあ。カポーティっての作品って、さぞ美しいんだろ
うね。俺、村上春樹から入ったんだけど、春樹とカポーティって、作
品に全然共通点ないね。似てるのは子供っぽいところだけ。春樹経由だ
と、ちょっと誤解が生じそうな。
カポーティの影響がありそうな日本の作家って、誰かいるの?

194 :吾輩は名無しである:02/11/01 23:05
こわっ

195 :吾輩は名無しである:02/11/03 00:07
ここを読んでる人はとっくに知ってるだろうけど、
カポーティが作詞した曲がいくつかあるね。
A SLEEPIN' BEE が一番有名かな。

おれは20代のストライサンドが歌った、
HOUSE OF FLOWERS がチャーミングですき。
(失敗したミュージカルの中の曲)

196 :吾輩は名無しである:02/11/03 01:47
以前 Breakfast at Tiffany を原書で読み通したことがあるけど
難しかったよ。他作品はどうなんだろうと思ってます。

197 :吾輩は名無しである:02/11/04 21:07
age

198 :吾輩は名無しである:02/11/13 18:27
hosyu

199 :吾輩は名無しである:02/11/17 01:26
age

200 :吾輩は名無しである:02/11/25 02:03
むかしル・クレジオが冷血について書いてたね。

201 :吾輩は名無しである:02/11/25 02:05
>>200
興味あり、ル・クレジオの評論とか翻訳で出ているか?
詳細キボンヌ。

202 :吾輩は名無しである:02/11/25 02:06
当方、小説しか見てないんで<翻訳

203 :200:02/11/25 02:14
>>201
「ル・クレジオは語る」って本に入ってるよ。
今日はもう寝るところなので詳しい内容についてはまた。

204 :吾輩は名無しである:02/11/25 02:29
>>203
おっ、早速レスか、ありがとう。いや、書名がわかればいいんだ、
スレ主旨と違うし内容はいらない、本を入手する。感謝。

205 :200:02/11/25 19:19
>>204
決断早っ! おっとこ前〜。
ただ、それだけ読んでも多分面白いものじゃないので、補足情報を少々。

ル・クレジオの「トルーマン・カポーティ 意識の革命──『冷血』をめぐって」の誌上発表
年は1966年なのですが、カポーティは、それに先立つこと4年前、つまり『冷血』執筆当時
にフランスの週刊誌エクスプレス上で行われた対談で次のように語っています。

「思うに、芸術家たる者、現実から直接取材したネタをもってしても、100%想像力に頼っ
た小説と全く同程度に創造的な領域に属する作品をこしらえることはできるものですよ。
しかも、僕の考えでは、それこそ最後に残された未踏のフロンティアなのです。もう一方の
フロンティアは十分に探索しつくされ、連中は行き着くところまで行ってしまって、今や袋小
路に入っていると思うのです。」

「連中」というのは要するにヌーヴォーロマンな連中のことで、カポーティの言うには、"彼
らは読者に完全に背を向けて技術開発ばかりに興じているが、それは作家の自己満足な
んじゃなかろうか。自分は読者と緊密なつながりを持ちたいので、すべての情報をさらけ
出すことにした"のだそうです。

これを踏まえてル・クレジオの方をご覧いただけば、ちょっとは面白く読めるのじゃないか、
と思いまする。まあ状況証拠だけで断言しちゃいますが、カポーティへの拝復と見て間違
いないかと思いまする。・・・というか、巧妙な当て擦りって気がしないでもないけど。「袋小
路」を「地獄」と言い直してっぽいところとか・・・。

ちなみに原文が Magazine Litteraire のアーカイブに全文収められているので、興味のあ
る方は行けば手に入ります。

206 :200:02/11/25 20:09
いっこ書き忘れ。対談の相手はM・シャプサルで、
ル・クレジオじゃないです。


207 :マダムB:02/12/02 16:27
野坂訳の『カメレオンのための音楽』
epi文庫版、発売になってたじゃない。

208 :吾輩は名無しである:02/12/02 21:06
そういや早川の本って最近買ってないな

209 :マダムB:02/12/13 22:19
週刊文春19日号の「文庫本を狙え!」で
『カメレオン〜』ピックアップ。
坪内さんが、カポーティは大好きな作家で
ベスト1がこの作品だと。

――初読の人は「うつくしい子供」から読むことを
お勧めする。カポーティの文体に心をつかみとられる
だろう…って、だって邦訳なのに?




210 :吾輩は名無しである:02/12/13 22:40
ageときます

211 :吾輩は名無しである:02/12/27 01:46
>193 影響が現れてるかどうかはさておいて、
吉本ばななはとても影響を受けているといっていた。
・・・・・・


212 :吾輩は名無しである:02/12/27 11:20
>196 以前 Breakfast at Tiffany を原書で読み通したことがあるけど
難しかったよ。
そうか、難しかったのか……
いや、昨日はじめてカポーティ作品『ティファニーで朝食を』を読み、
ほんと、久しぶりにいい気持ちになりましたんです。
でもね、龍口直太郎訳だったんだけど、訳文が違和感ありすぎる。
どこの19歳が「何してんのさ」とか「そんなにお怒りなさんな」とか言うよ?? おばちゃん?
話は大好きなのに訳文で興ざめなので、原文いっとこうかと思ったんだけど。だめですな。
私はまだ映画見てない(!)ので、この正月にビデオを見ることとします。

213 :吾輩は名無しである:02/12/29 02:58
尾崎翠と梶井基次郎は、自分の中では、カポーティとどこか
似てる感じがしている。
透明感とか、人物の孤独感の描写、現実を舞台にしていても、
幻想的な風味が感じられるところなどが。
みんな「チェーホフ」を好きな作家のひとりとして挙げてる、
っていうのは、共通しています。

214 :吾輩は名無しである:03/01/06 11:41
中勘助の子供の目線で書いているところが似てる気がする

215 :吾輩は名無しである:03/01/17 12:51
保守

216 :( oдo)コレァ(代)タイチョウ ◆PvunkoBUPA :03/01/18 22:30
サワコー ガナンカマトマッタブンショウカイテタヨナ
レイケツニツイテ

217 :山崎渉:03/01/20 02:22
(^^)

218 :吾輩は名無しである:03/01/22 04:33
age

219 :マダムB:03/01/26 16:56
映画『グラスハープ 草の竪琴』が
今週BS2で放映されるもよう。

1月29日(水)深夜2:15〜4:00
ということは、30日の未明?

関係ないけれど、30日午後8:00〜9:45には、
キューブリック『博士の異常な愛情』
ずいぶん対照的なラインナップだ。

220 :吾輩は名無しである:03/02/15 03:04
 

221 :吾輩は名無しである:03/03/10 19:28
age

222 :吾輩は名無しである:03/03/10 21:28
>>193
題名は忘れましたけど、短編で「無頭の鷲」に似ているのが
ありましたよ。海の底を歩いているようだ…とか。


223 :吾輩は名無しである:03/03/10 22:25
別に、批判めいたことを言うつもりはないけれど、
こういうスレでは、原書(原文)を読んだ人が作品について発言できるのでは?
翻訳で読んだ人を見下すつもりは毛頭無いのですが、
本当に興味があれば、自然に原文を読むだろうし…。
いっそのこと、レスは原語(英語)限定にしたら、
会話から厨を排除できると思う。どうでしょうか?


224 :吾輩は名無しである:03/03/11 00:05
>>223
厨ハッケソ!

225 :吾輩は名無しである:03/03/11 20:50
>>223
I approve of your opinion.
In order to eliminate the strange people called "tyu"
I think this method is best.
From now on, Japanese responses could be disregarded.
OK?

226 :吾輩は名無しである:03/03/11 20:51
>>224
You die!

227 :吾輩は名無しである:03/03/12 12:46
You shall die.

の方が、趣きがあって私は好き。
冷徹な上に底意地が悪そう。
どうせなら、そういうセンスの
ある人にヤられちゃいたいね。



228 :吾輩は名無しである:03/03/12 15:30
厨を排除って・・・厨すら残ってないじゃん、文学板

229 :吾輩は名無しである:03/03/12 15:34
tyuだど発音的にはテューにならないか?

230 :吾輩は名無しである:03/03/12 18:39
>>227-229
Japanese responses should be disregarded.
OK?


231 :吾輩は名無しである:03/03/12 18:41
>>227-229
You are “chu".You shall die.


232 :吾輩は名無しである:03/03/13 13:15
逆に英語の奴等が孤立してんなw

233 :吾輩は名無しである:03/03/13 19:15
Supongo que >>223 mismo deba de ser "chu" ,
quiero manifestar esto con el respeto debido.

234 :吾輩は名無しである:03/03/13 21:28
>>232 I laugh at you.
You can not use English.
pp

235 :吾輩は名無しである:03/03/13 22:06
なんとまぁ、レベルの低い・・・
英語なら英語でカポの良いとこ書いて見せろよ。
おもしろきゃ返事してやるよ、英語でな

236 :吾輩は名無しである:03/03/14 05:14
「原書を読んだ人が作品について発言できるのでは?」と。
          ∧_∧
    ∧_∧  (´<_`  ) 海外文学系のスレならどこでも
   ( ´_ゝ`) /   ⌒i  使える煽りだよな。
   /   \     | |
  /    / ̄ ̄ ̄ ̄/ |
__(__ニつ/  ミリアム / .| .|____
    \/____/ (u ⊃


まあ、原書で読んだからといって、翻訳で読んだ人以上に
作者の意図を理解できているとは限らないわけだが。
          ∧_∧
    ∧_∧  (´<_`  ) 語学力と読解力は
   (  ´_ゝ) /   ⌒i  必ずしも一致しないからな。 
   /   \     | |
  /    / ̄ ̄ ̄ ̄/ |
__(__ニつ/  ミリアム / .| .|____
    \/____/ (u ⊃

237 :吾輩は名無しである:03/03/15 12:15
          ∧_∧
    ∧_∧  (´<_`  ) >>235は何故英語で書き込まなかったのか。
   (  ´_ゝ) /   ⌒i  
   /   \     | | ふふふ。それを言っちゃダメダメ。
  /    / ̄ ̄ ̄ ̄/ |
__(__ニつ/  ミリアム / .| .|____
    \/____/ (u ⊃

238 :吾輩は名無しである:03/03/16 19:17
くだらん you basterd


239 :吾輩は名無しである:03/03/26 23:06
恥ずかしいのは>>235


240 :吾輩は名無しである:03/04/08 20:17




241 :吾輩は名無しである:03/04/10 22:56
age

242 :我輩は名無しである:03/04/10 23:29
TO the one using English.

OK.I would try to write in English.
But now, I don't have anything special to say.
So see you next time.
I love you.

243 :吾輩は名無しである:03/04/10 23:49
黄色いくちばしの青年は自らの傲慢な自尊心を満たすために必死なんだな(笑

244 :吾輩は名無しである:03/04/16 00:33
>>243
英語も使えない奴は来るな!

245 : ◆yes/No/gFI :03/04/19 23:18
あげ

246 :山崎渉:03/04/19 23:21
   ∧_∧
  (  ^^ )< ぬるぽ(^^)

247 :吾輩は名無しである:03/04/19 23:24
海外の「源氏物語」ファンや春樹、ばななファンが
作品を理解してないとも思えないし
本当に好きなら原書を読むはず、という理屈もわからない。


248 :吾輩は名無しである:03/05/01 21:20
くららキララage

249 :吾輩は名無しである:03/05/02 21:10
正直最初「冷血」を読んだときは鳥肌が立った。
凄いよこの作家。


250 :吾輩は名無しである:03/05/23 20:20
漏れもカポーティ好きで、卒論は
彼で行きます。まだ原書で読んでないんで
とりあえずアマゾンでいろいろと予約。
早くこないかな・・・

251 :吾輩は名無しである:03/05/23 20:36
今更ながら>>1の煽り文句が微妙に腹立たしい事に気付いた

252 :吾輩は名無しである:03/05/23 20:55

難解なこと言ってないで

そろそろ本物の小説について語りませんか?

253 :吾輩は名無しである:03/05/23 23:51
http://live2.2ch.net/test/read.cgi/news/1053591501/l50

254 :山崎渉:03/05/28 09:02
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

255 :吾輩は名無しである:03/05/29 21:29
描写が緻密・・・つーか神経質なぐらい艶っぽい。
今更ながら卒論に選ばなくて良かったと思う

256 :吾輩は名無しである:03/05/30 15:09
大学の講師が「ミリアム=ティファニーで朝食をの主人公」とういう論文書くとかいってたっけ。

257 :吾輩は名無しである:03/05/31 09:02
「孤独」で攻めていくんだろうか?その講師。


258 :吾輩は名無しである:03/05/31 12:12
>>256
イコールの意味がよく分からない。
そして、理屈づけてイコールにしたところで、何を
立証しようともくろんでいるのかが分らない。

論考の主旨が分ったら紹介きぼん。よろひく。

259 :吾輩は名無しである:03/05/31 15:21
ミリアムとホリー。似てるって言えば似てるか・・・な?
んーーーでも、小さいミリアムの方にホリーを当てはめた
方がわかるよね

260 :256:03/06/02 17:10
授業でミリアムをやった時に、この子が大きくなってホリーになったという説を
論文にするって言ってたんだよね。
あんまり詳しいことは分かんないけど。

261 :250:03/06/02 19:12
ぱくっちゃうぞ。

262 :吾輩は名無しである:03/06/07 12:45
>260
その二人を幻影として見る人間の存在を無視したら面白くないだろうね。


263 :吾輩は名無しである:03/06/21 11:18
age

264 :吾輩は名無しである:03/06/21 16:02
早稲田消えろ

265 :山崎 渉:03/07/15 09:19

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

266 :吾輩は名無しである:03/07/22 21:49
無頭の鷹

267 :吾輩は名無しである:03/07/22 22:55
太田が「誕生日のこどもたち」読んだんだってね

268 :吾輩は名無しである:03/07/24 12:16
ミスボビット


269 :吾輩は名無しである:03/08/05 19:18
ボードレールとカポーティはどちらも「耽美」と「明晰」が
同居している点でよく似てると思う。あと、谷崎もね。

270 :吾輩は名無しである:03/08/06 20:55
このスレは煽りくさい1が悪い

271 :吾輩は名無しである:03/08/11 23:15
『叶えられた祈り』読み終わりました。
…これ、まずくないですか?
まあ、もうカポーテ死んでるからいいけど。

272 :吾輩は名無しである:03/08/14 05:22
このオッサンは本当にゲイだったの。
もてねーからとりあえずゲイってことにしてただけじゃないの?
著作読むとそんな感じがするんだけど。

273 :山崎 渉:03/08/15 09:23
    (⌒V⌒)
   │ ^ ^ │<これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  ⊂|    |つ
   (_)(_)                      山崎パン

274 :吾輩は名無しである:03/08/18 23:54
むー


275 :吾輩は名無しである:03/08/20 09:13
>274
あげておけ!

276 :吾輩は名無しである:03/08/20 17:34
カポーティを原書で読んだのは高校生の時。
なぜなら当時塾の英語のテキストで、
「夜の樹」の冒頭を和訳しろみたいな問題で、
どっかの大学の過去問に出てたから。

関係ないけど、ウォーホルってカポーティのストーカーだったらしいね・・

277 :吾輩は名無しである:03/08/21 20:21
>>276
春樹タンみたいね。

278 :吾輩は名無しである:03/09/09 09:41
保守

279 :吾輩は名無しである:03/09/13 14:47


280 :吾輩は名無しである:03/10/01 21:07


281 :吾輩は名無しである:03/10/06 22:53
かぽちゃん、ふっくらした時の顔がかわいいけど
若いときの無邪気そうな顔もgood〜♪

282 :吾輩は名無しである:03/10/17 19:50


283 :吾輩は名無しである:03/10/17 20:01
…なんだ、カポーティというからixionでも来てるかと思ったら・・・
・・はぁ〜、だ〜めだこりゃ。覗いて損した(藁





284 :吾輩は名無しである:03/11/12 11:46
age

285 :tar baby ◆7pcTvobAhE :03/11/21 17:57
― 眠りは煙のようだ、彼はそれを深々と吸い込んだ、だがそれは、
色や斑点や火の粉の輪になって空気中に帰り、彼はその火のおかげで、
床の上にころがった荷物にならずにすんだ ―
警告なんだ、これらのピカピカ光る蝿は。眠っちゃダメだぞ、ジョエル、
雪と氷の国では眠りは死なんだ、それでおしまいなんだ、覚えている
だろう? (『遠い声 遠い部屋』新潮文庫p238)

ジョエルの心の言葉は妙に美しく悲しく聞こえてくるんだな、これが。

286 :吾輩は名無しである:03/11/21 18:15
age

287 :吾輩は名無しである:03/11/22 00:55
「ティファニーで朝食を」という作品を大学時代に卒論あるいはレポート書いた方いらっしゃいませんか?
お願いします!卒論間に合わなくて困ってます。単刀直入に卒論ください!!私が今まで書いたのはカポーティが嫌がっていた
「赤」という色についてと「猫」について書いたのですがそれ以外に書くことが思いつきません。
ヒントだけでもいいので誰か教えて下さい。
お願いします!!!!

288 :吾輩は名無しである:03/12/11 01:57
ミリアムと夢を買われる話、読んだの20年くらい前なのに、
印象が鮮明。このイメージの喚起力は恐ろしすぎる。

289 :吾輩は名無しである:03/12/11 09:55
そうなんだよね・・・いろんな彩りがあるんだけど
イメージされる色がうまく単一化されてる。

290 :吾輩は名無しである:04/01/01 21:30
マス、ター・ミザ、リー

291 :吾輩は名無しである:04/01/18 13:16
糞スレ乱立で下がりすぎだよ

292 :吾輩は名無しである:04/01/25 21:55
287死ね

293 :吾輩は名無しである:04/02/03 09:33
カポーティへのインタビューを本にした「カポーティとの対話」だったか会話の中で最も偉大なアメリカ作家にレイモンド・チャンドラーの名前をあげてるのに驚いた
言い方は悪いけどちゃんと読んでるんだみたいな

294 :吾輩は名無しである:04/02/05 19:15


295 :吾輩は名無しである:04/02/24 20:45
age

296 :吾輩は名無しである:04/03/14 11:33
∧_∧
( ・ω・)  「カポーティを語る」スレなのに、
( つ旦 O   バーバラ・ペイリーの名がでていないようでつね。
と_)_)   だいじょぶかいな。。。


297 :吾輩は名無しである:04/03/20 00:34


298 :吾輩は名無しである:04/03/20 00:57
∧_∧
( ・ω・)  ですから、そこを外しては。。。
( つ旦 O  
と_)_) 


299 :ファロスマン ◆FTa/HQEoL2 :04/03/23 18:19
鯖移転にともない、スレのならびが不規則になったようで、このスレが下から50に入っています。
たぶん大丈夫だとは思いますが、念のため、あげておきます。


300 :吾輩は名無しである:04/03/24 13:32
>>296
自分で語ればいいだけの話

301 :吾輩は名無しである:04/03/24 23:31
語るのかあ。。。


302 :吾輩は名無しである:04/03/24 23:32
うっかり、あげちゃった。。。

303 :吾輩は名無しである:04/03/25 06:06
ウホッ…いいアンファンテリブル!

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